第62話 プロの冒険者になる準備

 ――翌々日の月曜日。

 朝礼が鳴る前の、登校してきた生徒達が準備やおしゃべりに興じる時間帯。

 

「なるほどなぁ……お前がプロ冒険者に、ねぇ」


 何やら感慨深そうに呟く英次が、俺の机の上へ頬杖を突く。

 相変わらず背もたれを前にして座る、なんともだらしのない格好だ。


「まあ、とっくに身バレしちゃったし。断る理由はないかなって」


 俺は紙にペンを走らせつつ答える。


「あらやだ。あの翔くんが、こんなに立派になっちゃって」

「お前が俺の何を知ってんだよ」


 わざとらしく涙ぐんでハンカチを取り出す英次に鋭くツッコミを入れる。

 コイツこの野郎。

 無駄にキャラが濃いしカッコいい活躍があったせいで忘れがちだが、まだ出会って三週間弱しか経っていない。


 時期的にはまだ4月下旬。

 今週末からゴールデンウィークに突入するというくらいの序盤も序盤なのに、いつの間にか俺の全てを知ってるような言い方をしてきやがる。


 ――と、俺がイライラしているのには理由がある。

何が起きても怒ることのない海のように広い心を持つこの俺が、だ。

え? 豪気と君塚にぶち切れて、ダンジョンごと吹き飛ばしていただろって?

 ちょっと、記憶にございませんね(すっとぼけ)。


 とにかく、俺が少しばかりキレそうな理由は、今必死で書いているもののせいであった。

 ちなみに、漢字書き取りを忘れてきたとかそういう理由ではない。

 ぶっちゃけ、その方がまだよかった。


 俺は、いい加減手が痛くなってきてペンを放り捨てる。


「だぁ~~もう! サインとか、書くのダルすぎる! こんなことになるなら、プロのダンジョン冒険者になるの断ればよかったぁあああああっ!!」

「おい。さっき、「断る理由はないかなって(キリッ)」とか言っていたのはどこの誰だよ」


 山のように積み上げられたサインの書かれた書類の山を尻目に絶叫する俺を、ジト目で睨む英次。

 そんな目で見るなよ、こっちとしても完全に想定外だったんだ。

 そもそも俺はまだダンジョン冒険者として活動しているわけじゃないから、このサインの山はすべて、クラスメイトなど、頼んできた人達の分だ。

 それだけでこの有様なのに、本格的にプロとして活動が始まるゴールデンウィーク開けから、どうなるか――今から考えるだけで身震いがする。


「まあ、ドンマイ☆」

「ドンマイ☆、じゃねぇ! お前の分のサインが一番多いんだよ! 1人で10枚ってなんやねん!」

「え? 俺の分と、親父の分。それからお袋の分に、姉ちゃんの分に、予備と飾る用」

「……残り四枚は?」

「う~ん、一応予備の予備とかのつもりだったけど……金に困ったらメルガリーで売るとか?」


 おい。

 まさかコイツ、俺のサインを高額転売する気じゃ?

 が、お小遣いに飢える高校生に、次の瞬間天罰が下った。


「バッカじゃないの?」


 その言葉と共に、英次の後頭部にチョップが落ちる。


「いでぇ!」


 思わずといった様子で呻き、後ろを振り返った英次の視線の先には、あきれ顔の潮江さんが立っていた。


「おはよう、潮江さん」

「おはよ」


 短く挨拶を返すと、潮江さんは俺の机の上にあるサインの山をちらりと一瞥した。


「大変そうね」

「まあね。今の状況でこれだから、プロの冒険者になったときどうなることやら」


 俺はやれやれと肩をすくめて見せる。


「三週間経ってそろそろ話題が落ち着いてきた矢先に、プロ冒険者入り、か。あんたも話題に事欠かないわね」

「う……言っとくけど別に、わざとじゃないからな」

「わかってる。もしあんたが目立ちたがりなら、とっくに学校で自分からバラしてただろうし」


 はぁ、と小さくため息をつく潮江さん。

 そんな彼女と入れ替わるように、英次が話しかけてきた。


「そういやお前、衣装はどうすんだよ。プロと言えば、みんな結構カッケェ衣装着てるイメージなんだが」

「あー、衣装ね……」


 俺は苦笑いしかできない。

 早くなんとかしなきゃと思いつつ、特に決まっていない。女性用の可愛い服を提示されたので、それは絶対に嫌だと却下してそれっきりなのだ。

 と、潮江さんが不意に口を挟んできた。


「もし困ってるなら、あたしが作ろうか?」

「え? いいの!」


 思わぬ棚ぼた。俺は一瞬目を輝かせて――だが、思いとどまる。


「待って、潮江さんて可愛い服が好きだよね?」

「ええ」

「もし頼んだら、フリルカチューシャリボンつきの、ゆるふわロリータファッションになっちゃったりするんじゃ……」


 ガタガタと震えながら問いかける俺。

 そんな俺を見て若干引きながら、潮江さんが「し、しないわよ!」と言った。


「確かにあたしは、可愛い専門だけど。クライアントの要望に応じるのは当然でしょ? それに、これはあたしの持論なんだけど……」

「なんだけど?」


 潮江さんはやや溜めてから、クワッという効果音が付きそうな顔で言った。


「可愛いとカッコいいは、共存できる!!」

「あ、はい……なるほど?」

「つまり、バチクソカッコいい衣装に、きゅん☆ポイントを入れればいいのよ。それくらい、あたしにかかればお茶の子さいさい。どう、頼んでみない?」


 頼んでみない? と聞いているが、彼女の瞳の中には星が踊っている。

 これは、むしろ「やりたいです!」と言っているようなものだ。

 本人がOKしてくれるというのなら、頼んでみてもいいかもしれない。

 

「助かるけど、本当にいいの? 結構時間かかるんじゃ」

「いいのよ。好きでやるだけだし、どうせ今週末から連休でしょ? それに、昔作ろうとして失敗した衣装をベースにするから、工程もお金も短縮できる」

「じゃあ、お言葉に甘えて。くれぐれも、可愛い要素は控えめで」

「わかった。正直、たくさん込めたかったけど、似合いそうな服が必ずしもその人の好みとは限らないからね」

「その台詞つい最近他の人から聞いた気がする!」


 とりあえず、俺に可愛い服が似合ってしまうのは、避けられない確定事項らしい。

 やる気に満ちている潮江さんとは対照的に、ガックリと肩を落とす俺なのであった。


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