第9話 貫け、必殺技。

「さて。あとはお前だけだけど」


 豪気の方を振り返ると、彼はへたり込んだままブルブルと身体を震わせ、後ろへ下がった。


「ばかな……そんなバカな! なんで、お前みたいな雑魚が、リーダー達を一撃で葬れるんだ!? 嘘だ! これは夢だ!」

「目を背けたいなら勝手にすればいいけど、残念ながらこれは現実だよ」


 諭すようにそう告げると、豪気は顔を青くした。


「そ、そうだ! さてはお前、チート使いやがったな?」

「はぁ?」

「汚ぇぞ! いくら自分が弱くて勝てないからって、していいこととダメなことがあんだろ! 人として恥ずかしくねぇのか!?」


 えーと……自己紹介かな?

 俺に対して言っているのだとしたら、つまらなすぎて草も生えない。


「都合が悪くなると、言い訳を求めるのか。ほんとに救えないな、お前……」


 敗北の屈辱を知らないまま、周りの環境に流されてAランクまで来てしまった、中途半端な小物って感じだ。

 もはや哀れにすら思えてくる。


「うるせぇ! じゃあこの状況をどう説明すんだよ! 最弱ジョブのもやし野郎が、Sランクパーティーを壊滅させただと!? あぁ!? 冗談じゃねぇぞ! フィクションじゃあるめぇし、そんなこと起こるわけねぇだろ! ぜってぇ不正してるに決まってる!」


 半ばヒステリックになって叫ぶ豪気。

 そのまま怒りに任せて恐怖を振りほどき、立ち上がると、剣を抜き放って突進してきた。


「うぉおおおおおおお! 嘗めんじゃねぇぞ! 姑息な手段を使うヤツは負けるって、相場が決まってんだよぉ!」

「じゃあ負けるのはお前だろ」


 腕を大きく引き絞り、十分にバネをためた上で繰り出された突きの一閃を、弓幹ゆがらで明後日の方向に弾く。

 相手の力を利用して体制を崩す、合気道と同じ考え方だ。


「んなっ――!」


 驚きに顔を歪める豪気。

 隙だらけになった彼の腹部へ、すかさず魔法の矢を放った。


「ぐぼぉあっ!?」


 腹部に強烈な一撃を受け、豪気の身体は後ろへ吹き飛ばされた。


「げほっ、ごほっ……なんで! 必殺の一撃を、たかがぼうで受け流すなんて! やっぱズルしてんだろテメェ!」


 言いがかりにもほどがある。

 今のはコイツ自身に敗因があるのだ。大きく腕を引き絞って大技を放ったことで、その軌道を読む十分な時間を俺に与えてしまった、コイツのミスである。


「必殺の一撃ね……“必殺”だったから負けたことに気付いてないようじゃ、この先成長はないと思うよ。もう冒険者やめたら? 。」


 その台詞は、今日初対面で言われたことの焼き直し。

 俺から、この勘違いエセ実力者へのプレゼントだ。


「なっ。て、テメェ! 調子に乗ってんじゃねぇぞ、この三下がぁああああああ!!」


 激高した豪気が、我武者羅に突撃してくる。

 ただでさえ頭の足りない攻撃しかできないのに、怒りで理性が飛んだらもう脅威でもなんでもない。

 怒りのままに振り下ろされた剣を避け、俺は拳を豪気の鳩尾みぞおちに突き刺した。


「ぐ、おぅえっ!」


 豪気は肺の空気を全て吐き出し、よろよろと後ずさる。

 それに追い打ちを掛けるように、肘で顔面をたたき付けた。


「ぐあっ!?」


 鼻血を吹き出し、たまらず膝を折る豪気。

 それでも尚目を血走らせて再び立ち上がる。

 が、そんな彼の足を素早く払い、バランスを崩し、派手に転ばした。


 ――それからおよそ3分。ひたすら豪気からの攻撃をいなし、カウンターを喰らわせまくった結果、豪気はボロボロになってその場で伸びていた。


「はぁ……はぁ……テメェ、許さねぇ。この俺をコケにしやがって! いつかぜってぇ復讐してやる!」

「そうか。それはご自由にどうぞ」


 心底面倒くさいが、今回のことでまだ悪いことをしたと思えないなら、何度でも返り討ちにしてやるつもりだ。

 正直もう、コイツにはうんざりだ。今日はこれ以上相手もしていたくない。

 もうプライドはズタボロだろうし、あとはテキトーに気絶させて帰るか。

 そんなことを思い始めていた俺だったが――


「ゼッタイ許さねぇぞ。お前だけじゃねぇ。お前の個人情報を調べて、お前の家族や友人にも責任を取って貰うぜ。お前が俺に与えた痛みの十倍、いや百倍痛めつけて土下座させてやる!」


