第10話 不穏

 右腕に柔らかい感触、左腕にはモフモフとした感触が妙にむず痒い。


「なぁお前ら……歩きずらいんだけど」


「えっ………こんな極上の感触を味わいながら私の匂いを間近で嗅げているのに、これ以上何を求めるつもりですか、せんぱい?」


「………別に望んでない」


 超至近距離から上目遣いでニマニマした笑みを浮かべる後輩のマーシャ。


 そして──


「おい貴様、ごしゅじんに対してなんたる無礼だ。身の程を弁えろ、下衆な女め」


 口調荒くそう言い放ちながらも、その身体は俺へスリスリと擦り付けることをやめようとはしない。


「いや、お前なんでいるの?」


 村を離れ、そしていつしか気がつけば隣に少女のペットであるこの獣がいた。


「私の主はごしゅじんただ一人だ。それ以外の人間など決して主とは認めない」


「俺はお前をペットにした覚えはないんだよな」


 勝手に着いてこられても困るんだよな……どう考えても面倒くさそうだし。


「……面倒そうな顔を浮かべないでくれごしゅじん。隷属でもなんでもかけてくれて構わない……!どうか私をごしゅじんに仕えさせてくれっ!」


「そう言われてもな……」


 隷属は王国では禁忌の魔法だ。


 一部の悪趣味なクソ貴族が使っているような非道な魔法を使いたくはない。


「いいじゃないですか、先輩。ここはもう王国でもどこでもないんですし、この女を完全に先輩のものにできちゃいますよ。少しくらいなら先輩の役に立ちそうじゃないですかっ?」


 マーシャがここぞとばかりに昨日の出来事への恨みを込めて、そう提案してきた。


 だが俺に奴隷を持つ趣味はない。


「奴隷なんかじゃなくて、ただのペットにしてしまえばいい」


 魔法陣を描き、俺とペットとの間に契約関係を成り立たせる。


「ほれ、これに調印しろ。そうすればお前の新しい飼い主は正式に俺になる」


 この契約魔法には隷属類の強制力は何も存在しない。


 これに関しては俺も詳しくは分かっていないが、関係者同士の絆やら信頼関係が築けていくらしい。


 魔法書にそうとしか書いていなく、使うのもこれが初めてのことだ。


「むぅ……それではなんか中途半端ではないか?私はもっと、ごしゅじんと密接な関係になりたいのだ」


「嫌なら別に──」


 魔法陣を破壊して無かったことにしようとしたら、無言で魔法陣に調印してきた。


 これで俺のペットとなったペット…………──


「おいペット、」


「ペッ……ペットォォ!?それが私の名なのか!!?」


「ち、違う違う。お前、なんて名前なんだ?」


「ん?ごしゅじんが付けてくれ。主から新しい名前をもらいたい」


 尻尾をブンブンと高速で振り回している。名前をつけられることがよっぽど嬉しいのか。


「んーーー…………じゃあ、リル……なんてのはどうだ?」


 とある伝説的な生物からとった名前だ。


 真っ白い毛並みとその姿からあの神獣を思わせている。


 いや、まさかな……


 聖魔獣と神獣とでは次元が違いすぎる。


「ダメですよ先輩っ、この女にその名前は可愛すぎます。もっと臭い名前でないと似合いません」


「なっ、何を言う貴様っ!ごしゅじんから付けていただいた名前を侮辱するかっ!私の名はリルだっ!」


 また二人で言い争っている。


 拘束から逃れて二人から少し離れて後ろから言い争う光景を眺めている。


 ちなみに、もうマーシャを魔法で縛ってはいない。


 自傷行為さえしてくれなければ拘束する必要もない。


 穏やかな光景。


 平和な一時、しかしそれも、周りはそうはさせてくれない。


 辺りの気配はまるで穏やかではない。


 4、5人……いや6人か。こちらの様子を伺いながら後をつけてきている。


 マーシャとリルも気づいてはいるが、相手に気づかれないために平静を装っている。


 ここで威嚇と称して軽く攻撃するのでは何人かを逃がしてしまいかねない。


 殺気を向けてくるやつを逃せば面倒なことになるのは目に見えていることだ。


 とはいえ、殺してしまえば元も子もない。


 初級攻撃魔法を最大出力で六発放った。


 狙うのは急所ではなく腹部。


 貫通しても即死はしないだろう。


 その全てに見事命中したのか、隠れているやつらが叫び倒れた。


 俺はその中の一人に目をつけて、治癒魔法で抉れた腹を治した。


「えっ……はぁっ……!?」


 腹の重傷があっという間になくなったことに驚いているのか、信じられないと言った様子で自らの腹に手を当てて確かめている。


「おい、お前ら何者だー?」


 地面に座り込んでいる男に目線を合わせるようにしてしゃがみ、問うた。


 初めは王国の刺客がもうやってきたのかと思っていたのだが、どうやら違うらしい。


「はっ……俺たちが雇用主の情報を漏らすとでも思っているのか?殺したきゃ殺せばいい」


 死ぬことを躊躇わないのは実に傭兵らしいというか何というか、そこが冒険者との違いなのだろうか。


「──うっ……ギャアアァァァッッッ!!?!やっ、やめ………もうこれ以上は何も──ウギャアァァァァッッ!!!」


 隣から男の絶叫する声が響いてきた。


「……何してんの」


 絶叫し気絶した男の前にはマーシャがニコニコ顔でしゃがんでいた。


 手には大量の血がべっとりとついている。


「情報、吐きましたよこの人。けっこう楽勝でしたっ」


 その男には俺の攻撃魔法による傷以外はついていない。


 傷口を直接触るなり抉ったのか、激痛だろう。


 その傷を作った俺が言うものでもないか。


「この人たちの雇い主は王国の貴族らしいです。ただ名前は聞いていないらしく匿名のようですね。少女が直接要求してきたとのことで、莫大な報奨金をすでにもらっているとか」


 少女……の貴族?


 王国貴族のどこかの令嬢だろうか。


「先輩を生け取りのまま連れてくるというのが任務だったらしいですよっ?」


「殺しが目的ではないのか」


 いずれにしてもこのレベルの傭兵しか雇えないのなら警戒する必要はないかもな。


 王国の刺客がくるというのに雑魚相手に気を使ってはいられない。

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