第66話 やっぱり修羅場

「な、なんかいろいろ休まらない家だけど、どうぞくつろいでって」


 一悶着のあと、俺は乃花に少しの間休んでいくよう促した。


「ありがとう」


 乃花は微笑んで、食事を食べる際に使っている大きなテーブルに、二つずつ向き合うように配置されているイスに座る。

 

 はぁ、はぁと肩で息をする亜利沙は、乃花の隣に腰掛けた。

 ていうか、外を歩いてきた乃花よりなんでコイツの方が疲れているんだ。まったく、変な話である。


 俺はレースのカーテンで遮られたすぐ隣にあるキッチンに向かうと、冷蔵庫の中身を確認しつつ、


「喉渇いたでしょ? 麦茶と紅茶とコーヒーがあるけど、どれにする?」

「え、えと……いただけるなら、麦茶で」

「私はコーヒー!」

「いやお前も飲むのかよ」


 急に出しゃばってきた妹に軽くツッコミを入れながら、俺はキンキンに冷えた麦茶と、1リットルサイズのペットボトルに入ったアイスコーヒーを、それぞれコップに注ぐ。

 一応、お茶請けとしてせんべい辺りは出しておくか。

 

「はい、お待たせ」

「ありがとうございます」


 乃花に麦茶を渡した俺は、その隣でなぜか飲み物が運ばれてくるのを待っている妹へコーヒーを差し出した。


「はい、コーヒー。あと、ガムシロと砂糖も置いとくぞ。あ、ミルクは自分で冷蔵庫から出して――」

「ううん、これでいい」

「――は?」


 一瞬、亜利沙の言葉が信じられなくて、俺は変な声を出してしまった。


「いや……だってお前、今まで砂糖なしでコーヒー飲めたことなんて――」

「え? 私、別にブラックで普段から飲んでますけど?」


 目を泳がせつつ、亜利沙は冷たいコーヒーの入ったガラスのコップを掴んで、口へ近づける。


「大体、ミルクとか砂糖とかガムシロップとか、そんなドバドバ入れたらコーヒー豆の上品エレガントな香りが台無しになって――ぶへっ、かはっ! にっっっが!? ……じゃなかった。う~ん、この香り、流石は挽き立ての味」

「いやそれスーパーで売ってるただのボトルコーヒーだから」


 冷や汗をダラダラ凪がしながら何やらしたり顔で語っている亜利沙に、ジト目でツッコミを入れる。


 あと妹よ。

時折チラチラと隣を見て、「どうだ! 私はあなたより大人だぞ!」アピールするのはヤメロ。むしろボロが出て逆効果だから。


そして、その隣で優雅に麦茶を飲んでいる乃花である。

ただ麦茶の入ったコップを右手で持って左手を添え、コクコクと小さな音を立てて飲んでいるだけなのに、なぜかすごく様になっている。


大人っぽさで勝負しようとして勝手に敗北してしまっている妹。

そもそも、亜利沙の性格的にそこで勝負は無理だろうよ。


――まあ、こういう変な対抗心をむき出しにしているのも、一周回って微笑ましいと思ってしまうあたり、もしかしたら俺もシスコンの域に片足を突っ込んでるのかもしれないが。


――。


「それで、プロの冒険者としての活動はいつからスタートなの?」


 一息ついたあと、乃花がそう切り出してきた。

 ちなみに、乃花にも亜利沙にも、俺がプロ冒険者になったことは伝えている。

 ただし細かな活動の内容については告げていないから、こういった質問が出るのもある意味当然の話ではあった。


「今週末の日曜。なんでも、“新規冒険者を獲得するためのイメージ戦略”として、広告を作るとかなんとかって話だよ」

「ほへぇ~、なんか大変そう」


 言いながらお茶請けとして(客人用に)出したせんべいをバリボリ食っている妹は呑気そうだ。


「頑張ってね、かっくん」

「ありがと、乃花」


 小さくガッツポーズをして応援してくれる乃花に、少しドキリとしながらもそう返した。

 と、不意にせんべいを食べる手を止め、亜利沙が乃花に問いかけた。


「そういえば気になってたんだけどさ、なんでかのんちゃん、名前を偽ってたの」

「! おい、亜利沙!」


 慌てて割って入る俺。

 本人は、悪気なんてないはずだが、無意識に触れて欲しくない地雷に触れてしまうのが人間関係の難しいところだ。

 ――が。


「いいの、かっくん」


少し苦笑いをしつつ、乃花は俺に制止を促す。

 それから、亜利沙の方を向いて言った。


「まあ、昔いろいろと名前で弄られることが多くてね。高嶺の花って自分で自分のこと可愛いって言ってるようなもんじゃん、痛いヤツ~みたいな」


 少し茶化して言っているが、本人にとっては辛い記憶だろう。

 が、次の亜利沙の一言で、場の空気が変わった。


「え? 別にいいじゃん。実際可愛いんだし。それに私は、高嶺乃花って名前、すごく好きだな」


 ――純粋で裏表がないからこそ、心に直接響く言葉。

 それで堕ちてしまったらしい。

 乃花は不意に、亜利沙の身体をぎゅっと抱きしめて、


「ああもう~、好き!」

「ぶっ! こら、やめ! おっ◯いに顔が埋まる! この幸福凶器めぇ! 離せぇえええ!」

「やだ! 離さない!」


 急に2人絡み合って団子となっていた。

 アレだな。女子特有のイチャイチャモードに突入したらしい。

 俺にできるのは、このももいろ空間を守ることだけである。


「ねぇ、かっくん! この子妹に欲しい!」

「うぇ!? あ、うん……はい。そうですねー、あはは」

「?」


 あっぶな! 今マジでビックリした。

 てか、本人はそのつもりじゃないのに、妹になるってつまりそーゆー想像をした俺、ちょっと廊下に立ってなさい!


 と、内心で焦る俺をよそに、母性の塊である二つの双丘に顔を埋められた亜利沙は、俺以上に余裕がなかったらしい。

 容赦なく爆弾を放り込んだ。


「まさか義理の兄と義理の姉ができてくっつくなんて、それいろいろとカオスだよぉおおおお!」

「……え?」


 その言葉に、乃花の動きがピタリと止まる。

 それから、みるみる内に顔が赤くなっていって。


「え、あの、いや。そ、そそ、そんなつもりじゃなくて! ていうか高校一年生で結婚は、は、早すぎると思うんだよね! ね!」


 早すぎるどころか普通にできなかったと思うけど。

 ていうか、不意打ち食らった俺以上に動揺してるってのもどうなのよ。

 

 退屈しないな今日はと思いつつ、俺は苦笑いするしかなかったのである。

 

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