 その言葉で、俺の脳細胞は一気に沸点を突き破った。


「……は? テメェ、今なんつった」

「はっ、決まってんだろ? テメェに関係してるヤツらも、まとめて復讐対象だっつったんだよ!」


 痛みを与える? 復讐対象?

 それはつまり、関係のない人間を巻き込んで、いたぶるってことか?


「……ああ、やっぱお前、許していい類いじゃないな」

「はぁ? 何言って……」


 訝しむ豪気に構わず、俺は一つパチンと指を鳴らした。

 刹那、カッと頭上を眩い光が焼いた。


「な、なんだこの光……」


 上を見上げた豪気は、その場で言葉を失った。

 彼の視線の先には、赤く輝く炎熱の魔法で象られた、巨大な弓矢が浮かんでいたのだ。

 それは、薄暗いダンジョン内において太陽よりも鮮烈に輝き、人間が到底太刀打ちできない莫大なエネルギーを感じさせる。


「なっ、あ、あぁっ!? なんだよアレ!?」

「MPを全て消費して放つ必殺の「魔法矢」、名付けて“落ちゆく太陽フォールン・サン”ってところだな」

「く、そっ!」


 豪気はボロボロになった剣を構え、ありったけのMPを注いで、頭上の太陽めがけて投擲する。

 が、そんなものは痛くも痒くもないとでも言うように、太陽はビクともしない。代わりに、光り輝く剣は炎に飲まれ、一瞬で溶けて蒸発してしまった。


「そ、んな……」


 青ざめてガクリと膝を突く豪気。

 そんな豪気とは対照的に、炎の矢はどんどんと大きくなっていき、熱量を増していく。

 どこまでも、どこまでも。空間ごと全てを食い尽くすかのように。


「い、嫌だ……! 助けて、誰か助けてくれぇえええええ!」


 恐怖で理性が吹き飛んだらしい豪気が、股間を濡らしながら命乞いを始めた。

 

「別にいいだろ? 死ぬわけじゃないんだしさ」


 これも、豪気が痛みを軽んじて言った台詞だ。

 俺はもう、コイツを許さない。関係ない冒険者を巻き込んだあげく、俺の周りの人まで傷つけようという輩を見逃すほど、俺は善人じゃないのだ。


 探知スキルで周辺と射線上の下層階すべてを確認して、人が巻き込まれる心配は無い。

 今後コイツの身勝手を許さないためにも、雷はしっかり落としておこう。


「せいぜい反省してこい。“落ちゆく太陽フォールン・サン”ッ!」

「や、やめ――」


 聞かず、俺は攻撃を放つ。

 その瞬間、世界から音が消えた。

 太陽にも似た赤い光線が、上から下へと貫く。

 左右に世界を二分する赤き極光の戦鎚は、射線上の全てを灰燼かいじんに帰した。

 そして――世界に音が戻る。


 頭上に浮かぶ光の弓は霧散し、後には最下層まで貫通する巨大な穴だけが残った。

 穴の周囲はマグマのように灼熱し、青紫のプラズマがバチバチと弾けている。

 当然ながら、豪気の姿はない。痛みを感じる間もなく、規定ダメージを超過して救護室へ転送されたのだろう。

 いや、もしかしたら炎の直撃を喰らう前に、余波だけでダメージが規定値に達していたかもしれない。


 まあいずれにせよ、この世の終わりみたいな光景を見たのだ。

 アイツの心は今度こそボキボキに折れてしまったことだろう。

 それにしても――


「いやー……少し、やりすぎたか?」


 未だグツグツと炎の塊が弾ける縦穴に近づいた俺は、思わず頬を掻く。

 まあ、お灸は据えたし結果オーライだ。

 これにて一件落着。明日からいつも通りの日常に戻りそうだ。

 そんなことを考えていたが、俺は知らなかった。


 一部始終が、全国生中継で配信されていたことに。

 そして、迷惑パーティーを壊滅させた、最弱ジョブの謎の冒険者として、バズりまくっていることに。

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