第13話 弟子

「…………お前、まさか私のことを忘れたなんて言わねぇよな?」


「えっ……いや、そんなことはないんだけど、なんて言うか、そう、確認しておきたいなって………」


 ガラの悪い不良ばりに顔を詰め寄らせてきて、トーンの低い声でそう言われては忘れたなんて口が裂けても言えるものか。


 正直めちゃくちゃ怖いし、こんな人は知り合いに絶対いないと確信できる。


「………ガイヤだ。もう二度と忘れんじゃねぇぞ。次忘れたらぜってぇ許さねぇからな」


「あっ、あぁ分かった。ガイヤね、ガイヤ……」


「二人は知り合いではないのか?」


 バルサドルが疑うようにこちらへ目を向けてきた。


 すると突然、ガイヤという女が俺の首へ腕を回してきて、自らの方へ引き寄せた。


 俺よりも一回り大きい身体であるがゆえに、ヒョイっと俺の身体は首から引っ張られるようにしてガイヤの身体と密着した。


「……ッ!?」


 危うく首がもげそうな感覚に陥ろうとしていた。


「なっ、なにを」


「アルクは私の師匠だ!私たちが他人な訳がないだろう?てめぇの目は節穴かバルサドル!?」


 目の前に座るバルサドルに向かって叫び放ち、興奮した様子でさらに俺の首へ回した彼女の腕に力が入る。


「うぐぇッ」


 彼女の柔らかい球体の側面に顔が押し付けられ、俺の顔半分が埋もれていく。


 手錠を嵌めているこの状態では、半ば抵抗することもできず、かろうじて窒息しないために抗うことはできた。


 いやしかし、これほどデカいものは見たことがない。


 なおさら、このガイヤという女に会った記憶がないことが確かなものとなる。


 こんな特徴ばかりがつまった女と会っていれば忘れるわけがない。


「いや……しかし、彼の方はあまり君のことを存じ上げないように見えるが?どうにも一方通行に感じるのだが、本当に面識があるのだろうか?」


 俺とガイヤの様子を見て何かを察した様子のバルサドル、鋭いな。


「バルサドル、俺はこの女をし──!」


 またもガイヤの腕に力が入り、言葉を繋げようとした俺の口に柔らかいものが強引に押し付けられ、言葉を遮られた。


「………ふざけんじゃねぇよバルサドル。それ以上は許さねぇぞ」


 密着したガイヤの身体から魔力が沸々と感じられる。


 全身から漏れ出ているガイヤの魔力により、室内の大気が揺らつきはじめる。


 魔力総量はなかなかのものだ。


「なにもふざけてはおらぬ。仮にも貴様がこの私に嘘を言ったのだとすれば、貴様とてタダでは済まさせんぞ」


 魔力を荒立てているガイヤを前にして一歩も引く気がない様子のバルサドル。


 むしろ強気でガイヤに向かってそう言い放った。


 俺はその様子をガイヤの腕と体の隙間から眺めることしかできない。


「たかだか魔法使いの分際でこの私に楯突こうとは、生意気にも程があるというものよ」


「ハッ、いいだろう。じゃあ今ここでお前を殺しちまってもかまわねぇよなァ?私は帝国がどうなろうと知ったことじゃねぇんだ。てめぇの思惑も私にはどうでもいいこと。こっちはもとより、アルクが来るって言うから来てやってんだよ」


 怒鳴り散らす勢いでバルサドルに向かって言い放ったガイヤ。


 全く知らない女の人から、俺が来るから来たと、なんかちょっと嬉しいことを言われてしまう。


 もはや帝国をひっくり返して変えるという計画の話ではなくなり、バルサドルとガイヤによる一触即発の事態へと変わってしまった。


 見るからに血の気の多い性格であると思われるガイヤ。


 その見た目の通りに、何一つ躊躇うことなく途端にバルサドルに向かって魔法を撃ち出した。


 魔法陣を展開した瞬間には魔法を発動しバルサドルに向かって発射していた。


 驚異的な魔法発動の速さに加えて性格な魔力操作。


 このセンスだけでも勇者パーティに入れてしまうくらいだ。


 だが節度がなっていないのであれば一流の魔法使いとは言い難い。


 ガイヤがバルサドルに向けて撃ったのは、中級攻撃魔法だった。


 射出して相手にピンポイントで打つ攻撃が初級攻撃魔法だとすれば、見境なくその場の敵全てを標的として放つ攻撃が中級攻撃魔法だ。


 つまりは、ここら一帯が大爆発によって吹き飛ぶということ。


 すでにガイヤの手から離れた禍々しい魔力の渦の球体がバルサドルへと飛んだ。


 それを見つめつつバルサドルが手に取ったのは、手のひらサイズの黒い物体。


 それには見覚えがあった。


 ガイヤの放った中級攻撃魔法がバルサドルへ直撃したその瞬間、大爆発が起こるはずのそれは小さく縮こまり、やがて消えてなくなった。


 あれは魔法を魔力ごと消滅させるという魔法道具だ。


「貴様がいくら魔法を撃とうと、魔法道具を前にしては無力なのだよ。今や魔法道具は魔法使いたちを軽々と上回っている。魔法道具を前にしては魔法使いなど恐るるに足らんのだ」


 魔法を消滅させるという方向では対魔法使いとして非常に有効でも、いまだ魔法を放てる魔法道具はないだろう。


 それでも、いずれ吸収した魔法をそっくりそのまま放てる魔法道具なんかも出てきそうだな。


「………ッ、許さねぇぞ……ぜってぇ殺してやる……!」


 そう言ってまたしても魔法陣を展開しはじめるガイヤ。


 その瞬間──唐突に室内が崩壊した。




「───ここにいたか、エリュミエラ子爵」


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