第5話春じゃなくても、出会いの季節 4
「そうですか、立花銀次という名前ですか」
「………」
「つまり、結婚したら私の名前は立花夕になると」
「とりあえず、黙りやがってください」
放課後の四海館高校の軽音部の部室は荒れていた。
正確には、銀次の心の大海原が荒れているだけで、部室内は平和といえば平和なのだが。
「しかし、好きなロックバンドのライブ会場で目撃して一目惚れ。なんか、漫画みたいだねぇ」
「…あの、響子先輩。自覚なくてもやめてあげてください」
「へ!? 何か私、問題あることした!?」
「漫画じゃねえのに、朴念仁とかリアルにあるんだな。他人事だから、まじ娯楽」
憧れの先輩が、自分の懸想には全く気が付かず、何やら他人事のように、自分の、先輩とは別の人との恋愛を語っている。
…まじで泣きそう。とりあえず、一樹後で叩くわ。
そう銀次は思いながら、深くため息をついた。
軽く全員の自己紹介が済んだ後、「初対面のはずなのに、なんで夕と銀次君は知り合いなの?」と響子先輩から質問が飛び、ぶっ飛んだ女性、森川夕と銀次との先日の出会いの出来事がなし崩し的に意中の先輩に伝えられることに、色々あってなった。
なんでも、ライブでテンション上がって笑顔でボーカルのコールに合わせてジャンプしていた俺の笑顔に一目惚れしたらしい。
銀次としては、複雑な心境である。
好意を持たれること自体は不快ではない、はずである。
なんというか、惚れられた理由はわかるような、わからないような理由である。
とりあえず、それは置いといて銀次は現在、完璧に他人事丸出しの恭子先輩の様子に、打ちのめされている最中である。
…柑奈の言うように、脈がないの丸出しである。
現在、軽音部の部室にいるのは、5人。3年生は有村響子先輩と、新入部員の森川夕先輩。
そして、2年生の立花銀次と赤坂一樹、そして香月柑奈の5人である。
同級生や、先輩や後輩など、軽音部には他にも部員がいないこともないのだが、現在、部室にいるのはこの5人である。
軽音部とは早い話、バンド部。つまり、部員はボーカル以外、楽器がいることになる。
そして、楽器は普通の高校生にとって、とってもお高いものである。
よって、欲しい楽器やエフェクターやらが欲しければそれなりのお金がいる。
ボンボンなら、親がお金を払って買ってくれそうだが、この学校の軽音部はお金持ちの家の子ではなく中流家庭の家の子ばかりである。
よって、親に買ってもらえないなら、自分でお金を貯めて買わなけらばいけないわけで。
よって、四海館高校の軽音部はアルバイターの巣窟である。
響子先輩も、銀次たち2年生3人も、たまたまバイトのシフトが休みなだけでバイトをしている。
そんな感じなので、他の部員はバイトに出ていて、現在、部室にはいない。
「まあ、私的に腑に落ちないことを言われていますが、夕、ギター弾けるらしいのよ? 私のジャズマスター貸すから弾いてもらおうよ。 腕前が知りたい…」
銀次の様子と、柑奈のセリフから、鈍くなければ察せられそうなものだが、朴念仁気味な響子先輩はとりあえずなぜ腑に落ちないことを言われているのか、という疑問は無視して場面を転換させることにしたらしい。
いそいそと、部室の片隅に置かれたケースに入った、先輩の相棒のエレキギター、ジャズマスターを取り出しながら、嬉しそうにしている。
銀次はそんな好きな先輩を見ながら、またため息をついた。
なんというか、鈍いところもなんか好意のせいか可愛く見えてしまう。
ちくしょう。
そんな銀次を、鋭い眼光で告白女の夕が見据えていたのだが、響子先輩からギターを手渡される時には、表情から鋭い眼光は引っ込めていたので、銀次は夕に響子への恋慕を見抜かれていたことを、まだ気が付いていなかった。
君の顔が好きだ。〜顔が好みなだけで始まるアオハルラブストーリー〜 106san @takahiro_gallagher
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