第44話 井の中の蛙、大海を知らず
「は……テメェ今、何しやがった!?」
「同じ威力の攻撃を放って、相殺した」
「バカな! 俺の12ある奥義の一つだぞ! それをこんなアッサリ……!」
戦慄する君塚は、思わずといった様子で一歩後ずさり――
「は、はは……なるほど。俺としたことがすっかり騙されてたぜ」
「?」
「この攻撃は、発動に失敗するとごく稀に相手に当たる直前で消失する! この俺がミスしたというのはいただけないが、命拾いしたな! はは、ははは。ホントは、内心冷や汗だらけなんだろ?」
……と、冷や汗を額から吹き出しながら、君塚が申しておりますが?
なんだか、怒りを通り越して哀れになってきた。
「今度は、そう上手くはいかんぞ! 俺の28ある奥義の一つ、“スターダスト・ブラスター”を受けてみやがれ!」
「奥義の数って12じゃないのかよ。誇張したがってるのが丸わかりだぞ?」
「っ! ウルセェ! 今にその臭ぇ口を開けなくしてやるよ!!」
激情のままに、君塚は
君塚の正面に、拳大の岩が無数に生まれる。
臭ぇ口って……。ほんと、さっきから言ってることが特大ブーメランになっていることに気付いているんだろうか。
「今度こそテメェの全身に風穴開けてやらぁ! 喰らえ! “スターダスト・ブラスター”ッ!!」
刹那、大量の石の
流石に腐ってもランクAの冒険者。その威力は本物で、並みの冒険者なら手も足も出ずに全身を穿たれていただろう。
ヤツが奥義と宣って、有頂天になるのも仕方が無い。
が。世の中、上には上がいる。
自分で言うのも変な話だが、正真正銘のバケモノがこの世界にはいるのだ。
強豪校のサッカー部でキャプテンを務めた者が、世界リーグで活躍している人間には歯が立たないように。
中途半端な強さを手に入れた者が限られた箱庭で有頂天になったとしても、一度箱庭の外へ飛び出せば敵わない敵がたくさんいる。
井の中の蛙大海を知らず。
そういう意味では、君塚は幸運だったのかもしれない。
山台高校という同じ箱庭に、俺という
「“ウインド・インパクト・アロー”!」
俺は、迫り来る石の群れめがけて、風属性の「魔法矢」を放った。
矢を中心に突風が渦を巻き、迫り来る石の礫を片っ端から絡め取る。
「なっ――」
そのまま、驚愕に表情を固める君塚めがけて、瓦礫の全てを巻き込んだ突風は突き進む。
そして――暴威を振るった。
「ぐ、ぐぅぁあああああああああああああ――ッ!?」
君塚賀谷斗は、あまりの痛みに悶絶するかのように吠える。
当然だ。渦巻く風は鋭く尖る石を大量に巻き込んでいるから、その中心点にいる君塚はもろに石の攻撃を喰らうのだから。
なまじランクが高いせいで耐久力も高く、簡単に規定ダメージを負うことができない。
岩の旋風の中で苦悶の声を上げながら、君塚は哀れにも石の大群に打ちのめされて、狂ったように踊っていた。
やがて、そんな岩の暴威も止む。
「ぐっ……がはっ! はぁ……はぁ……」
後には、満身創痍で地べたに倒れ伏す君塚の姿があった。
「く、クソ……クソォオオオッ! 俺がぁ! この俺の攻撃が効かないなんて。んなバカな話があってたまるかよぉおおおおおっ!」
血走った目で、なおも君塚は
が、魔法スキルを放つ前に、ボキリと音が鳴って魔杖の機能が停止する。君塚の認識よりも早く、一条の光が魔杖の中央を捕らえていたのだ。
光が過ぎた場所から真っ二つに、ポッキリと魔杖が折れる。
「――は?」
困惑したように掠れた声を上げた君塚は、地面に転がった
躊躇いなく矢を放った格好で残心する、俺の方を。
