第65話 修羅場
「お、おはようございます」
どこか照れくさそうにそう言った、乃花。
えーと、あれ。どういうこと?
どうなってんの?
なんで薄青色の涼しげなワンピースを着ている高嶺さんが玄関にいるの!?
「え、あの~……おはようございます。今日は、いかようで?」
いつものテンションで話そうにも、イレギュラーな場所で会うことになると緊張してしまうものだ。
小心者の俺は、見事にセールスマンみたいな対応をしてしまった。
と、向こうもどこか落ち着かない様子で、少しもじもじしながら、
「えと、潮江ちゃんから頼まれて、これを届けに来ました」
と、紙袋を差し出してきた。
受け取ると、そこそこ重みがある。もっとも、お米の袋よりはずっと軽いが。
「コレって、もしかして……」
「衣装です。完成したようなので」
やはりか。
本人の趣味とはいえ、仕事の速さには恐れ入る。
まあ、元々失敗作をベースに作っていったみたいだから、1から作ったわけではないという点でいくらか楽だったみたいだが。
いずれにせよ、後でしっかり潮江さんにはお礼を言わなければ。
それは、そうと――
「持ってきてくれてありがとう。それより、どうして乃花が? てっきり潮江さんが持ってきてくれるものだと――」
「え、えーと。それなんだけど……」
言い淀んだ乃花の顔が、みるみる内に赤くなっていく。
「(も、もう! 潮江ちゃんたら! 「合法的に翔の住所調べたから、届けに行ってきて」とか! だ、大胆すぎるってぇ~)」
「? どうしたの」
なんか小声で言っていた乃花は、慌てたように両手を振りながら「だ、大丈夫! なんでもない!」と言った。
「潮江ちゃんに頼まれて、届けてきてって言われたから……ごめんね。急に来て、迷惑だったよね」
「そんなことはないよ。せっかくだし、上がっていく?」
「え、いいの?」
「うん。亜利沙もいるし、喜ぶと思うけどな」
「そっか! 亜利沙ちゃんも一緒に引っ越してきたんだもんね」
乃花は、顔をぱっと顔を明るくしる。
「実は、妹も山台の中等部に通ってるんだけどね」
「そっか。基本同じ敷地でも校舎離れてるから会えないし、気付かなかったな。体育館とか運動場も別々だし」
乃花は亜利沙を知っている口ぶりだが、実は知っているのだ。
元々、彼女が引っ越していく前の僅かな間。俺と乃花は仲良くなったが、俺の妹ともよく遊んでいた。
小学生なら、男女よりも女の子同士の方が気兼ねなく仲良くなれるものだと思う。
実際、2人は結構仲が良かった記憶がある。
亜利沙も乃花を見たら、喜ぶだろうな~なんて思っていた。
ええ、思っていましたとも。
――。
「亜利沙~」
「お帰りお兄ちゃん。誰だった? 宅配便?」
リビングに戻ると、ソファに座ってゆらゆら揺れていた亜利沙が問いかけてくる。
「いや。ビッグなお客さんだ」
「ビッグ?」
「お、お邪魔しま~す」
恐る恐るといった様子で、俺の手招きに応じて入ってくる乃花。
それを見た妹の時間が止まる。
ゆらゆら揺れていたのが止まり、目を見開いて乃花を凝視していて――
「お、お兄ちゃんがついに知らない美少女を家に連れ込んだぁああああああああああ!!??」
「ちょっ!?」
開口一番絶叫する妹を前に、俺は慌て出す。
「し、知らない? ちょっと待って、そんなはずは――」
と、ここで思い出す。
俺だって、最初まったく覚えていなかったではないかと。
思えば、昔の容姿とは大分違うのだ。髪の長さも、雰囲気も。
アレだ。
幼馴染みで男の子だと思ってた子が実は女の子で、5年後くらいに再会したらチョーゼツ美少女になって家に遊びに来たとかいう、そういう漫画のテンプレ展開的なアレだ。
つまるところ、俺も妹も、目の前の美少女=高嶺乃花だと気付けなかったわけである。
「えっと……落ち着いて、亜利沙ちゃん」
「しかも私の名前を知っている、だと!? 何者なんですかあなたは!? 私の知り合いにこんな完璧スタイルの年上美少女なんていませんよ!? お、おっ◯い大きい……こ、これが年上力! ――はっ! まだ諦めてはいけないぞ息吹亜利沙!! ひょっとしたら、数年後の未来から来た私という可能性も?」
「無いからいい加減暴走やめろ。そもそもお前と乃花じゃ、方向性が全然違うだろ」
「やめてお兄ちゃん! 私のおっ◯いの成長の可能性を閉ざさないで!!」
「誰も胸の話はしてねぇよ!!」
ハイテンションの妹に振り回される俺と乃花。
なぜだ。なぜこうなった。
とりあえず、誤解を解かなければ。
「いい加減落ち着け。ここにいるのは、乃花……あー、かのんだ」
「かの、ん……? かのんてまさか、あのかのんちゃん、ですか?」
ようやく何かに気付いたらしい亜利沙が、乃花に尋ねる。
「はい。6年前、少しの間だけど遊んだの覚えてる? あのときはかのんって名乗ってたけど、諸事情あって本名を言えてなかったんだ。本名は、高嶺乃花って言います。よろしくね」
「え……」
少しの間、呆然と立ち尽くしていた亜利沙だったが、やがて理解が追いつくとすっとんきょうな叫び声を上げた。
「うぇええええええええええええええ!? う、嘘!? あの、かのんちゃん? た、確かに目元とかはそっくりだし、髪の毛の色も違うけど。雰囲気が大人びたというか、身体のプロポーションも爆発してるっていうか……待って。てことはライバルは幼馴染み系再会ヒロインってこと!? 何その設定私に勝ち目ないじゃぁああああああああんっ!」
「だぁあああもう! 言ってることなんもわかんねぇけど、正体わかったらわかったで、なんでまた暴れ出してんだ!!」
――大騒ぎの修羅場と化したリビングルーム。
どうにか事態の収拾が付くまで、5分以上の時を必要としたのであった。
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