第8話 鎧袖一触

「……は?」


 瀬奈は、一瞬訝しむように眉根をよせる。

 

 俺は、迫り来る極光に向かって弓を構えた。

 ただし、

 弓矢の弦の中央に指を引っかけ、引っ張る。


「攻撃手段を「通常矢」から「魔法矢」に変更!」


 刹那、弦から弓幹の中央にかけて、バチバチと紫電を纏う光の矢が形成される。

 迫り来る極光すら霞む圧倒的な光が矢に集まり、輝きを増していく。


「嘘!? なんでアーチャーごときが、魔法使えんのよ!? そんなの聞いてない!」

「“弓使い《アーチャー》”が魔法を使えないなんて、それこそ迷信だよ。個人ランクがA以上になれば、「魔法矢」のスキルが解放されるようになってるんだ」


 そう。

 “弓使い《アーチャー》”は最弱ジョブという噂が定着し、実際このジョブでハイランクを目指そうとする根気強い冒険者が、今まで誰もいなかった。

 だから、ハイランクに昇級すれば「魔法」が使えるようになると、誰も知らないだけ。

 そして――


「“弓使い《アーチャー》”は遠距離攻撃に特化している分、射撃系魔法の威力は“魔術師マジシャン”よりも上だ」


 俺は、引き絞った右手を離す。と同時に、眩い光の矢が真正面に放たれた。

 雷属性と光属性魔法の融合矢、その名も“フュージョン・ペネトレイター”。

 紫電を纏う光の矢は、目前まで迫った真っ白な光を切り裂き、一直線に突き進む。

 

「ひっ! そ、そんな――」


必殺の一撃を真正面からねじ伏せられたことに落胆する暇も無く、瀬奈の胴体に矢が突き刺さり――一瞬で規定ダメージにを受けて転送されていった。


まずは、一人。残りもボコボ……お灸を据えねばならない。


「ば、ばかな……」


 その様子を見ていた豪気は、掠れた声を上げて小刻みに震えている。

 どうやら、戦意を喪失したみたいだ。


「貴様!」

「よくも瀬奈の姉貴を!」

「許さん!」


 不意に、外野から声が聞こえてくる。

 【ボーン・クラッシャー】……略してボンクラに所属しているモブA、B、Cが俺を睨み、それぞれ魔法を俺めがけて放ってきた。


 ふむ。自分より弱いヤツ相手にはイキるくせに、強いヤツには途端に弱腰になる、豪気という名前なのに剛毅さの欠片もない人間とは大違いだ。

 そこだけは認めてやってもいいが――


「どのみち、君らも許すつもりはないよ」


 他人に迷惑を掛けるパーティーで、好き勝手暴れてきたのだ。

 慈悲を与える道理はない。

 俺は空へ向かって弓を構えると、「魔法矢」をつがえた。


「属性は炎、威力は小、数は100――“フレイム・アロー・レイン”!」

 

