第15話 交渉
いつしか、こんな豪華絢爛な部屋に招かれたことがあった。
その時は、勇者パーティが偶然助けた人物がどこかの国のお偉いさんだったからで、ぜひお礼がしたいということで招かれた。
しかし今回は全くそんな雰囲気はなく、むしろ居心地の悪い空間となっている。
「──それで………どうかしら、私の提案に乗る気はある?」
カップに入った飲み物を優雅に口に運んだあと、唇に残った水滴を舌で舐め取って悪戯的な笑みを浮かべている。
この少女──帝国の第四皇女ミスティア・ラデル・デ・アカギが提案と言って俺に話した内容は、俺からすればそれは提案という生易しいものではなくただただ一方的なものだった。
どういうわけか帝国の皇女様に目をつけられてしまい、突然自らの下につかないかと言われてしまった。
それでいて俺を専属の護衛にすると言い出した。
皇族が全くの他人を護衛につかせるなど、普通であればあり得る話ではない。
要は、皇女からスカウトを受けているのだ。
しかしこれでは、提案と一瞬でも言っていいはずがない。
こちらが得られる利が何一つないからだ。
「………その話を俺が受けると一瞬でも思っているのか?」
ソファに座る身体を前のめりにして、皇女へ言い放った。
「そうですか」
ただそう言って、顔色ひとつ変えずに続けた。
「それでは、あなたは私に何を望むのかしら?」
残念と、そう言って引き下がるのかと思えば、どのようにして俺に利が得られるかを問い始めた。
「私はあなたを手に入れることができればそれ以上は望まないわ。だからあなたが望むものを知りたいのよ。そうすれば、私はあなたと良好な関係を築けるでしょう?」
事も簡単にそう言った。
「俺がお前の下につくことは決定事項ってわけか」
そのことを前提として話を進めようとしてきているからか、どうすれば俺が納得するかを探ってきている。
「そうそう、あなたと同じ手錠をはめられていた女性と魔獣の方は我々帝国が保護していますのでご安心を」
それ以上はあいつらに関して触れなかった。
あの二人が人質になっているとも、そうでないとも、一切触れていない。
俺の目をまっすぐに捉えて、決して目を離さないと言わんばかりに深淵を覗いてくる。
実を言うと、俺もこの少女のことが気になっている。
半端じゃない存在感を放っていながらも、魔力の揺れを抑え込んでその内に本性を潜めているのを沸々と感じてくる。
俺を見つめるあの目、こちらを見ているようで何か別を見ているかのように感じる。
勘が良いとその程度のことが分かるだろう。
身体の内部まで覗かれているんじゃないかという悍ましさを感じる。
それでも、俺が感じるのはそれだけではない。
彼女は俺の魔力を直に見ているのだ。
人を魔力の根底から見ている人間など、これまでいただろうか。
初対面でありながら、もうすでに知り尽くされたような感覚に陥っている。
「これは俺からの提案だ。皇女様の下につくというのはお断りだが、一時的に護衛をするってんなら引き受けてやらないこともない。ただその代わり、俺を縛り付けないことと、大抵の無理は通させてもらう。窮屈な環境に身を置きたくないと思うのは当然のことだろ?」
「前者の文に関しては構わないわ。言ってみただけだもの。けれど、大抵の無理とは具体的にどのようなことを指すのかしら?」
「俺が皇女様にお願いしたことをできる限り叶えてほしいってことだ」
こんな異質の少女の元にいられるんだ。俺は俺のやりたいことをやらせてもらわないと割に合わない。
「あぁ……、そういうこと。それでしたら、存分に私のことを研究してもらってもいいわよ」
俺の思っていたことを察したのか、穏やかな笑みを浮かべて了承した。
「それじゃあ交渉成立か?」
「えぇ、それと──私のことは適当に呼んでもらっていいわよ」
「おっ、いいのか?仮にも帝国の皇女様だろ?」
「言葉遣いだけでもこれほど無礼を働いているあなたに対して、これ以上何を言えというの、アルク?」
「あぁ……それもそっか。じゃあミスティーな」
「…………………」
不意を突かれたような表情で固まる少女を前にして、俺はテーブルに置かれた菓子を適当に手で掴んで口に運んだ。
───ミスティア・ラデル・デ・アカギとバラン
アルクが部屋を去ったあと、一人取り残されたミスティアはカップに入った冷めかけの飲み物を全て飲み干した。
そこに、ノックをして部屋へ入ってきた人物──バランが、ミスティアの表情を見て一つ言った。
「失敗ですか」
「いいえ、……とりあえず引き入れることはできたわ。……って、なんでそんなことを聞いてくるの?」
「あのアルクという男を引き入れるおつもりだったのでしょう?」
全てを見透かしたようにそう言ったバランの言葉に、ミスティアは何も返さない。
ただ少し、いつかはあの男を自らのものにしたいとだけ、初めてながらに決心をしたのだった。
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