第39話 イカれた理論は、破綻へのレールを突き進む

《三人称視点》


 その日の放課後。

 

(これでいい。あの野郎、おもしれぇぐらい、吹っかけた喧嘩を買いやがった)


 人気ひとけの無い裏門の壁に寄りかかりながら、君塚賀谷斗はほくそ笑んだ。

 一部狂言も織り交ぜて煽ってやったが、面白いくらい煽りに乗った。


 君塚が勝負を挑んだ理由は、ただ単純にあの翔とかいうヤツが気にくわなかったからだ。

 単純に、今朝恥を掻かされてムシャクシャしていたのもあった。

 だがそれ以上に、先に目を付けていた学校のアイドルといつの間にか親密になっていたのが、何よりも腹立たしい。

 だから君塚は、勝負を吹っかけた。

 高嶺乃花を出しに使い、あの男らしくもない息吹翔とかいうヤツの、鼻っ柱をへし折るために。


 そして――勝負の舞台は明日の5,6時間目に行われる、《ハンティング祭》だ。

 金曜日に思わぬアクシデントがあったため、中止になる可能性もあった。しかし、ダンジョン内の安全確認がとれたため、毎年恒例で行われている山台高校のイベントが例年通り開催される運びとなったのだ。


 ルールとしては単純。

 制限時間は90分。その間に、個人でモンスターを狩ったり、ダンジョン内の鉱物を採集したりして、それぞれの獲物に振り分けられたポイントの合計を競う祭りだ。


(くっははは。まさに据え膳だぜ。丁度良く勝負できる舞台が整っていたなんてナァ。天は俺に味方してやがる)


 君塚は、己が歪んだ欲望のままに舌なめずりをする。

 

(俺は、あのいけ好かねぇ野郎の絶望の顔さえ見られるなら、どんなことだってやってやるぜ)


 堂々と真正面から勝負に乗ってきた翔。

 どうせ、高嶺乃花は渡さない! などという正義のヒーローじみた優越感に酔っているのだろう。

 そういうものを全部へし折って、ヤツが絶望する顔が見たいのだ。


 翔は正義の心で買った喧嘩に負ける。そして、大切な女1人守れない弱者だと露呈する。

 その心の隙を突いて、君塚は高嶺乃花を奪うつもりでいた。

 それに、だ。


(アイツは真正面からバカ正直に俺とポイント数の差で1対1の勝負をすると思ってるんだろうが……誰が真正面から、勝負を挑んでやるもんか)


 君塚は、ニヤリと不敵に笑う。

 彼が裏門前に居座っていた理由。それは、とある人物を捕まえるためだった。


「よぉ、今帰りか?」

「……あ?」


 君塚は、肩に鞄を引っ提げて早足で帰ろうとしていた少女を呼び止めた。

 迷惑そうに紅玉色の目を細めるのは、クラスの一匹狼こと、潮江かやだ。


「お前に頼みがある」

「は? 嫌に決まってんじゃん。あたし、このあとバイトあるから――」

「おっと、人の話は最後まで聞くもんだろうがよぉ!」

「っつ! なにすんのよ!」


 乱暴に腕を捕まれた潮江は、顔をしかめて振りほどこうとする。

 が、君塚は何の悪びれもなく、傲慢にも話を続けた。


「頑なに正体を隠してるけどよぉ。お前、例のアーチャーだろ?」

「は? だからそんなん、あたし知らないって!」

「おいおい隠すなよ。こうして人目を憚るように裏門から帰るのも、冒険者としての活動を見られたくないからだろ?」

「いい加減に、その意味のわからない推理をやめろ――」

「それとも、?」

「っ!!」


 今まで腕を振りほどこうとしていた潮江の動きが、止まる。


(へぇ、こりゃ使えるな)


「――騙されない、そんなハッタリ」

「ハッタリじゃねぇよ。俺の情報網なめんなよ、お前のバイト先は隣町の駅ビル6階にある――」

「っっっ!!」


 今度こそ、少女の小さい肩が震え上がった。

 顔は青ざめ、唇は震えている。


(へっ、ヒットかよ)


 君塚は、内心でほくそ笑んだ。

 実は、彼女がどんなバイトをしているか、偶然バイト先を知った取り巻きの1人から聞いた。隣町まで行っているらしいから、余程本人としては見られたくないものだったらしいが、ビンゴだったようだ。


「あんた……それ、どこで知ったのよ」

「別に? 取り巻きから教えて貰ったのさ。それで、どうなんだ? もしお前が協力してくれんなら、このことは黙っといてやるが」


 清々しいくらいに、クズの手口だった。

 もっとも、君塚賀谷斗という人間は、それを悪いとも思っていないから、質が悪い。

 今は登校拒否中の木山豪気と、同レベルの人間。そんな底辺クラスの人間が、2人も同じ高校に入学してしまったのは、もう悪夢としか表現のしようがなかった。


 そして――そんな魔の手に苦しむ少女を助けるヒーローが、いつもこの場にいるとは限らない。

 奇しくも、何も悪くない少女が1人、その毒牙にかかってしまった。


「……あたしは、何をすればいいわけ?」


 小刻みに震えながら、潮江は絞り出すように聞く。


「簡単だ。明日、俺の手足となって動けば良い」

「……わかったわ」


 これでいい、と君塚は低く嗤う。

 これで、SSランクの弓使いが手駒になった。公式にヤツのランクが発表されているわけではないが、Sランクパーティーを最弱ジョブで退けるほどの強さだ。それ以外あり得ないというのが、周りの共通認識であった。

 強力なモンスターを狩って大量のポイントをゲットし、あのいけ好かない野郎の心を完膚なきまでにへし折れる。


(意気揚々と勝負に乗ったあいつは、ボロ負けして恥を掻く。格好付けて守ろうとした女の目の前で! その隙に、高嶺乃花を俺のモノに――ッ!)


 ――少し常識のあるものなら、誰でもわかるだろう。

 そんな汚いやり方しかできない人間に、靡く人などいるはずないと。

 しかし、それがわからないのが、ある意味この男がこの男たる所以ゆえんだろう。


 子どもの頃から、力で何でも手に入れてきた。

 喧嘩が強く、相手を煽って大切な気持ちを踏みにじるやり方で、なんでも奪ってきた。

 だから、彼は自分の愚かしさに気付けない。


 自分は狡猾こうかつで、何でも手に入れることのできる選ばれた人間だと。

 そんな自分に憧れて、周りには多くの取り巻きがいるのだと。

 なまじ腕っ節が強く、大きな挫折を知らなかったせいで、勘違いしたままここまで来てしまった。


 今だってそうだ。

 うまく相手を勝負の場に引きずり出し、潮江の弱点を巧みに突いて手駒にしている。そんな自分は、やはり王者たる資格がある。

 そんな頂点に立つ人間にこそ、自分と同じく頂点に立つ高嶺乃花は相応しい。だから、彼女と自分が結ばれるのはもはや必然だと、そう信じ切ってしまっている。


 息吹翔は、このイカれた理論を理解できず、考えることを放棄した。

 イカれた理論は、それを持つ本人にしかわからない。

 挫折を知らないならず者は、自らが進む道は正しいと信じて前に突き進む。


 ――が、いつまでもそんな自分本位の理論が通じるはずもない。

因果応報。

 誰かを傷つけた分だけ、その痛みは自分に返ってくる。


 ――既に彼の突き進むレールは、分岐点を超えていた。

 彼の王道じゃどうは今、刻一刻と破滅の一途を辿っていた。

 

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