第29話 絶望砕く弓使い

「グォオオオオオオオオオッ!!」


 雄叫びを上げ、巨大ゴーレムが右の拳を振るう。

 巨大な拳が一撃かすりでもれば、大ダメージは免れない。だが、そもそも攻撃を貰ってやるつもりはない。


  俺は迷わず風属性の「魔法矢」を放った。


「“ウィンド・スティンガー”!」


 刹那、凝縮した突風が極太の針と化し、再生したばかりのゴーレムの拳に深々と突き刺さる。

 ズガンッという音と共に、圧縮した突風の一撃を真正面から喰らった拳は、粉々に砕け散る。


 否、それだけに留まらない。

 ぎゃりぎゃりぎゃりと凄まじい音を立て、ドリルが岩盤を掘削するがごとく、ゴーレムの太い腕を崩壊させながら突き進んでいく。

 結果、ゴーレムの右腕が肩口からボロボロに崩れ落ちていた。


 けれど、ゴーレムは怯まない。

 直ぐさま傷口がボコボコと膨れあがり、再生を開始する。

 と同時に、ゴーレムが岩のような顔を上下に開け、咆哮した。


「グォワァアアアアアアッ!!」


 それはさながら音響兵器のように大気を震撼させ、ダンジョンの外壁や天井にヒビを入れる。


「ちょっと、黙ってろ!!」


 俺は鼓膜が破れそうなほどの大声に耐えながら、爆発スキルを予め付与しておいた「爆発矢」を放った。

 音速に到達しそうな勢いで放たれた矢は、狙い過たず鬱陶しいゴーレムの口に入り、喉を突き抜ける。


「グォッ!?」


 衝撃で大きく後ろへ仰け反るゴーレム。

 音響兵器を止めることはできたが、逆に言えばそれだけだ。

 すぐに再生を開始し、喉の傷が塞がってゆく。

 

「やっぱり、とりあえず目に付いた場所を攻撃するだけじゃだめか」


 俺は思わず舌打ちをした。

 このままでは埒があかない。


「ど、どうするの?」


 後ろで見守っていたかのんが、祈るような面持ちで俺に声をかけてきた。


「再生能力持ちのモンスターならいくつかいるけど、そのセオリーが通じるのかな?」

「さあ、どうだろうね」


 油断なく敵を見据えながら、俺はかのんの疑問に対して曖昧に答える。

 彼女がそう言うのも無理はない。だって、そもそも


 再生能力持ちの敵を相手にする時のセオリーは二つ。

 一つは、再生能力をデバフスキルで封じること。

 そしてもう一つは、再生の元となる核を潰すこと。


 だが、両方とも確実性に欠ける。

 RPGならバグのせいでエラー表示が出まくっていそうなレベルでイレギュラーなこの巨人ゴーレムに、果たして小手先のデバフが効くだろうか?

 それに、ゴーレムの変異体が、どういう理屈で再生しているかもわからない。


「それじゃあ、打つ手がない――?」

「いいや」


 絶望しかけるかのんへ、俺は首を横へ振って答えた。


「確かに、セオリー通りには倒せないかもしれないけど。だったら、第三の選択肢を作れば良い」


 俺は、口の端を少しだけ歪める。

 元々、モンスターをいたぶって愉悦を感じる趣味は全くないのだが、今回ばかりはほんの少しだけそれを感じていたかもしれない。

 幼馴染みを散々いたぶってくれた恨みは、全力で晴らさせてもらおう。


 右腕と喉の再生が終わり、再び攻撃を仕掛けようとする巨大な物体へ、俺はゆっくりと弓につがえた矢の先端を向ける。

 それと同時に、ゴーレムの周囲を360°取り囲むかのように光の弓矢が出現する。


 七色の光で象られた弓矢。

 それらが、手にした弦を引き絞るのに連動して、エネルギーを蓄えていく。

 

 再生の核がどこにあるかもわからなければ、そもそも存在するかさえわからない。

 だが、この再生は万能と言えるのだろうか?

 答えは、否。なぜなら、俺が到着する前のかのんの攻撃で、各箇所にが残っているからだ。


 つまり、攻撃を受けて再生した痕跡が残っている=完璧な修復は不可能ということである。

 加えて、腕一本再生するにも十秒以上必要としていた。ならば、第三の選択肢は――


「完璧に再生しきる前に、跡形もなく消し飛ばす! “逆位置の花火リバース・ファイアワーク”!」


 刹那、七色の光の矢が一斉に解き放たれる。

360°、ゴーレムを取り巻く弓矢から放たれた光は、四方八方からゴーレムの巨体を打ち据える。

 弱点を狙うとか、核を引きずり出すとか、そんなまどろっこしいことはしない。


 Q:湯船の栓が開いている状態で、湯船を張るにはどうすればいい。

 A:消防車のホースで浴槽に水をぶち込み続ければいい。


 真正面から、最大火力ですり潰す。相手の再生が間に合わない速度で。

 え? 脳筋だって? ちょっと心当たりはないですね。

 最も効率的でスマートな方法ですよ?


「ウグ、グゥオァアアアアアッ!?」


 全身を光の矢で貫かれて、硬い外骨格をボロボロと崩しながら、ゴーレムが吠える。

 内側に向かって咲き誇る花火は、その威力を一切外へ漏らすことはない。

 攻撃の中心点にいるゴーレムだけを、正確に、無慈悲に打ち据える。


 ボロボロに崩れた側から再生を開始するが、その瞬間に再生を始めた箇所を矢が貫く。

 千切れた足をくっつけようと、ゲル状の接着剤が関節から出てきた瞬間、千切れた足に数十本の矢が突き刺さり、粉々に砕いてしまう。


「ゴォアアアアアアアッ!?」


 苦しげな呻き声が、そのゴーレムの断末魔となった。

 直後、ゴーレムの四角い顔を無数の矢が貫いて粉砕し、口が顔ごと消滅する。


 それでも尚、内側に咲く花火は攻撃を続ける。

 再生を始めた側から粉々に粉砕し、いくつかの肉片と化しても尚。さながらフードプロセッサーの中で踊る野菜のようにすり潰されてゆく。


 そして――世界を明滅させる絨毯爆撃の果てに。かつてゴーレムだったモノの最後の一欠片すら、光の矢で蒸発して消えていった。


 ある意味最も単純明快で。

 それ故にSSランクというぶっ飛んだ称号を持つ者にしか使えない、究極ゴリ押し式で得た勝利であった。


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