第18話 女狐
前を歩くミスティーが突然方向転換し、学院内に設置されている中庭へと進んでいった。
彼女の視線の先には、数人の女生徒たちが屯って何かを囲んでいる様子。
「あなたたち、そこで何をしているのかしら」
彼女の声に気がついてみんなしてこちらを振り向いた。
「こっ、皇女殿下……!」
ミスティーの顔を見るなり驚いたように顔を引き攣らせる女生徒のうちの一人。
「ねぇ、どうして一人だけ地面に尻餅をついているのかしら。こんな所で一体何をしていたのか、私に話してくれるかしら?」
一人の女生徒を取り囲むようにして立っていた五人の女生徒たち。
彼女たちが何をしていたのか、ミスティーはあらかた状況を理解しているようだった。
そうした上で、彼女たちに説明を求めている。
最初にミスティーの存在に気がついた一番手前側の女生徒があたふたと口をパクパクしているが、皇女の手前ということもあり、だいぶ緊張している様子だ。
他の女生徒もこの状況が最悪であるということを理解しているのか、困惑と絶望が入り混じった表情をしている。
しかし一人だけ、真っ直ぐにミスティー睨む女生徒がいる。
目の前にいる人物に何一つ臆することなく、そして近づいてきた。
それに気がついたミスティーは、口角を若干上げて笑みを浮かべた。
「あらあら……エイミルじゃない。何であなたがこんな所にいるのかしら?」
ミスティーから話しかけられると、あからさまに不愉快といった表情をした。
「気安く私の名前を呼ばないで。とっととどっか行きな。あんたに用はないんだよ」
「あら、残念なのだけど私はあなたに用があるのよ。ねぇ……そこに座っているのはマリオス男爵家の息女よね?どうしてそんなに汚れてしまっているのかしら?誰か、私に教えてくれるかしら?」
着ている制服は汚れており、髪の毛はボサボサになって無惨な姿でいる。
「質問ばっかで鬱陶しいんだよ。誰もあんたの質問なんか答えないよ」
堂々とした立ち居振る舞いと上品な外観をしているのにも関わらず、その口調と言葉遣いは酷い有り様。
帝国の皇女であるミスティーを完全に見下すような目つきで見ている。
「ねえ、そこのあんた。見ない顔だけど、もしかしてこの女に惚れたの?」
突然彼女の視線が俺の方へと向き、そんなことを言ってきた。
「こんな顔がいいだけで貧相な身体した女に惚れるとか、悪趣味にも程があるけど」
「あら、私の顔がかわいいと褒めてもらえるなんて、嬉しすぎて頬が緩みそうだわ」
彼女の言葉を遮ってミスティーが微笑を浮かべて頰に手を当てながらそう言った。
「チッ……」
舌打ちをしながら、彼女がミスティーの横を素通りして俺の目の前にまでやってきた。
ミスティーよりは背も体格も大きく、それでいて俺よりは小さい。
女の中では中くらいと言った身長だ。
ミスティーとはほぼ同い年のようだが、とてもそうとは思えないほどボッキュンボンッな身体をしている。
制服越しにも分かる大きさと、大胆に開けられた胸元のボタンにより、魅力的な谷間が見えてしまっている。
「ほら、どうだ私の身体は。ちっぽけな女よりも、よっぽど楽しめると思わないか?」
「止めてくれるかしら、彼は私の護衛なの。好き勝手触っていいわけじゃないのよ」
「……あんたはそう言うが、この男は私の身体から目を離せないようだぞ?」
彼女の顔はもう俺の目と鼻の先にまである。
甘く蕩けそうな匂いが鼻腔をくすぐり、彼女の吐息が顔にかかる。
「ほら……このまま舐めてやってもいいんだよ」
舌を出し、俺の頬を舐めようとしたその瞬間。
「──…!?」
俺は魔法陣を展開して彼女を宙へ浮かせ、身体の制御を奪った。
「俺としては別に悪くはねぇんだけど、一応は皇女様の護衛なんでな。ここまでにさせてもらうぜ」
彼女を元いた場所に降ろし、魔法を解除した。
「はっ………なんだ、今の魔法は。いい、いいよ……ますます気に入りそうだ」
興奮する彼女と俺を結ぶ直線上にミスティーが立ち、彼女の言葉に続けて言う。
「残念なのだけど、それは諦めた方がいいわよ。あなたが最初に言ったこと、彼ではなく、私がアルクに惚れたというほうが正しいわよ。私が自らのお気に入りを喜んで手放すと思っているのかしら。絶対にあなたには渡さないわ」
俺からはミスティーの顔を伺うことはできない。
それでも彼女が笑みを浮かべて言い放ったのだろうと何故だか思えた。
「まあいいわ。今ここでどうこうするつもりはないし。アルク……それがあなたの名前か、また会いにくるよ」
「二度と来なくて構わないわ」
そう言って、彼女は一人でどこかへ行ってしまった。
そして残るは一連の様子を黙って見ていた他四人の女生徒たち。
「あなたたち、どうせあの女に指図されてここにいるのだろうけど、金輪際あの女とは関わらない方が身のためよ。分かったのなら今すぐここから立ち去ることね」
「は、はひぃ……!」
一目散に走り去ってしていく四人を尻目に、ミスティーは座り込んで動かないでいる女生徒の元へ歩み寄る。
「大丈夫?ここから動けそう……?」
優しく声をかけ、相手から返事が来るのを待つも、何も聞こえない。
口はほんの僅かに動いているものの、喉から声が出ずにいるといった状態だ。
「姫、その者の喉を見て見てください。薄黒く跡が残っているようですが」
バランが何かを見つけたようにそう言った。
その言葉通り、彼女の喉元には痣ができていた。
力強く首を絞められたのか、そのせいで喉を壊されている。
「どうしてここまでする必要があったの……?」
声を出せず、全身ボロボロの彼女を見て憤りを隠せないでいるミスティー。
その怒りの矛先は間違いなく先ほどのエイミルという女生徒。
俺はそっと前へ出て、座り込む彼女の元へ寄って同じ高さにしゃがみ込んだ。
「どうしたのかしら、アルク」
「まあ見ててよ」
この手の魔法はミーファから教えてもらっているため、今では何気に得意まである。
彼女の喉にそっと手を添えて、魔法陣小さく描いた。
若干の光を発しながら、ほんの数秒で魔法と解いた。
「これでもう喋ることができるはずだ。どうだ、声出せるか?」
「ぁ……あっ、あ……出た、出ました。ありがとうございます……っ!」
彼女からの礼を軽く流して俺は後ろへ退がった。
ミスティーとバランからは感心といった表情の目を向けられた。
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