 刹那、無数の炎の矢が空へ向かって放たれる。

 放たれた矢は放物線を描いて、モブ達へと容赦なく降り注いだ。


「あぢぃ! 燃える! 身体が燃える!!」

「死ぬぅうううううううう!」

「ぎゃぁああああああああ!」


 阿鼻叫喚の地獄絵図とはかくや。

 紅の豪雨に全身を穿たれ、モブ達はゴロゴロと地面を転げ回る。

 集中力を乱されたことで、俺めがけてとんできていた三つの攻撃は、呆気なく霧散してしまった。


「い、嫌だ! こんなの非道だ!」

「た、助けてくれぇえええええ!」

「死ぬ、死んじまうよぉ!」


 のたうち回りながら好き放題言う三人を見て、俺は思わずイラッとしてしまった。


「本当に救えないヤツらだな。お前等も、他の冒険者に対して同じ事を再三やってきたんだろ」

「っ!」

「そ、それは……」

「ぐぅ!」


 三人は苦悶の表情を浮かべつつ、押し黙る。


「だったら少しは同じ痛みを受けて、反省してきたらどうだ」


 そう告げたのと同時に、三人は光の粒子となって消えた。

 どうやら燃焼効果で規定ダメージに達し、救護室に転送されたようだ。


 これで四人。

 残りは、戦意を喪失している豪気と――


「許さん、許さんぞ!」


 不意に、今まで黙って見守っていた弥彦が低い声で叫んだ。

 わなわなと拳を振るわし、烈火の瞳で俺を睨んでいる。

 この間、ただただ俺に対する怒りを募らせていたらしい。

 弥彦の体内から発せられる怒りの熱が、俺の頬をジリジリと焦がす。


「この大会はメンバー全員でのクリアが必須! アイツ等がリタイアして以上、俺達は失格となる! どう責任をとってくれるつもりだ、小僧ぉ!!」


 小僧て。あんたと俺じゃ、四,五歳しか変わんないだろ。

 そんなことを思いつつ、俺は弥彦へ向き直った。


「別に。先に仕掛けてきたのはそっちだし、正当防衛で迎撃しただけだよ。お宅の豪気バカが先走らなければ、こんなことにならなかった。それに、リーダーのくせにメンバーの手綱すら握れていなかった、情けないアンタの責任でしょ?」

「テ、メェ……言わせておけば!!」


 ビキビキと、弥彦の額に青筋が立つ。


「貴様はゼッタイに殺す! 地獄の果てまで追いかけて、八つ裂きにしてやる!」


 怨嗟えんさの籠もった叫びを上げ、完全に逆上した弥彦が突進してきた。

 弥彦のジョブは“闘士ファイター”。

 拳をメインに戦う、完全なる近接特化型のジョブだ。


「ウォオオオオオオオオオオオ!!」


 雄叫びを上げ、残像すら見える速度で肉薄する弥彦。

 俺は素早く矢を5本装填し、弥彦めがけて放った。

 が、弥彦は突進の勢いを緩めずに右斜め前へ素早く移動し、矢を避ける。

 流石は個人ランクSのリーダー、卓越した身のこなしだ。


「やるな。じゃあ、これなら!」


 今度は「魔法矢」を装填し、弥彦を狙う。


「属性は炎、威力は中、数は3――“フレイム・アロー・トライアングル”」


 放たれた炎の矢は三本の赤い軌跡を残し、弥彦へ殺到する。


「そんなもの効かんわ!」


 が、弥彦は両腕を顔の前で交差させ、真正面から全て受け止めた。

 ハイランク故の強いフィジカルで、ゴリ押した形だ。


「ちっ!」

「はっ! 生半可な攻撃じゃあ俺のバリアは貫けん! 威力を上げたところで、貴様程度の攻撃など簡単に避けてみせる! 貴様に勝ち目なんてはなからねぇよ!」


 弥彦は勝ち誇ったように叫び、瞬く間に距離を詰めてくる。

 もう弥彦は、目と鼻の先だ。


「そして―― “弓使い《アーチャー》”は近接戦に弱い。そうだよなぁ!?」

「っ!」


 弥彦は一息で俺の懐に飛び込んでくる。


「この距離じゃもう何もできねぇだろ! 消えろクソガキィイイ!」


 凄まじい速度で拳が振り抜かれ、俺の顔面へと迫る。

 勝ち誇った顔で俺を見る弥彦。――が、次の瞬間、その顔が凍り付いた。


「お前がな」


 俺は迫り来る拳に一切臆することなく見据えたまま、弓矢を構え、力いっぱい引き絞っていた。


「なっ! まさか、最初からカウンター狙い!?」

「この距離なら、避けられないし防げないよな?」

「ま、待――」


 聞かず、俺は右手を離した。

 刹那、ゼロ距離で放たれる一条の矢。

 それは、なんの変哲もない普通の矢。散々ダンジョン冒険者にバカにされてきた、威力も低く連射も出来ない、誰からも見向きもされない地味な一撃。

 それでも、ゼロ距離で放ち、かつ相手もトップスピードで襲ってきたことで、相対速度は時速200kmを優に越える初速で矢はSランク冒険者の胸に突き刺さる。


「ぐはっ!」


 拳が俺に届くすんでのところで、弥彦の身体は後ろに大きく吹き飛ばされ――そのまま光の粒子となって消えた。


 これで五人。

 あとは――豪気アイツだけだ。

 

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