「な、なんだよ。それ……俺はAランクなんだぞ!? 俺の144ある奥義は、その全てが最強で、究極で、世紀末級なんだぞっ!! そんな、たかだか最弱の弓なんかでっ……あ」
事実を受け入れられない君塚は、狂ったように喚き散らしていたが……やがて、何かに気付いたようにハッとする。
それから、みるみるうちに顔が青白く変色していった。
「待て……いや、そんなはずは。だって、アイツは今俺の手駒になってるはずなのに。だって……は? あっちが、偽もの? じゃなきゃ、おかしい。こんな最弱ジョブの野郎に、俺が負けるわけがない」
悪夢を見て、魘された子どものように震える君塚。
それからゆっくりと、君塚は俺を指さした。
「お、お前……その白い髪。女みたいな顔立ち、それでその……デタラメな強さ! ま、まさか! お前が――ッ!」
「さあ? 人違いじゃない?」
俺はあくまでラフに、そう答える。
「でも、そう思っておいた方が自分に言い訳もつくだろ? SSランクの人間に負けるんなら、仕方ないや~って。そう思ったまま……絶望に沈め」
俺は、小刻みに震える君塚へ向け、何の矢も構えていない弓を向ける。
それも、“増加”のスキルで三つに増やした、ただの弓を。
俺は、弦に手を掛けてゆっくりと引っ張る。ただし、それぞれ引っ張る強さと指を掛ける位置を微妙にずらして。その上で、三本の弦にそれぞれ“拡声”という《《音を何倍にも大きくするスキル“をかけた。
今回は、太陽系スキルで地面ごと溶鉱炉に変えるようなことはしない。
あのときは頭に血が上っていて、やりすぎてしまったが、本来ダンジョンの意図的な破壊は御法度なのだ。
今回は、頭に血が上っていたのが喧嘩を売られた昨日ということもあり、いくらか冷静だった。
「ま、待て。な、何をする気だ……?」
怯えたように、地面に座り込んだまま後ずさる君塚。
得体の知れない実力を持つ人間が、放つべき矢の存在しない……すなわち、どんな攻撃が来るのかまるで未知数の、得体の知れない技を放とうとしている。
それだけで、恐怖なのだろう。
「お前の負けだよ、君塚」
「ま、待て!」
「――“
聞かず、俺は指を離した。
刹那、三本の弦がそれぞれ空気を叩く。
その瞬間だった。君塚のいる位置だけが、まるで透明の爆弾が炸裂したように爆発した。
空気が膨張し、君塚の身体が一瞬でダメージを超過して、断末魔も許さずはじけ飛んだ。
“
弦が空気を叩く音を数倍に増加する、一種の音波兵器。
一発では、射線上にある物体を僅かに破壊するレベルでしかない。しかし、微妙に弾く際の強さやタイミングをずらした三つの波を放ち、狙った場所で重ねることで、ピンポイントで不可視の爆発を生む。
矢が切れた時用に練習して習得してしまった、限り無く反則級に近い奥義であった。
「終わったな」
俺は、ゆっくりと弓を下ろす。
が、そこであることに気付いた。光の粒子となって消え、救護室に転送されるはずの君塚。
たしかにその姿はかき消えたが、なぜか転送される際に出るはずの光の粒子が出なかった。
「どういうことだ……?」
俺は一瞬眉根をよせ、そして悟る。
その場の地面に、あるスキルを発動していた時に出る魔法陣のような紋章が残されていたからだ。
俺は、自分でも珍しく舌打ちをしていた。
「自分の分身を生み出し、囮にするスキル……“ドッペルゲンガー”か」
つまり、本体はまだダンジョンのどこかにいるということ。
これだけ圧倒された場合、賢いヤツなら勝負など捨てるだろうが。
いや。……俺の直感が告げている。
どうやら、もう一波乱ありそうだ。
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