第38話 買う喧嘩
その日の昼休み。
「はぁ、お腹空いたぁ~」
食堂にて、正面テーブルに座る乃花が、目の前のきつねうどんを前に、目を輝かせながら言った。
が――あいにくと同席している俺は、そんな呑気な気分にはなれない。
食堂に来たら偶然彼女に会い、「一緒に食事にご飯食べない?」と誘われて、あれよあれよといううちに同席してしまった。
ここで牙を剥いてくるのが、濃い日常で忘れかけていた、高嶺乃花が文字通り学校中の男子達を虜にするアイドルという設定である。平素ならここに真美さんがいたのだろうが、まだ彼女は入院中。
つまり、今ここでは俺と乃花の二人きりというわけだ。
必然。
「おい、あの女子みたいな男子誰だよ」
「ちくしょう、俺達のアイドルと同席しやがって!」
「許さない許さない許さない許さ――」
――ま、周りからの
俺は戦々恐々とするしかなかった。
手元のカレーライスをスプーンで口に運ぶが、正直味まで気が回らなかった。
とにかく、会話をして気を紛らわせるとしよう。
「あ、あのさ。ケガの方はもういいの?」
「うん。まだあちこち痛いから、体育とかダンジョン実習は参加できないけどね。無理しなければ、日常生活は送れるよ」
乃花は、ガーゼや
「そっか」
「かっくんの方は大丈夫なの? その――いろいろと噂になっているけど」
「っ! (近い近い近いっ)」
おそらく、周りに聞こえないように配慮したのだろう。
顔を近づけ、俺の耳元で話しかけてくる。が、すぐそこに乃花の髪が迫り、どことなく甘い香りが漂ってくる。
しかも、この状況において、周りへの配慮という点では、その仕草の方が逆効果だ。
何せ、顔と顔が極限まで近づいている。
――自然と、周りの黒いオーラが増した。
俺としては恥ずかしいやら気が気でないやらで、心臓が口から飛び出そうである。
「ねぇ、かっくん聞いてる?」
「……へ?」
「もう、聞いてないでしょ」
乃花は正面でぷくっと膨れてみせるが、その可愛らしい表情を今すぐやめてくれませんかね俺への呪いの視線が指数関数的に増大しているのでっ!
そんな俺の焦りを知るよしもない乃花は、もう一度同じ質問をぶつけてきた。
「大丈夫なの? なんか正体バレそうな雰囲気だけど」
「なんとか、不本意ながら
ここでバレたら、病院での一悶着の後、俺の正体については黙っていて欲しいと乃花と真美さんに念を押して頼んだことが、無駄になってしまう。
ここでバレるわけにはいかない。しかし――
「けど、一つよくない方向に転びつつある」
「よくない方向?」
「うん。うちのクラスの潮江かやさんが、その弓使いじゃないかって噂が立ってる」
「あー、あのちょっと孤高でカッコいい感じの子だね」
ここで、悪口っぽく言わなかったり、内部進学組でもない他クラスの子を覚えていたりする辺り。やはり学校の人気者だなと思い知らされる。
「確かに、誤解を押しつけたままなのは可哀想かも」
「だろ? 俺のとばっちりを受けて彼女が迷惑を被るのは、どう考えても間違ってる。絶対になんとかしなきゃいけない。だからなんとかするよ、必ず」
俺のせいで、彼女は朝事件に巻き込まれたのだ。いつまでも、あんな状態にしておくわけにはいかないというものである。
「そっか。なにか手伝えることがあったら、言ってね」
乃花は優しげに微笑んでから、うどんをお行儀良くすする。
そんな彼女と会話を交わしつつ、共に昼食を食べる一時は終わったのだった。
――。
昼食を食べ終えた俺は、乃花と別れ先に食堂を後にした。
――が、学校のアイドルといつの間にか仲よさそうにしている謎の男子がいる。
その事実が、トラブルの種にならないと楽観視するのは、流石に厳しかったか。
「おい、テメェ待てよ」
不意に横合いから呼び止められ、俺はそちらを向く。
そこには、見知った顔が合った。ちなみに、こういう絡み方をするヤツと言えばどこぞの盗撮魔が思い浮かぶが、あいにくと彼は未だ登校拒否中である。
よって。俺の知っている限りのもう一人。
「えと……君塚くん、だっけ」
「ああそうだ。テメェ、朝あのクソ野郎と一緒にいたヤツだよな? 確か、翔だったか?」
君塚くんは、不服そうに俺を睨みながら聞いてきた。
参ったな。面倒なヤツに絡まれた。
俺は内心でため息をつきつつ、話の続きを促した。
「そうだけど、なんか用?」
「ああ。お前よぉ、さっきのは一体どういうことだ?」
「さっきの?」
「とぼけんじゃねぇよ! 俺の乃花ちゃんと随分仲よさげだったじゃねぇか! えぇ?」
軽く背筋に寒気が走った。
コイツ今、俺のとか言ってなかったか?
