第61話 新たな日常への扉

「あっはははははは! すまんすまん! いや、悪気はなかったんだ、本当に」


 場所は移り、22階の支部長専用部屋。

 町並みを映し出す巨大なガラス窓を背にした寺島支部長は、イスの背もたれにもたれかかって、腹を抱えて爆笑していた。


「笑い事じゃないですよ、もう……」


 俺は思わず頭を抱えてしまう。

 相も変わらず、俺のプライバシー周りはどうなっているんだろうか?

 この分だと、そのうちストーカーとか現れそうで怖い。


 とにかく、俺の正体を秒で大暴露した寺島支部長を連れて、大騒ぎするカウンターから逃げるようにここまで来たわけだ。

 ――が、俺は知らない。

 支部長を連れて(見かけ上俺が先導するように)支部長室まで向かっているのを目撃した社員の間で、更に混乱が広まったことを。


――。


「――そろそろ本題に入ろうか」


 寺島さんは、ほっそりとした足をそろえてイスに座り直す。

 なんというか、この人に上品な仕草は似合わないな。

 もっとこう、足を組んで灰皿にタバコを押しつけてるカッコいい系の方が似合うというか――


「キミ、今何か失礼なことを考えなかったかね?」

「いえ、気のせいです!」


 速攻でバレた。

 

「ふむ。まあ、いい……それで、だ」


 支部長は机に身を乗り出して、こう問いかけてきた。


「私に話があるとのことだったが?」

「は、はい」

「その様子だと、どうやら覚悟は決まったようだな」


 俺の表情を見ただけで寺島支部長は悟ったらしい。

 ニヤリと不敵に笑いながら、そう告げてきた。

 

 今日、俺がここへ来た理由。

 それは、保留にしていたプロのダンジョン冒険者になるという選択をどうするか、だ。

 俺は元々、プロの冒険者になることに関しては後ろ向きではなかった。

 元々、両親を失った自分の将来のための貯金や、何より妹に幸せになって欲しいから、給料が貰えるというプロダンジョン冒険者のお誘いは嬉しい。

 それに、何か新しい出会いもあるだろうし。


 が、俺の決定を阻む最後の障害として立ち塞がっていたのが、「身バレして憧れの普通の高校生活を送れなくなるのではないか」という不安だった。

 しかし、それももうない。

 というか、自分から身バレしてしまった。今更隠しておくことなど不可能。

 ということで、俺の選択はもう一つしか無い。


「ふつつか者ですが、よろしくお願いします」

「お、おう! (焦ったビックリしたなんか一瞬告白の返事みたいな幻想が垣間見えた、婚期を逃したからと十歳以上も年下の高校生男子に夢を重ねるようじゃそろそろ本格的に手遅れだぞ私ぃ!)」

「?」


 何やら小声で一気にまくし立てている支部長。

 

「こほん。……とりあえず、プロの冒険者になってくれるってことでいいんだな?」

「はい。渋る理由も俺のプライバシーと一緒に消え去りましたから(満面の笑み)」

「お、おう。なんかいろいろあったみたいだな」


 若干表情を引きつらせつつ応じた支部長は、口調を改めて告げる。


「プロになってくれる分には、歓迎しよう。立場が変われば環境が変わる。何かと不自由もあるだろうが、その分できることも増える。選択するということは、何かを失う代わりに何かを得る、ということだからな」

「深いですね」


 そう答えると、支部長は自嘲気味に笑って、


「なーに。そう考えないとやっていけないだけだ。婚期を逃した代わりに私には私にしか歩めない人生があると、肯定したいだけさ。結婚できない私は、その分自由に使える金と時間があるのだと! ははは……空虚」

「あ、ああ……はい」


 もう、誰か貰ってやってくれ。

 こんなこと言ってる時点で、自分の人生に満足いってないんだから。支部長の幸せを全力で願うしかなかった。


「とにかく、詳細はまた追って連絡しよう。もっとも、キミには学生生活もあるだろうから、大量に仕事を頼むことはないだろうが」

「わかりました」


 今日の所は、これで終わりだろう。

 そう思い、踵を返そうとする俺だったが――


「ああ、そうそう。衣装どうする?」

「衣装、ですか?」

「ああ。プロの冒険者として活動するときの衣装だ。私としては、フリル付きのかわいい系衣装にまとめたいのだが――」

「だから却下です!!」


 この人、前回のやり取りを覚えていないとか言うんじゃないだろうな?


「ははは、冗談だ。似合いそうな服が必ずしもその人の好みとは限らないからな」

「いや、それ以前の問題だと思いますが!?」


 たまらずツッコミを入れる俺。

 これは、「衣装? それは別にテキトーでいいんで」とか言えないな。下手に手を抜いた結果、キラメキ可愛くドレスアップさせられる気がする。

 こっちは、カボチャの馬車に乗って舞踏会に行くわけではないのだ。


 衣装関係は慎重に選ばないとな。

 

 戦々恐々としつつ、そんなことを思う俺。

 とにかく、この日を境に俺は、プロのダンジョン冒険者として活動をすることになったのだ。

 

 

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