第7話

「えーっと…。リヒト様に言われてたお使いのリストはこれで全部…」


ある日の事、リヒトから買い出しを命じられたレイは街の商店街にくり出し、言われたものを順番に買って回っていた。

…しかしレイはその胸中に、若干の納得できない思いを抱いていた。


「(頼みごとをされるのはすっごくうれしいのだけれど、なんで僕が買い物を…。普段は買い物担当の使用人にすべてを任せていて、この時間僕はリヒト様の隣にいるはずなのに…)」


そう、リヒトがレイに買い物を頼むことなど、これまで一度もないことだった。

その買い物の内容とて、特に変わったものは頼まれておらず、別にわざわざレイが行かずとも良いものであった。


「(はぁ…。リヒト様と過ごすはずだった時間が…)」


心の中でため息を吐くレイだったものの、リヒトとてきちんとした理由があってレイを買い出しに向かわせていた。

というのも、ここのところレイはリヒトにつきっきりで仕事をしており、ほとんど外の空気を吸っていなかったのだ。

レイ自身はそのことに何の不満も抱いてはいなかったものの、レイの事を大切に思うリヒトにしてみればそれは気がかりであり、働きづめだったレイに少し休息の時間を与えるという意味で、今回の買い出しを命じたのだった。


「(まぁいっか。これで全部買い終えたし、帰ってリヒト様に褒めてもらおう!)」


そんなリヒトからの気遣いなど当然知らないレイは、早々とお使いを達成してリヒトの元へと戻ることとした。

その時、彼の前を一人の少年が横切った。


「あれ、君って…?」

「…?」


…どこかでその顔を見たことがあったレイは、思わず反射的に言葉を発してしまう。

そんなレイの声を聞き、振り返った少年は…。


「や、やっぱり!!君ってルヴィン侯爵と一緒にいた人でしょ!」


そう、レイがこの場で鉢合わせした人物は他でもない、ルヴィンのもとで使用人をしているリアクだった。

二人は以前、リヒトとルヴィンが同じ場所に会した時に会ったことがあり、その時以来の邂逅かいこうであった。

…奇しくも同じタイミングで、ルヴィンはリアクに全く同じ気遣いを見せており、こうしてリアクに買い出しを命じて屋敷の外の空気を吸わせていたのだった。


「そ、そうだけど。…あ、あなたは確かリヒトの…」

「…リヒト?」


普段、ルヴィンはリヒト第一王子の事を呼び捨てにしている。

ゆえにリアクはリヒトの事を敬称をつけて呼ぶ習慣がなく、普段と同じくリヒトの事を呼び捨てにしてしまったのだった。

…リヒトの事を心から敬愛するレイにとって、リアクのその言葉は見逃すことの出いないものだった。


「…リヒト様は第一王子であらせられるお方なのですよ?それを呼び捨てとはどういうおつもりですか?」

「どうもないでしょ。僕にとっての主人であり、最も尊敬する人物はルヴィン侯爵様。それ以外の人は第一王子だろうと一般人だろうと同じ。だから特別扱いはしなかっただけの事」

「…なんだと?」


二人は同じ8歳であり、背丈もほとんど変わらない。

それゆえにどちらかがどちらかに従うことはなく、若さゆえに自分の考えを意地でも貫こうという雰囲気を放っていた。


「誰がどう考えたって、リヒト様の方がルヴィン侯爵よりも上じゃないか!位の話をしているんじゃない!美しい佇まいや勇ましい雰囲気、これまでの実績だって、リヒト様に敵うわけがない!」

「それは全部リヒトが作り上げた嘘じゃないか!それを暴かれるのが怖くて、リヒトはルヴィン侯爵を悪役侯爵だとか言って逃げてるんだろう!」

「そんなわけない!リヒト様の言っていることが間違いなわけない!」


会話を重ねるごとに感情をヒートアップしていく二人。

互いにまだまだ若い年齢であるだけに、そろそろ手を出し合うかもしれないと思われたその時、レイの背後に一人の人物が姿を現した。


「レイ、そこまでだ」

「!?…リ、リヒト様…!?」


街の中であるため、その顔はフードで覆って隠しているものの、そこに現れたのは間違いなくリヒト本人であった。


「どうにも帰りが遅いと思ってきてみれば、この私の秘書ともあろう者が街で喧嘩か?」

「こ、この者がリヒト様の事を馬鹿にしたのです!見過ごすことなどできません!」

「構わない。放っておけ」

「し、しかし…!!」


レイは全く納得のいっていない様子だったものの、リヒトが自分の頭の上に手を置いて静止してきたことが効いたのか、それ以上言葉を返すことはしなかった。


「よし。お使いもきちんとやったみたいだな、ありがとう」

「は、はい…」

「さぁ、帰ろう」


二人はそのまま体をひるがえし、その場から立ち去ろうとする。

そんな二人に対し、リアクはやや低い口調でこう言葉をつぶやいた。


「…リヒト、その存在がルヴィン侯爵様を苦しめ続けているんだ…。いつか必ず…」


…どこか憎しみさえ孕んでいるような雰囲気のその言葉を聞いて、リヒトは冷静な口調でこう言葉を返した。


「リアク君、侯爵に伝えてくれ。”君が望むのなら、私はいつでもお相手をする”とね」


リヒトはそう言葉を告げた後、レイを伴ってその場から静かに去っていった。

その場に残される形となったリアクは、そんな二人の背中をただ黙って見つめるのだった…。

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