第16話 予兆
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「あのっ、その………ずっとお姿を見ていました……!えっと、これからも頑張ってくださいっ!」
精一杯搾り出した言葉を並べて、その顔は真っ赤に火照って見るからに緊張した面持ちの少女。
「あぁ、ありがとう」
純粋無垢な言葉に対して、欠片も感情が乗せられていない返答をするとそのまま横を通り過ぎてしまった。
それでも、少女にとってはこの上なく嬉しい瞬間だった。
「ね、ねぇ……今のはさすがに無いんじゃない?あの子が可哀想だよ」
その様子を後ろから見ていたレシルは、前へ淡々と歩みを進めるヘルトに向かってそう言った。
するとヘルトは足を止め、後ろへ振り返った。
「………別に、必要以上に彼女らに干渉する気はないだけだよ。僕は勇者であって、その使命は魔王を倒すことにある。それ以外のことをする必要がないのは普通のことだろう。違うかい?」
ヘルトのレシルを睨む目には光はなく、ただただ暗い。
変わってしまったヘルトを不気味そうに感じながらも、仲間である以上共に行動する以外に選択肢は持たなかったレシル。
閉じこもってしまった状態のミーファを連れ、ヘルトに着いて行くことにした。
しかし、以前の楽しかった勇者パーティの冒険とは程遠い。
ひたすら前を歩くヘルトは後ろの二人の様子を逐一確かめるようなことはせず、二人が足を止めてしまえばそのまま見えなくなるまで歩いて行ってしまう始末。
道中魔物が出現すれば、真っ先にヘルトの持つ聖剣が飛んでくる。
今までは連携して戦っていたのが、我先にと魔物を殺しにかかるヘルトに、レシルとミーファは手を出しようがなかった。
聖剣は他の武器とは根本的な存在自体が異なる。
溢れ出る聖剣の力に触れてしまえば、たとえ仲間であっても影響を受けてしまう。
それでもアルクならば、そんな事もなく戦えていた。
レシルから見ても、勇者パーティ内でのアルクとヘルトの息の合った動きは見事なものだった。
しかしレシルとミーファは、アルクほどヘルトと息を合わせることなどできない。
だから結局は、ヘルトの単独戦闘を傍からただ眺めているだけなのだ。
今まで培った技術を全て無視して、雑に聖剣を振り回して魔物を叩き斬るその姿は、とても勇者とは思えない狂気じみた光景だった。
「──………ルト、………ヘルト……!もう死んでるから……」
地面に倒れた魔物にひたすら聖剣を叩きつけ、その度に魔物の血が周囲に飛散する。
魔物の四肢が、頭部が内臓が、骨が、次々に潰れ破壊されていった。
「ちょっと………もう止めなって」
無惨な姿に成り果てたヘルトを見兼ねたレシルが彼の元へと歩み寄った。
「辛いのは分かるけどさ、それは私たちだって同じなんだよ。叫びたいほどイラついてるし、どうしようも出来なかった自分がすごく憎い。本人はケロッとした様子で私たちから去って行っちゃったけど、私たちはいまだにアイツのいない冒険が寂しく感じるよ」
レシルの言葉に耳を傾けている様子のヘルトに、彼女は続けて言った。
「それでも、私たちにはやらなきゃいけない事があるんだからさ、こんな所で挫けている場合じゃないんだよ。これまではずっとアイツ頼りになっちゃってたけど、これからは私たちだけでも──アルクがいなくてもやっていけるくらい強く────……」
そこでレシルの言葉が行き詰まった。
有無を言わせず襲いかかった聖なる力の矛先は、寸前のところで僧侶の魔法によって遮られた。
レシルの目先数ミリに繰り出された剣先は、あと少しで眼球を抉らんばかりに突き出されるも動きを封じられて細かく震えている。
「レシルがアルクの名前を出したときに、反応した……」
レシルの背後から必死にヘルトの動きを完全に封じ込めているミーファだが、それも長くは続かない。
「早く………っ、離れて、レシル」
「え、えぇ……」
レシルがヘルトから距離を取ると、ミーファは魔法を解除した。
身体の制御を取り戻し、その場で剣先を下ろすヘルトと、息遣いを荒くして苦しい様子のミーファ。
「大丈夫……?ミーファ」
レシルはミーファに手を貸してあげ、何とか立たせてあげる事ができた。
「私じゃ………これが限界」
「ううん、ありがとミーファ」
ミーファの状態を見れば、これがどういう状況なのか分からないレシルではない。
ヘルトに対して自身の思いを話していた途端に、自分に向けられた死を予感させる敵意。
それは瞬間的な感情任せなものではない、明確なものだった。
「……どういうこと、あんた………私を本気で殺そうとしたよね」
レシルの言葉に対して何も返してこないヘルト。
聖剣の剣先を地面に落とし、ただ直立で突っ立っているだけ。
こちらを睨むように見てきていたが、牙をむいていた敵意が突然嘘のようにスーッと消え失せていった。
レシルとミーファの方から目を逸らし、再び前方へ歩みを進めた。
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