第64話 兄と妹
《翔視点》
5月初頭。
ゴールデンウィークも、明日で最終日となった。
休みというのは、本当に過ぎるのがはやい。
明後日から学校が始まり、俺にとっては新しい生活が幕を開ける。
“プロ冒険者としての活動”だ。
先日、ダンジョン運営委員会からのメールで、今週末の日曜に“新規冒険者を呼び込むための広告”を作るらしい。
そのために、ダンジョン冒険者の活躍をカメラに収め、いろいろとインタビューもするのだとか。
なんだかんだで、忙しくなりそうであった。
「それにしても、起きてくるの遅いな」
俺は、時計を見て呟く。
時刻は朝の九時半を回ったあたり。
基本的に休日でも朝の七時台には起きている俺である。そして、そんな俺よりも早く起きるのが亜利沙なのだが――今日は珍しくお寝坊さんだ。
きっと、疲れているのだろう。
そんなことを思いつつ、忙しい日々が始まる前の休日を味わうように、俺はソファへと深く身を沈めてテレビを流し見る。
ちなみに叔母さんは、今日も仕事である。
大人になるとゴールデンウィークも消え去るのか。
金色週間がもはや
そんなことを思いつつ、ぼんやりとテレビを眺めていると、リビングへ通じる扉が開いた。
そして、勢いよく亜利沙が飛び込んでくる。
「おっはよー! 我が兄上!」
「おそよう。随分と爆睡してたみたいだね」
「や、やだ。お兄ちゃんたら、まさかなかなか起きてこない妹が心配で、無防備な女の子の部屋に突入してたとか言わないよね?」
「あほか。一々部屋に入って確認なんかしないよ」
わざとらしく自分の身を抱いて冗談を言う亜利沙に、俺は呆れつつツッコミを入れる。
相変わらず、朝っぱらからウルサイ妹だ。
「とにかく、我が家の台所担当、伊吹亜利沙が起床したからには最高の朝ご飯をお届けするよ!」
「朝ご飯ならもう食べたよ」
「…………」
笑顔のまま固まる亜利沙。
しばらくの間、なんとも言えない空白の時間が流れて――キジバトの鳴き声がどこからともなく聞こえてくる。(ちなみに、キジバトの鳴き声は田舎でよく聞く『ホーホー、ホッホー』というくぐもった感じの懐かしのアレである)
そんな哀愁が漂ったあと、亜利沙はこほんと小さく咳払いして。
「よーし! 今から最高のブランチ作るよ! ブランチ! 朝ご飯とお昼ご飯の間とかいう、背徳感の募る時間帯の食事を!」
「……無理矢理話逸らしたよ、この子。しかも朝食を兼ねた昼食のはずだから、もう朝ご飯食べた以上、さらに食べる必要無いし」
俺は小さくため息をついたあと、どうしても朝ご飯を作りたくて仕方ないらしい我が家のシェフへ、ラップにくるんだ朝食を差し出した。
「ほら、お前の分」
「え? 私の?」
「ああ。お前も朝起きてこないし、叔母さんも朝早く出掛けちゃったから、俺が作っといた」
「なぁっ!?」
不意に亜利沙は目を大きく見開いて、ラップの掛けられた皿の上を凝視する。
「ば、ばかな……ハムエッグが出来上がっている……だとぅ!?」
「ハムエッグ一つでやけに大袈裟だな、おい。簡単な料理の代表格だと思うんだけど」
が、妹はそんな話を聞いちゃいない。
認めたくない現実を前にしたように、わなわなと肩を振るわせながら、
「そ、そんな! パンを黒焦げにして、野菜炒め一つとっても半生と黒焦げで立体的な温度感を演出するとかいう無駄に高度なことをしていたあのお兄ちゃんが、普通の料理を作れるようになっている、だと!?」
「バカにしてる? ねえ、絶対バカにしてるよね? お兄ちゃん泣いていい?」
ていうか、なんでそんなこと覚えてんだよ。
大前提として、俺は今「ああ、そういえば亜利沙に料理を作ってやったこともあったな」と思いだしたくらいだ。
「くっ、これじゃ私のアイデンティティが消失する! お、愚かだった。お兄ちゃんがいつまでも、アニメとかによく出てくる感じの料理下手完璧美人枠だと思っていたけど、お兄ちゃんだって人だから成長していくというのを忘れていた! 一生の不覚ぅうううううう!」
「だからハムエッグ一つで大袈裟だっつの」
この世の終わりみたいな感じで叫びつつ、ハムエッグはキッチリ頬張る妹である。
しかも、結構美味しそうに。
嫌なのか嬉しいのか、はっきりしないヤツだ。
と、そのとき。
ピンポーンと、玄関のインターホンが鳴った。
「誰だろう」
「あ、たぶんアレだ」
亜利沙は首を傾げているが、実は俺には心当たりがある。
実を言うと、連休に入る前。潮江かやから衣装が出来たら届けるから、もし大丈夫なら住所教えてと言われていたのだ。
学校で渡してもいいが、一応漫画とかを持ってくるのが校則で禁止されている以上、悪目立ちする衣装を学校で取引するのはよくないという判断かららしい。
もちろん、俺としても特に問題はないので、住所を伝えていたわけだ。
「はい~。いま行きます~」
俺はそう答えつつ、玄関の扉を開ける。
果たして、外に立っていたのは意外な人物だった。
いや、友人ということに変わりはないのだ。
ただ、その――想定していた人物と違っただけで。
金色の髪が風に揺れ、片手でそれを押さえるワンピース姿の少女。
高嶺乃花。
まさかの人物が、私服姿でそこにいた。
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