「えと……仲良くしてたらまずいのか?」
「当たり前だ! 俺にこそあの子は相応しいんだよ! そこを勝手に横取りしやがって!」
知るかよ、そんなもん。
ていうか、別に彼女は俺のものでもないし。
「はぁ……何を勘違いしてるのか知らないけど、ただちょっと仲良いだけだから。告白するなら、お好きに頑張れば?」
こんなのに告白される乃花には、心底申し訳ないが、ここはちょっと囮になってもらおう。
「そうはいかねぇ。俺は、お前を高嶺乃花のパートナーとは認めねぇ! 絶対にな!」
「はぁ……じゃあ、俺にどうしろと」
「決まってんだろ。テメェ、俺と勝負しやがれ! 明日に行われる、《ハンティング祭》の結果で! お前より俺の方が彼女の相手に相応しいと、証明してやるぜ」
いやなんでそうなるんだよ。
勝手に喧嘩吹っかけられたあげく勝負とか――いつの時代の習わしだよ。
手袋を顔面にぶん投げてくる様がありありと浮かぶんだが?
「はぁ~。悪いけど、俺は受けないよ」
俺はこれ以上付き合えないとばかりに、踵を返して立ち去ろうとする。が。
一体、何が彼の気に障ったのか?
「――ほう、そうかよ。それが勝者の余裕ってヤツか。自分がもうあの子の意中にあるからって、調子ぶっこきやがって」
「は?」
誰もそんなこと言ってないだろ。そう否定するつもりで振り向いたが、次の瞬間、いっきに怒りのメーターが振り切れる。
「じゃあ、俺があの子を物理的に俺の女にしても、余裕でいられるわけだな?」
「……どういう意味だ」
自分でも気付かぬうちに、声のトーンが下がっていた。
どういう意味かと聞いたが、そのゲスな言葉の意味がわからないほど、俺は子どものつもりもない。
「先に俺のモノにした痕跡を残すって意味だよ」
「……そんなことしようものなら、嫌われるだけじゃ済まないぞ。あの子のこと、好きじゃないのかよ」
「ああ、好きだぜ? あの身体、ほんとたまんねぇよな。一度でいいからさ、ヤッてみてぇ――」
「もういい、黙れ」
自分の腹の奥底から出てくる激情のままに、声を紡いだ。
もういい。コイツの腐った口から、これ以上のことは聞きたくない。
コイツの好きが、どういう類いのものなのか、それがよくわかった。
コイツが言ったことの行動理念は、正直わからないことが多すぎる。
だが、そんなの考えたくもない。思考回路が狂ったヤツの理論など、一々頭の中で理解して組み立てるだけ無駄だ。
ただ一つ言えることは、こんなクズのクソ理論に、乃花を巻き込めないということだけだ!
だから俺は、決意する。
コイツの口車に乗るのは癪だが、コイツの挑んできた勝負に真っ向から挑んで、言い訳もできないくらい完膚なきまでに叩きつぶすために。
すなわち――俺は目の前にいる君塚くん……いや、君塚を睨みあげ、低い声で言った。
「乗ってやるよ、あんたの汚ぇ勝負」
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