第45話 さりとて空の青さも知らず

《三人称視点》


「はぁ……はぁ……はぁ……っ!」


 分身体ドッペルゲンガーに乗り移っていた意識が本体へと戻った瞬間、君塚は荒い息を吐いていた。

 物理的に、身体にダメージを喰らったわけではない。


 分身体ドッペルゲンガーは粉々にはじけ飛んだが、本体にフィードバックするダメージはないのだ。

 ただし、


「く、そ……っ!」


 悪態をつきつつ、君塚は近くの壁により掛かる。

 分身体が吹き飛ぶ一瞬前に、鼓膜が両方とも破れた。そのせいか、本体の鼓膜は無傷なのに酩酊感と吐き気が君塚を襲う。


 何より、圧倒的な力でプライドごと粉々に砕かれたという事実が、恐怖と憤怒の感情を伴って君塚を襲った。

 

「クソガァアアアアアアアッ!!」


 感情のままに君塚は吠える。

 周囲で、意識が分身体に移っている間の無防備な本体を守るように並んでいた取り巻き達が、狼狽えたように顔を見合わせた。


「か、賀谷斗さん? どうしました?」

「何か、不都合が……」


 そんな風に、機嫌を損ねぬようビクビクしながら問いかける声も、今の君塚には響かない。

 彼の頭の中は、得体の知れない力で為す術も無くやられたという恐怖と。

 何より、自分より強い者がこの世にいて、そいつに恐怖した事実に対し、激しい怒りを覚えていたのである。


「黙れ!」

「「「っ!!」」」


 その一喝で、数人の取り巻きが怯えたように肩を振るわせる。

 君塚は血走った目で、彼等の背後に控える1人の少女へ、唾を飛ばしながら叫んだ。


「おい、どういうことだ潮江かや! テメェ、俺を騙してやがったな!」

「そんなわけないでしょ。一体なんの話よ」


 潮江は、僅かに怯えた様子を見せながら、それでも気丈に振る舞った。

 元々、彼女は他人に対して強く当たるタイプの人間だったが、今は弱みを握られている。

 君塚の理不尽に対し、真っ向から対抗することができずにいた。

 それをいいことに、君塚は吠える。


「とぼけんな! テメェが、例のSSランク弓使いじゃなかった! 俺を騙しておもしろがっていたんだろ!!」

「それはあんたの早とちりよ! 最初に絡まれたとき、あたしは違うと言った!」

「黙れ! 黙れ黙れ黙れ!!」


 君塚は、ヒステリックに叫ぶ。

 どう見ても、これは君塚賀谷斗が120%悪い。

 勝手に勘違いして、勝手に巻き込んで、勝手に自滅した。それを潮江かやのせいにするというのは、どう考えても道理があわない。


 が、ただでさえ狂った考え方で翔に勝負を挑んだ男が、プライドごとズタボロにされたのだ。

 それも、食い物にする予定だった獲物に、噛みつかれる形で。


 今までが順風満帆だったせいで、彼は初めての挫折が許せなかった。認められない、いや、絶対に認めるわけにはいかなかったのだ。

 今の君塚は、完全に理性のタガが外れている。

 人生で初めて味わった屈辱を、どんな手を使ってでも翔に返す。それしか、考えていなかった。


(焦るな。俺が持ち込んだ勝負はポイント対決。つまり、直接アイツを潰してゼロポイントにする必要はねぇわけだ)


 ここは、どんな手を使ってでも勝てばいいのだ。

 勝てばきっと溜飲が下がる。さっきのは、負けたことにはならない。

 そんな考えが、気休めになっていないと、頭に血が上った君塚は気付いていただろうか?


 君塚は、そばにまとめて置いてある、取り巻きに集めさせた鉱物やモンスターのドロップアイテムを見まわす。

 

(今のままじゃダメだ。もっと……調子に乗ったアイツを潰すためには、もっと大きなポイントがいる!! あの余裕面を泣きっ面に変えるくらいの、圧倒的なポイントが!!)


 そのためには、小さなモンスターや鉱物を刈っているだけではだめだ。

 誰もがあっと驚くような成果がなくてはならない。

 だとしたら――


「……もっと奥へ行くぞ。強力なモンスターを倒して、巨額のポイントを狩り尽くしてやる!」


 その宣言に、周りの取り巻き達からどよめきが上がった。


「そ、そんな……!」

「無茶ですよ! 君塚さんはともかく、俺達の実力はたかだかCランク――」

「黙ってろ!!」


 弱音を吐く連中を、君塚は一喝する。

 

「テメェらは援護だけしてろ! 俺の覇道の邪魔をすんじゃねぇ!」


 周りの制止も聞かず、君塚はダンジョンの最奥へと歩みを進める。

 既に、破滅のレールを歩んでいるとも知らず。


 井の中の蛙大海を知らず。

 狭い世界におり、外の世界を知らない者を指して言うこのことわざだが、実は続きがある。


 井の中の蛙大海を知らず、されど空の青さを知る。

 狭い世界にしかいなかったからこそ、一つの世界を極める。そういったポジティブな意味に転じるのだ。


 が、果たしてこのきみづかは、この狭い世界で何を見つけていたのか。

 広い世界を知り、何を学んだのか。

 否、そんなことを考えるまでもなく、何も考えていないからこそ、彼は破滅へとひた走る。


 空の青さをも知らぬ愚か者が、今度こそ完膚なきまでに敗北するときは、目前まで迫っていた。

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