第19話 正義
「──それで、どうしてこんな事をされていたのかしら」
ミスティーが目の前の女生徒──マイアベル・マリオスにそう問うた。
「ほんのちょっとした事だったんです。……あの人がとある一人の女の子に詰め寄っていて、その子、とても怖がっていたんです。だから、そういうことをやめるよう注意したら……」
「矛先があなたへと変わったというわけね」
無言で首を縦に振ったマイアベル。
彼女の言うあの人とは、エイミルという女生徒のことだろう。
「ごめんない、私……身の程をわきまえずに口を挟んだばかりにこんな……。私なんかが公爵家の方に口答えするのが間違っていたんです」
良かれと思ってやった行いが自分に返ってくるとは思っていなかったのだろう。
「いいえ、それは違うわ。男爵家の人間が公爵家に逆らってはいけないという決まりなんてないもの。そんなものがあったとすれば、この私がなくしてあげるわ。それに──」
ミスティーは続けて言う。
「あなたは正しい事をしたの。あの女からその子を守ったのはあなたなのだから、自分のした行いにもっと自信を持ちなさい。次は、私があなたを守ってあげるから。だからもう、安心しなさい」
世の中は時としてバグる。
善が悪によって淘汰されてしまうから、結局は全てが偽善と思われてしまうのだ。
弱きは他人も自分自身も守れやしない。
「そんな……っ、皇女殿下にお手を煩わせることなどできません。これは私が招いてしまったこと、最後まで──」
「いいのよ、そんな事を考えなくて。私もいい加減あの女をどうにかしなくちゃと思っていたから。あとは全部、私に任せなさい」
優しい口調でそういった彼女の顔は、エイミルに向けた憤りを表していた。
「行くわよ、二人とも」
そう言って、ミスティーは中庭を出ていく。
「おいアルク、何をしている早くしろ」
「わーってるって、ちょっと待て」
地面に座り込んだままのマイアベルへ手をかざしてやる。
彼女の全身に魔法陣を展開させ、あらゆる傷を治してあげた。
「あっ………ありがとうございます………、その……よろしければお名前を伺ってもいいですか?ぜひお礼がしたくて」
本当に、この人は数少ない善人なのだろう。
「ははっ、礼なんていらねぇから、次からは気をつけろよ」
「えっ、あっ……はい……!本当にありがとうございました!」
きれいに腰を折ってお辞儀をしてきたその姿を見て、きっとまた誰かを助けたいと思うのだろうと、そう思った。
──────エイミル・ブランケルン
またしてもミスティアに邪魔をされ、暇つぶしも無くなり適当に学院内の廊下を歩いていた。
「いつもいつも……いつも、なんであのメスガキは私の邪魔をする……」
彼女が遊ぶところにいつもミスティアは現れ、邪魔をされて興醒めする。
「この国の皇女だからという理由で私のことを下に見ているあの目、あの顔を思い出すと反吐が出そう」
ズカズカと、廊下のど真ん中を歩いて周囲の生徒を威嚇するように睨みつけている。
その睨みはいつだって、ミスティアという一人の少女に向けられている。
それでも、彼女の胸はいつもより高鳴りを響かせていた。
初めて見るアルクという少年。
やはりエイミルの欲しいものはいつだってミスティアが持っている。
最初に彼の顔を見たときに彼女の中で何かが響いた。
運命の人と呼ぶには些か不十分であり、恋でもなければ単調な愛などでもない。
あの男を自分のモノにしたい、服従させたい、愛してほしい──
見たこともない、ものを操る魔法。
魔力で浮かされていることは分かったが、それが魔法であるとは想像もつかない。
底知れぬ魔力をあの男から感じる。
それと同時に、エイミルの内の何かが疼いた。
「はぁ……はぁ……、欲しい……あの男を今すぐにでも犯してやりたい。下僕にでも奴隷にでも何でもいい……全身を舐め回して舐め回して、私の匂いだけを感じてほしい」
たった一人の男を手に入れるために、彼女は全てを尽くしてミスティアを倒しにいく。
「これはこれはブランケルン公爵令嬢殿、今日も麗しゅうございます。しかし……どうにも体調が優れないようにお見受けしますが、……よろしければこの私が手を貸してさしあげましょうか」
目の前でエイミルの行先を遮るように話しかけてきた男。
格好からしてどこかの貴族のように見えるが、今のエイミルにはそんなことはどうでもいい。
彼女の肩に手を伸ばそうとする男の視線は、豊満な彼女の胸の谷間に釘付けにされている。
「………失せろ、クソ野郎」
手を伸ばしてくる男を力強く身体ごと手で払い除け、一切目線を向けることなく歩き去っていった。
「うぉわっ、うおぉぉ!?」
バランスを崩して、男は廊下の端に置いてあった物に体当たりしていった。
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