ヴィラン狩り

@parliament9

第1話

灯りのない道を、黒い車が走っている。


笹塚から新宿へ抜ける環状線を走っている。

運転手はそれほど重要ではない。一流どころではない、SSS級のドライビング・テクニックは持ち合わせているが、そんなことは今はどうでも良い。


重要なのは後部座席に座る、というか正確には前の座席を思い切り倒し、足を投げ出すようにして寝そべっている女だ。


真っ先に目に付く真っ白なポニーテールはパーマ気味でふわふわふわっと主張が激しい。顔は見えない。コロコロコミックをアイマスク代わりに被せて寝ているからだ。


身体付きについては言葉を選ばずに言えばグラビアアイドルさながらのそれで、抜群のプロモーションと言えるだろう。パンツスーツと相まって大変に扇情的だ。


ただ、どうしても魅力的に思えないのはその体躯と同じくらいの長さの、異様なまでに札やら紐やら鎖やら何やら何やらで封じられた日本刀が横並びに存在しているからだ。黒をベースに、金の装飾、差し色に紫が散らされたそれはあまりにも禍々しく、不吉であった。


呼吸を妨げぬようにするためか、顔を覆う雑誌から露わにされた女の口元はみっともなく開けっぴろげで豪快ないびきによだれまで出ている始末だが、携えたその日本刀とのコントラストは尋常なものではない。


さて後部座席にはもう一つ、精々オマケ程度ではあるが触れておいた方がよいものがある。


それは男だ。

年の頃は青年といったところである。黒髪の短髪でこざっぱりとしている。


隣座席の女と同じく寝コケているが、少なくとも前の座席を倒すようなことはしておらず、腕を組み、うなだれるようにして爆睡している。


しかしてそれ以外には驚くほどに特徴がない。


うつむいているせいもあって顔もよくわからない。服装も一般的な黒のスーツにすぎない。

体つきもありふれた中肉中背である。


とにかく地味で印象に残りにくい男だ。


それでも取り上げざるを得ないのは、本人ではなくその腰につけられた、異常にデカい二丁のホルスターからの威圧感によるものとなる。


ホルスターに納められる拳銃のサイズには限界がある。言うまでもなく口径があればあるほど反動も大きくなり、並みの膂力では扱えないからだ。


だというのに、その大きさは常軌を逸していた。

ぶらり、垂れ下がる砲身は優に腰から膝までの長さがあり小型のバズーカのようである。


その二つのホルスターはいずれも白く、右側のホルスターには金色の十字架らしき文様が刻まれており、左側のそれには銀色の十字架らしき文様が刻まれていた。


そして納められた銃器は鈍色に輝いていた。



「着いたぞ…オイ、起きろ」


運転手から声がかかる。

車が止まったのは東京都新宿区は歌舞伎町の大通り前であった。

ゴジラがのしかかる意匠でお馴染みの巨大な新宿東宝ビルを真正面に見据え、両脇に居酒屋、カラオケ屋、そのほか飲食店がぎちぎちに詰まった長さ50m程度の通りである。道行く人々も、店の明かりも一切存在しないところ以外に不自然なところはない。


