第2話 深化
「うっひょー美味そー!」
さっき頼んだ料理が部屋に運ばれてきた。目の前にある大きな肉の塊にかぶりつく。
肉なんて食うのが久しぶりすぎてすっかり味を忘れていたが、こんなに美味しかったんだな。
ぺろりとすぐに平らげてしまった。
皿をドアの横にある返却口においてからベッドの下に隠していた金袋を引っ張り出し、袋を開け中身を見ながらニヤニヤする。
さっきの料理は銅貨5枚。昔は値段が高すぎて微塵も買おうなんて気にはならなかったが。
金があるっていいなあと幸せを噛みしめながら急いで元の場所に戻す。誰かに見られたら大変だ。
見張りをしている奴らも信用できない、あいつらは昔闘技場で戦っていた元奴隷だ。
奴隷の野蛮さは身をもって知っている。なんてったって俺がそれなのだから。
久しぶりに練習場へ向かう。もっともそうは呼んでいるが実際には広い空間があるだけでダンベルのようなものはない。
最近は全く行っていなかった、死ぬことばっかり考えていたからだ。
弱ければ弱いほど死にやすいしな。
だけれど、誰しも勝利という甘味を知ってしまったら次も勝ちたくなるというのは当たり前のことではないだろうか。
勿論、クルトも例外ではなかった。だからこそ次も勝つためにここに来ようと思ったのだ。
中に入っていくと先客がいた。その顔には見覚えがある。奴だ。
うんやっぱ……帰るかあ。今までの威勢は何処に行ったのか、すぐに踵を返してクルトは帰ろうとする、が背後から両肩をつかまれ逃げられない。
「さっきの試合見たよ!すごいじゃないか、一体どんな手を使ったんだい⁈」
そう声をかけてきたイケメン野郎は、ライアンだ。いつものように歯をキラキラ輝かせていてなんだか腹が立ってくる。
というかこいつ、あの距離を今の一瞬で詰めてきたのか。きもすぎる。
「何もやましいことはしてねえよ」
「うっそだ~。どうせアレやっちゃったんでしょ、アレ」
「あんなやばい薬なんてやるわけないだろ! そもそも高価すぎて手が届かねえよ」
まあ今なら買えるとは思うが秘密にしておこう。
さっきからライアンが言ってるアレというのは、寿命が縮む代わりに一時的に筋力が増大する錠剤のことだ。見張りの一人が密かに売っている。銅貨50枚。
「じゃあどうしてそんなに強くなってるのさ」
「お前にそれを言わなくちゃいけない筋合いはねえよ」
「いやあ、筋合いはあるでしょ。恩人の顔を忘れてしまったのかい?」
少しキョトンとしてしまう。俺がこいつに、いつ助けられたっていうんだ?
……ああ、そういうことか。
「お前か、俺をあの爺のところまで運んだの」
「うんそうだよ。ドアを開けたらびっくりしたよ、クルトが下半身を丸出しにしながら倒れているんだもん。」
まじか、クソ恥ずかしくなってきた。
「それは……何というか、粗末なモノをお見せしてしまい申し訳ありませんでした」
「確かに粗末だったw」
こいつうううう。
「まあつまり、そんな君にズボンを履かせた後背中が尿で濡れるのを我慢しながら背負って、じいさんのところに連れていった心優しい僕には相応の見返りを求める権利があると思う」
そういってじっとこっちを見てくる。う~ん、いたたまれない気持ちになってきた。
「……分からねえんだ、実は俺も」
そう言うとライアンはひどく驚いたようで目を開く。
「そんなことはないだろう。変化のすべてには何かきっかけがあるのが道理だ。最初に自分の体に違和感を覚えたのはいつなんだい?」
「じじいに起こされた後部屋にもどってからだな。体が急に熱くなって、その後訳が分からないくらい力が漲りだした。しばらく経ったら元に戻ったがな。」
そういうとライアンは下を向きながらなにやら考えているようだったが、すぐにこちらに顔を向けた。なにニヤニヤしてんだよ、気持ち悪い。
口がゆっくりと開かれる。
「クルト、君は一段階『深化』したんだよ!おめでとう!」
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