デジネーションはゆるゆる世界
和扇
ネットの海から生まれた新世界
《それでは、2030年度デジネーション世界会議を開催します》
可愛らしい少女の人工音声がPCから響く。全体チャットに凄まじい量の拍手マークが表示され、猛烈な速度で流れていった。
PC画面の向こう側で国際会議が始まる。
と言っても、堅苦しいものではない。各国のプレゼンテーションや同好の士を集めるための演説、通信販売の案内などだ。異国の言葉はリアルタイムで自動翻訳され、通販関係のリンクにはすぐアクセスできるようになっている。
ミクロネーションという言葉がある。極小規模で主要国家機関に承認されていない国家。真剣に国を造ろうとしている人もいるだろうが、まあ大多数は趣味の領域である国モドキだ。有名な所で言うとシーランド公国が挙げられる。
国家の要件は第一に永続的住民、第二に一定の領土、第三に外交能力。
大体の場合は第一だけがあって、第二はミクロネーションが建国された場所を領有する既存国家に独立を認められず、第三はそもそも既存国家に相手にされないから持っていない。だからミクロネーションは正式な国ではないと言われるのだ。
2025年、日本の匿名掲示板で実にお馬鹿なスレッドが作られた。
『俺達でネット上に新しい国家作ろうぜ』
国家の要件全てを満たさない、まさに仮想の国。そんな物を作ろうという呼びかけだった。誰にも見向きもされない話、と思いきや、その話題は何故か盛り上がっていった。
『国って事は国家元首が必要だよな』
『通貨作ろうぜ』
『ちょっと纏める必要があるな、担当者……いや大臣を任命しよう』
悪ノリに悪ノリがのっかって、瞬く間にネット上国家が建国される。その名も『神聖デジエン共和国』である。何が神聖で何処が共和国なのかは五年経った今でも不明、なおデジエンは通貨の名前だ。
ここまでなら単なるお遊びで済んだ。しかし同様のスレッドが乱立し、次から次へと仮想国家が出来上がっていった。その数はあっという間に数十を超え、国家間での疑似的外交も始まる。
ある国家でサブスクリプション形式の徴税制度が制定された。といっても月々五百円程度で、税収は現実世界で
現実世界での活動と電脳世界での広がり。それはとある国の海外メディアに取り上げられることになる。とはいえゴシップ系のメディアの短文のネット記事だ。
だがしかし、どの国にも馬鹿は居る。
日本で起きたのと同じ事がその国でも発生し、仮想国家は更に増えた。この頃には自動翻訳技術も向上した事で、日本の馬鹿と海外の馬鹿は積極的に交流し始める。
馬鹿旋風は垣根など存在しないネット空間を駆け巡った。
世界中で仮想国家が乱立し、それは
で、五年経った2030年。
デジネーションは十万を軽く超え、世界人口は十億人に迫る状態。現実世界の人口が八十五億人と考えると、その巨大さが分かるだろう。世界の八分の一は馬鹿だったのだ。
当然ながら五年の間に問題は多く発生した。
国家間の諍いや自身の主張を広められると考えた活動家の流入、果ては影響を危惧した某国からのサイバー攻撃まで。まあ色々と、本当に色々と起きたのだ。
しかし馬鹿共は自分達の居場所を徹底的に守る。
まず国際ルールを作った。
現実世界に基づく問題、具体的には人種、宗教、政治、軍事などをデジネーションに持ち込まない。それを破った者には警告、悪質な場合は追放処分を実行する。これによって活動家たちは徹底的に駆逐された。
某国からのサイバー攻撃はデジネーション最大の危機だった。
しかしながら馬鹿共はこういう事が好きである、祭りの開催だ。
一国のサイバー攻撃部隊に対して、デジネーションのハッカー集団が防衛及び反撃を仕掛けた。所詮は素人の集まり、大した事も出来ずに敗北する。
かに思えた。
結果としてはデジネーション側の大勝利に終わったのだ。
あらゆる国の人間で構成されるデジネーション軍。多様多彩な攻撃と、時間も何も関係無しの全力攻勢を実行した。元々
増援に継ぐ増援。相手が攻めるのはデジネーションの中心部だけだが、こちらが攻めるのは某国が持つ政治軍事などの全て。無軌道な攪乱に翻弄された某国のサイバー部隊は壊滅し、それどころか彼の国の極秘情報が世界にばら撒かれる結果となったのだ。
これによって、世界中の国はデジネーションに手出しが出来なくなった。
馬鹿共の平穏は守られたのである。
功名やら正義感やらでやったのであれば、世界国家の持つ機密情報にアクセスして白日の下に曝け出す、などとやりそうなもの。しかしデジネーションを構成する者たちは、ただ自分達の楽しみを継続する意思しか無かった。それ故に現実世界の国との戦いは五年の間で、この一度きり。今後、二度と発生しないだろう。
《続いて、パン作り連合王国の宣伝です》
画面に美味しそうなパンの画像と、それを作っている遠い国の職人が映し出される。ポンとURLが画面下部にポップしたので、それを押してみた。
日本語に翻訳された注文フォームが表示される。ここで注文すれば遠い国から我が家へパンが届くのだ。それを行っているのは大企業ではない、名も知らない街の見た事もない個人経営の店である。品質の保証は同業者連合たる
うん、これとこれとこれを買おう。一週間もすれば冷凍された本格パンが届く。 聞いた話によると、こうして注文した物に魅せられて現地へ赴いた人も多くいるらしい。デジネーションで知ったと言えば、あっという間に仲良くなれるのだ。
世界会議を取り仕切っている可愛い少女は3Dホログラム、デジネーション隆興初期に日本の馬鹿が作った国家元首の進化系である。今やデジネーションの象徴であり、世界全てのお馬鹿たちから愛される存在だ。
動かしているのは人間ではない。彼女は人工知能、つまりはAIである。
もちろん、AIの姿と人格を少女にしたのは日本人である。
馬鹿たちが作り上げたAIは馬鹿たちによって調教……もとい、学習させられ、デジネーションに最適化された。彼女の仕事は違反者のピックアップと排除であるが、かなり緩やかな対応をしている。正確厳密な動きがAIの得意とする所であるというのに、馬鹿たちは曖昧を強いたのだ。
理想的AI、日本式寛容人工知能。いつからか現実世界でも取り上げられるようになり、その技術は色々な分野に広がりを見せている。元々特定の権利者が存在しない技術だった事からデジネーションでの合意に基づき、技術は無償提供されている。
ある種の馬鹿が始めたお遊びは、着実に現実世界を侵食し始めていた。その根底にはおそらく、人種や宗教、断続的継続的に続く紛争や戦争への失望があったのだと思われる。
みんなみんな、現実世界のありとあらゆる事に疲れていたのだ。
《それでは、本年度のデジネーション世界会議を終了します》
皆の希望の結晶、その象徴が集会の終わりを告げる。
《皆さん、ゆるゆるいきましょうねーっ》
AIの発言とは思えない言葉、それが毎回の〆の挨拶。
『ゆるゆる~
『YuruYuru
いつからか世界言語になった言葉がチャット欄を流れていく。
国家要件を満たさない十万余の仮想国家群と十億人の国民たち。
我々はこれからも、ずーっと変わらず馬鹿のままなのだ。
デジネーションはゆるゆる世界 和扇 @wasen
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