さて、先に目を覚ましたのは男の方だった。

すうと瞼を開く。蒼い目玉に光が入る。

顔が上がる。そこにはいくつもの縫い付けられた切り傷が走っていた。


鼻梁を横切るように、頬を切り裂くように、痛ましいいくつもの傷は全て抜糸されていない。

その糸は医療用ですらなく、裁縫用に用いられるそれであり、ぬいぐるみの修理でも行われたかのような赤黒く、不気味なものであった。


男は口を大きく開けて、脳を再起動させるかのようにたっぷりと酸素を取り込んだ。

それから隣で未だ寝こけているコロコロ女を一瞥してほんの少しばかり嫌な顔をした。


軽くため息をついてから、女の肩をゆする。


「起きてもらえませんか、着いたらしいのですが」


低かった。いかつい顔面の割に男の腰は低かった。


だが女の方は起きる気配がない。

んごぉんごぉと割と出してはいけないタイプのいびきとよだれをかいたままだ。


男はもう一度ため息をついた。今度のそれは深かった。

仕方ないといった態度で、ドアのサイドスペースに置いてあったミネラルウォーターのキャップを開ける。


そしてそれを──一切の躊躇いなしに女の口へと突っ込んだ。


「!!!?!??!?!??!?!」


気管に水をブチ込まれると、人間は咳反射を起こす。

それはコロコロ女も例外ではなく、半ばパニックになりながら目を覚まし、そのまま突っ込んできた男の顔面を殴りつけた。


渾身の右ストレートといっていいだろう。


どかァんと凄まじい音を立てて車のドアごと男は吹っ飛ばされていき、ぽっかりと穴が開いたようなドア部分からのっそりと女が降り立つ。


「オイ!黒烏!テメェ人様の起こし方もまともに知らねぇのか!?なぁ!本当にブッ殺されたいのかなぁぁあああ!?」


紅色に輝く瞳はかっぴらかれていた。真っ白のポニーテールは怒気によって逆立っていた。


「そういうのさぁ!下手したら本当に死ぬって分かってんのかなぁ!?悪ふざけじゃすまないんだよぉ!?」


つかつかと吹き飛ばされた男に歩み寄り、胸倉を掴む。


「着いたらしいですよ。白鷺先輩」


鼻血を出しつつも、どこかケロリとした表情で男は答える。


「そうじゃなくてさぁ!ねぇ!もう本当にお前死ぬしかないよ!?というか私が殺される前にさっさと殺したいんだけど!?」


黒烏と呼ばれた男はまあまあとなだめるような態度を取りながらゆっくりと立ち上がった。

彼の方が頭一つ分は高い。したがって白鷺と呼ばれた女が少し見上げるようになる。


「しかしあのままであればいたずらにお互いの時間が浪費されるだけでした。それは誰にとっても悲しいことです。確かに多少のリスクはあったかもしれません。ですが私の行為により最短時間にて先輩は覚醒し、なおかつこれから行われるハンティングを踏まえるに相応しい興奮状態を獲得されています。つまり、やはり私の行動は最適解といえるでしょう」


「本当にそうかなぁ!?ねぇ!いきなり溺死させられるかと思った私の怒りはお前にぶつけない限り解消されそうにないんだけどなぁ!?やっぱ今すぐ死ぬかオイ!」


しゃらくさい言い分に白鷺はさらにヒートアップし、日本刀に手をかけた。


「おい」


だがその時、いつまでも終わりそうにない雰囲気を感じ取ったのか、運転手が声をかける。


「いつまでも痴話喧嘩なんぞやっていないで、とっとと仕事に備えろ。災厄異体発生予定時刻まで残り5分てところだ」


「了解です、青河馬さん。5分あれば十分殺れますんで安心してください」


口調は落ち着いたものの白鷺の目はキマっている。これは本気だと誰もが思うところであった。


「白鷺先輩…」


そこで黒烏が口を開いた。その目にはどこか哀れみが込められていた。


「その判断は恐れながら間違いかと思われます。というのも我々がこれから相対しなくてはならないのは災厄異体。つまりは古来より妖怪や怪物など様々な形で言い伝えられてきた化け物共です。なるほど、確かに我々には対抗するべき武器を持ち合わせているかもしれません。ですが、何をしでかすか分からない化け物を相手にするにあたって最も有効な武器は情報伝達増幅装置、つまりは人手ともいえるでしょう。人間の連携…絆。絆なくして勝利を獲得するには難しい…私はそう考え、ここで戦闘前に私を殺すことの愚かしさを説かねばならぬと強く感じたものであります」


長広舌を受けて、白鷺の胸に浮かんだ言葉は一つだった。


(やっぱこいつ今すぐ殺そう)


その時である。


「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおああああああああああああああああああああああああああるるるるるるる!!!!!!!!!!」


