第1話 勝利

 まったくどこのどいつが俺を見つけてじいさんのところまで運んだんだ?おかげで死に損ねたんだが。


 寝転がりながら、ちらりと右腕を見ると跡一つ残っていない。


 本当にうれしくないがあの爺さんの腕前の結果だろう。本当にうれしくないが。


 今日だけで銅貨4枚も使っちまった。手持ちの銅貨は3枚しか残っていない。


 …ご飯一食は銅貨2枚。最低でも2枚は朝飯用に残しておきたい。


(クソ、今日は晩飯抜きだ)


 そう考えながらそのままベッドの上で大の字になり瞼を閉じて寝ようと試みる。




 そうすると俺の意識はゆっくりと夢の中へと漕ぎ出してい…


 ゆっくりと漕ぎ出して…


 漕ぎ…




「……寝れねえええ!」


 大きな声で叫びながらベッドから飛び降りる。


 いつもと違い、何故だかわからないが全身から活力が漲ってくる。


 何かがおかしい。体が熱い、とりあえず上裸になる。まだ熱い。


 目の前に剣が立てかけてあった。誰かに操られるかのように剣を握りしめ、振る。


 ビュン、ビュン、ビュン


 自分の熱が冷めるまで何度も何度も振り上げては下ろしてを繰り返す。


 もう手が震えて振り上げることができなくなった時、ようやく自分の中にあった熱が冷えていくのを感じた。剣が手からすり落ちていく。


(どうしちまったんだ、俺)


 その時、両腕がまるで自分のものではないかのように感じた。




 ______________________________


 翌朝、朝食を食べてから準備をし始める。今日は朝一番の試合だ。


 剣が刃こぼれしていないか点検した後に数回振ってみる。風を切り裂くような鋭い音が剣から聞こえた。


 …昨日の夜からやけに調子がいいな俺。そう思いながら剣を鞘に納め、入口に向かって歩いていく。


 視界が白く染まっていく。あーくっそ眩しいな。






「東側、人族のクルト!」


 そう司会者が言うと途端に観客からブーイングや心無い言葉が飛んでくる。


 雑魚が出てくるなー。お前の戦い方つまんねえんだよー。さっさと死んじまえー。…。


 体に観客の誰かが投げたごみが当たる。下を向いたままやり過ごす。いつものことだ。


「西側、コボルト族のビッシュ!」


 さっきの俺に対する態度はどこへやら。打って変わって盛大な拍手でクリフを迎える。


 やっちまえービッシュー!あんな雑魚敵じゃねーよー!頑張れー!


 チッ、コボルト族にゃ人間の言葉は通じねえだろうがよ。


 そう心の中で悪態をつきながら剣を構える。




 開始という声と共に鐘の音が鳴り響く。


 相手が短剣を構えながらこちらに走って向かってくる。


 違和感を覚えた。


 いつもなら怖気づき逃げ回るだけなのだが。


 その様子を見てふと思ってしまったのだ。なぜだろうか?




 全く負ける気がしない。




 左足で地面を蹴って一気に前方に加速、右足で踏み込み相手とすれ違いざまに胴を水平に斬る。


 まるで豆腐を切ったかのような感触を手にし、後ろを振り返るとそこには上半身と下半身が分断された状態で血の海に沈んでいる敵選手の姿があった。


 試合終了の鐘が鳴る。


「し、勝者、クルト!」






「い、いくらだよ、これ」


 先ほど受付から報酬金を受け取ったが、いまだ実感が沸かない。


 今回の試合はほぼすべての人がビッシュに賭けていたらしくその賭け金の一部がこちらに回ってきたのだが。ざっと銅貨100枚はあるんじゃあないか?


 金が入った袋はしっかりと隠しておく。誰かに盗まれたら大変だ。


 ベッドに腰掛け、今回の結果にしばらく呆然とする。


 初めて勝ったのだ。3年間誰にも勝てずにいつもみんなから馬鹿にされ暴言を吐かれていた俺が…。


 視界がだんだんとぼやけていく。膝に雫がぽつりぽつりとこぼれ落ちていく。




 俺は喜びを噛みしめ、一人部屋で涙していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る