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 「あれ」


寄せる波よりも少し深い青色を見て、女は目を細めた。


「ついにやっちゃったんだ」


それは彼女がいつしか好きだと告げた色だというのに、どこか、悲しそうに言う。


 「うす」


想像していたよりも大きくないリアクションに分かりやすく低い声を出す男。


女はそんな男を見て、気遣うように「でもいい色」と頬を緩めた。


 夏の浜辺は蒸し暑くて、透き通る海が綺麗だとか他愛のない会話を交わすより先に、彼女はいつも「お腹すいた。お昼食べに行こう」と言う。


それならこんな暑いところを待ち合わせ場所にしなければいいのに、と男はいつも思う。


 しかし男は女のことを、下の名前と電話番号以外何も知らなかった。


 もしかしたらこの浜辺は昔彼女の付き合っていた男が死んだ場所かもしれないし、

思い出の人と一度だけ再会した場所かもしれない。


そんなことを想像してしまうくらいに、男は女のことを何も知らなかった。


 平日の昼間に海の家に人なんて来ない。


だからいつも男と女は決まった席に二人きりで座っている。


 「ねぇ」


 女の口からはほのかに先ほどまで飲んでいたレモンティーの香りがした。


「はい」




 「もう、会えないかもって言ったらどうする?」




 ここで引き止めることが、どれほどに格好のつかないことか男は理解していた。


「......もう会いません」


 女は寂しそうに、けれどどこか満足したような顔で男を見つめた。


 男は苦しかった。

本当は逆方向に歩いていく女の腕を掴みたかった。


 白いワンピースにうっすら透ける黒色のキャミソール。


 その下に潜むワンピースより白い肌を、男は見たことがなかった。

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