第8話
「………」
荘厳な雰囲気に包まれる教会の中に一人、その両目を閉じて心を落ち着かせている人物がいた。
美しく長い長髪を伴い、勇ましくも凛々しいオーラを放つその者は、まぎれもないリヒト第一王子その人である。
「(ここはいつも静かで、心が洗われる…。これも聖女アリシア様の祈りの力名なのだろうか…)」
今日は教会で祈りのささげられる日ではないため、ここにはリヒト以外誰もいない。
かなりの数が設けられている席の中、ただ一人だけ自らの席に腰かけるその姿は、それだけで絵画になってもおかしくないような華々しさを
「(…美しい…)」
彼はゆっくりとその両目を開け、教会のステンドグラスに描かれた聖女の姿を静かに見つめる。
光を美しく反射し、神々しいオーラを放つそのステンドグラスの姿は、見ているだけで悩みや不安が吹き飛んでしまいそうな感情さえ抱かせる。
その時、その場に一人の女性が現れ、席に腰かけるリヒトに言葉を発した。
「あら、いらっしゃっておられたのですね、リヒト様」
「アリシア様、ご無沙汰しています」
リヒトの前に姿を現したのは、この教会の主であり、人々から聖女と呼ばれ慕われているアリシアであった。
彼女は透き通るような心地よい声を発し、肩までかかる金髪をサラサラとなびかせ、上品な足取りでリヒトの前にその姿を現した。
「今日もお美しいですね、アリシア様。お会いできましたこと、神に感謝を」
「よしてください、価値ある第一王子様のそのお言葉、私などにはもったいないです」
頭を下げて尊敬の念を示すリヒトと、やや照れくさそうな表情を浮かべるアリシア。
二人が会って最初にする会話は、決まってこれであった。
「それでリヒト様、もしかしてなにかお悩みをお持ちなのですか?」
「…分かりますか?」
「聖女ですから♪」
二人には身長差があるため、アリシアは上目遣いにリヒトの事を見つめながらそう言葉をかけた。
慈悲深いその表情と美しい顔立ちは、本人にその気がなくとも見る者の心を大いに動揺させる。
…これが普通の一般男性であったなら、その光景だけで悩殺ものであっただろう。
「悩み、という悩みでもないのです。ただ、私にある男と戦う決意をさせていただきたいのです。アリシア様に背中を押していただければ、これ以上ないほどの覚悟を抱くことができますから」
「ある男、とは?」
アリシアの発したその言葉に対し、リヒトは少し間を置き、どこか意を決したような表情を見せながら答えた。
「ルヴィン侯爵です。以前から王宮に対して独善的な反抗を繰り返し、貴族たちの足並みを崩しています。何度も警告を行い、更生を促しているのですが、一向にその気配を見せる様子はありません。…私とて争い事は好みませんが、彼の存在が別の争いを招くのだとしたら、王として戦わなければなりません」
「そうだったのですね…。ルヴィン侯爵がそのようなことを…」
リヒトの言葉を聞いたアリシアはそう言葉を漏らしながら、どこか切なそうな表情を浮かべた。
すると彼女は自身の両手を胸の前で重ね、祈りをささげるようなしぐさを見せながらこう言葉をつぶやいた。
「ルヴィン様…。貴族家の方々を束ねられ、ご立派に指名を果たされているあなたのお姿を、私はよく知っています…。そのお心にどのようなお考えがあるのかは存じませんが、どうか穏やかなる結末をもたらしますよう、お願いいたします…」
その言葉はルヴィンに向けられたものであった。
その後彼女は再びリヒトの方に向き合うと、こう言葉を続けた。
「偉大なるリヒト第二王子。あなた様がそのお背中に背負われているものは、決して軽いものではないのでしょう。だからこそこうしてあなたは悩まれ、私の元を訪れてくださいました。私には願う事しかできませんが、あなたに幸運があらんことを…」
気品にあふれる雰囲気でそう言葉をかけられたリヒトは、アリシアに対してその頭を下げ、聖女から直々に願いをかけられたことに感謝した。
「ありがとうございます、アリシア様。私には十分すぎるものを頂きました。やはり、ここに来てよかった」
「リヒト様、あなたは本当に素晴らしい王子です。きっとあなたの道の先には、幸あるものが待っていることでしょう。周りの方をお大切に」
「はい、アリシア様」
二人は互いに笑みを浮かべながら、そう会話を終えた。
隣に立って並ぶリヒトとアリシアの姿はそれだけで絵になるものであり、一切の他の者を寄せ付けないだけの雰囲気を醸し出している…。
「それでは公務がありますので、私はこれで」
「またいつでもいらしてください、リヒト様」
アリシアは美しい笑みを浮かべながら、リヒトの事を見送る。
リヒトは非常に心が満たされた様子で、その表情を穏やかなものとしていた。
…しかし、二人が別れる最後の瞬間、アリシアが聖女らしからぬ不気味な笑みを浮べていたことに、リヒトは気づかなかった…。
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