彼女らの前方、新宿東宝ビルからこの世のものとは思えぬ大音声が響き渡った。

運転手である青河馬は予定より少しばかり早いなと小声でぼやいてから、二人に目配せをし、ドアの半壊した車で立ち去っていく。


白鷺は一つ舌打ちをしてから黒烏から手を放し、声のする方に向き合った。

黒烏はぱんぱんと服を整え、それからホルスターに手をかけつつ同じく向き合う。


準備が整ったことを示すように、高さ130メートルの新宿東宝ビル…その半ばごろに飾られたゴジラの頭の上に大きな影が現れた。


その影の主は手であった。骨だけの手であった。とてつもなく大きなそれであった。


巨大な骨の手はそのままゴジラの頭をぐしゃりと潰していく。指と指の間からゴジラの目玉が飛び出していき、破片があたりに降り注ぎ、地面にぶつかる激しい音が響いていく。

その激しい音の嵐の中で赤子が何かにつかまり立ちするように、その背後から髑髏が現れた。

目があるべきところには爛々と輝く青い人玉のようなものが浮いている。口蓋の中は闇に包まれている。

そのまま髑髏はぐんぐんと高さを増していき、全貌を現した。


新宿東宝ビルと同じ高さともなる巨大な骨の怪物──がしゃどくろがそこに居た。


「おぅるるるっるるああっらららうっるっるっるるるるっらららららららららららららららららららららららぁあああああああああああああああ!!!!!」


意味を成さぬ咆哮。あまりにも巨大なそれは超音波として周囲の建物の窓ガラスを破裂させ、立ち向かう二人の体も震わせる。


だが二人の顔色は全く変わることがない。黒烏はふと呟く。


「一つ気になるのですが」


「なんだよ」


「あれ、声帯もなしにどうやって声を出しているんでしょうね」


「知るかよ」


素朴な疑問は白鷺により一瞬で切って捨てられた。


「そんなことはどうでもいいだろ、声帯があろうがなかろうが…」


白鷺はそう告げると携えていた日本刀を、腰の専用装備具に固定した。

左側に備え付けられたそれにより、彼女の背丈ほどもある巨大な日本刀は鞘の部分がまるで巨大なしっぽにでもなったかのようなシルエットを現す。


「…首さえ落ちれば、どうせくたばるんだ」


左足を前に、右足を後に。

右手を柄に、左手を鞘に。


女が取った構えはまさしく居合のそれであった。


「黒烏。お前はきっちりシメる。こいつを狩ったあとでな」


それは奇妙な情景であった。

160cm程度の女が、160mはあろうかという巨大な骸骨の前で日本刀を抜こうとしている。

がしゃどくろはまだ咆哮を続けており、豆粒のような女のことなど気づいてすらいない。


月明りの下で、女は息を吸い、刀に力を通していく。

柄頭から柄巻、鍔、鞘へと刀に刻まれた文様に光が走る。

血管が脈打つように、光は筋を描いていき鞘尻へと届く──その瞬間。


「虎狼抜刀術が四の太刀、満月斬り!」


裂帛の気合と共に刀が振り抜かれた。


その時、隣にいた黒烏の視界には線が走ったように見えた。

画用紙に直線が引かれるかのような真っ黒な線だ。

それが視界いっぱいに左から右へと広がったように見えた。


白鷺が振り抜いた、身の丈ほどの巨大な刀身は月明りを受けてキラリと輝き、そして。

しゅるりカチンと鞘に納められる。


その音に合わせるように──まず新宿東宝ビルの上層部がズズとずれ始める、その線をなぞるようにしてがしゃどくろの首もまたずれていき、そしてふと見ればがしゃどくろの遥か後方にあるはずの雲までもが真っ二つに切り裂かれていた。


「調子は落としていないようだな、万鬼断」


なんでも斬れる、どこまでも斬れるという理想を実現させる魔剣、万鬼断を手に白鷺はニヤリと笑う。


そしてその時、轟音を立てて髑髏の首が地面へと激突した。


衝撃波すら心地よい風であるかのように白鷺はその様子を楽しみ、黒烏は何を考えているのかもわからぬ瞳のまま、セイフティを解除していた。

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