第46話 嵐の前の静けさ

《翔視点》


 君塚との激戦後。

 俺は鉱石の豊富にある7階層を離れ、12階層へ移動してレアな植物を採集していた。


 直接戦闘ばかりで忘れがちだが、今回はあくまでポイント勝負。

 恐怖と屈辱は与えてやったが、ああいう輩が潔く引き下がるとは思えない。

 故に、最後まで気を抜けない状況だった。


 12階層は、7階層に比べて人が多かった。

 どうやらここは、直接戦闘よりも机に齧り付いての研究に勤しむ、ダンジョン生態研究部の狩り場だったらしい。


 レアな花や薬草を求めて、ダンジョン生態研究部の部員と思われる人々が、採集に勤しんでいた。

 俺は、持ち前の高度な探索スキルをフルに活用して、彼等が見落とした植物をちょくちょく刈ることにしたのだった。

 

 ――と、そんな感じでポイント集めを続けていた俺だったが、制限時間が迫ってくるごとに、疑問に思うことがあった。

 終了まで15分を切った頃。

 さながら、自治会主導の近所の公園の草むしりみたいな感じで、腰をかがめてむしった薬草を袋に放り込んでいた俺は、ふと呟いていた。


「……君塚のヤツ。あれから、全然邪魔してこないな」


 そう。

 取り巻きA、Bを撃退し、本人をボッコボコにしてからもうかなり経つのに、一向に次の罠を仕掛けて来る気配がないのだ。

 

 なにしろ、嫌がらせにおいては憎たらしいほどに頭の回る君塚のことだ。

 頭のネジが外れて、暴走してしまってもおかしくはない。なりふり構わず、取り巻き達も巻き込んで、全員で俺に挑んでくるとか――そんなことをしても、なんら不思議ではないのだ。


 なのに、それをしてこないのは、一体どういうことだろうか?

 終了直前まで俺を油断させて、一気に攻め込んでくるのだろうか? それとも――


……?」


 どちらにせよ、無策だから何もしてこないというのだけは、有り得ないだろう。

 そう思い、最後まで警戒していた俺だったが――どういうわけか結局何もないまま、終了のブザーが鳴った。


「どういうことだ?」


 俺は、拍子抜けしつつも、思ったより妨害が少なかったことに感謝しつつ、集計ポイントかつ集合場所である第1階層へ向かうのだった。


 ――が、俺はここで、安心すべきではなかったのだ。

 君塚からの襲撃がないことを幸いと思うのではなく、と怪しむべきだった。

 けれど、俺がそれを思い知るのは、もう少し後の話である。


――。


 第1階層入り口付近のホールについた俺は、思わずほっと息を吐く。

 なんだかんだ言って、気を張っていたのだ。

 ホール(と言っても、ボス部屋みたいに部屋全体がドーム状に広くなっていて、申し訳程度に赤いカーペットが敷いてある程度だが)は、各階層から次々と戻ってくる生徒達で盛り上がっていた。各々戦利品を手に、友人と語り合っている。


 俺も、早いとこ収穫物を集計して貰うとしよう。

 そう思いつつ、俺はかついだ二つの袋を掴み直す。


 それぞれ、中には鉱石と草花が大量に入っている。

 一欠片5000ポイントの鉱物が、ざっと50近く。

 その上で、一つ500ポイントから、レアな薬草では8000ポイント近くに昇る植物が袋一杯に詰め込まれている。


 目算で、ざっと50万ポイントはくだらないだろう。

 レアアイテムばかりを集めた結果のこれである。

 ダンジョン内の天井付近に貼ってある、巨大な電光掲示板のような液晶には、リアルタイムで本日の集計結果のトップ10が表示されていた。


 1位の人物は、Aクラスの桐谷和毅きりやともきという人らしい。獲得ポイントは17万8300ポイント。

 もちろん、今も集計を待っている人達が多くいるため、その中から彼のポイントを超える者も現れるだろうが――それでも俺のポイント数を越える者がいるとは思えない。


 よほどのイレギュラーでも起きない限り、取り巻きを利用してちまちまモンスターを狩っている君塚に負けることはないだろう。

 そんなことを思いつつ、俺は、集計の列に並ぼうとして――


「おーい、かっくん!」


 不意に、そんな呼び声が俺の耳に届く。

 その瞬間、俺は口から心臓が飛び出すかと思った。

 

 ――この、いちご味のあめ玉を転がすような甘く滑らかな声は……まさか。

 というか、俺のことをその渾名で呼ぶ人自体、俺は1人しか知らない。

 驚いて振り返った俺の視線の先にいたのは、目が覚めるような金色の長い髪と、海よりも深い青の瞳が特徴的な美少女だった。


 鼻や頬にテーピングやガーゼを貼っている、痛々しい状況なのにもかかわらず、それが気にならないくらいの美貌を持つその少女は――今日ここにいるはずのない人であった。

 というか、君塚の暴走に巻き込まれて欲しくないという意味で、ここにいてはならないはずの人であった。


 こと、どっかのアホが理性のたがを外して、イベント終了後など関係なく、何をしてくるかわからない現状においては。

 だから、俺は思わずその人の名前を叫んでいた。


「の、乃花!? なんでここに――っ!?」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る