せのび

有くつろ

00008b

 「本当に良いの」


「うん」


「あたし素人だけど」


「良い。自分じゃ五センチだけなんて無理だし、床屋は高い」


午後一時の風呂場に高校生の男女が二人。


 男はもう心残りがないというように座った椅子から微動だにしないものの、女の方はセーラー服の袖をたくし上げたまま眉を顰めて、手を行き場がないようにぶらつかせていた。


 「青だよ?派手だよ?良いの?」


「良いって。早くしろよ」


「......頼んでるのにその言い方?」


女は不満げに口を尖らせながらシャワーを手に取る。


スクール水着一枚の男にシャワーヘッドを向けて、躊躇いつつも温水を噴射した。


 男の頭がぐっしょりと濡れて、伸びた襟足がぴったりと肌に着く。


もう引き返せないと悟ったのか、女はため息をついてからカラーシャンプーを自分の手に馴染ませ、男の毛先に染み込ませた。


 「......で、なんで青なの?」


沈黙をつまらなく感じた女が唐突に言った。


由紀ゆきさんの好きな色だから」


特に浮かれて言うわけでもなく、ただ淡々と答える男。


その答えが気に入らなかったのか、女は「ふうん」と自分で尋ねた割には興味がなさそうに呟いた。


 淡い日光が差し込む風呂場は沈黙に包まれていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る