第9話 使命
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時は遡り、王宮内にて──
アルクが去った後、呼び出された本来の目的事は滞りなく終了し、王宮を出た勇者パーティの面々。
顔の表情は暗く、ミーファにいたっては嗚咽のような声にならない泣き声とともに目から涙がボロボロと流れている。
勇者パーティから一人除名になるも、この状態からまた魔王討伐のために尽力せよとの通達を国王から受けていた。
「………ヘルト」
前を歩くヘルトに向かってレシルが呼びかけるも、何も答えず歩き続ける。
「ヘルト……っ!」
怒気を含めて再度呼ぶと、ようやく足を止め、振り返った。
「……っ」
ヘルトに向かって、思いのままに感情をぶつける気でいたレシル。
仲間が追放されると言われてからも、何一つ反論せず一言も発することはなかったヘルト。
勇者である彼ならば、もしも、少しでも反論する意志があれば結果は変わったかもしれないと、レシルは思っていた。
それでもヘルトは最後まで微動だにすることなく、結果的に仲間は去って行った。
レシルへと振り返ったヘルトの顔は、溢れて止まない涙でぐちゃぐちゃになっていた。
「すまない……っ!………ごめん、アルクを行かせてしまった……っ」
その謝罪はレシルとミーファに向けてのものなのか、親友に向けてなのか、はたまた自分に対するものなのか──
後悔と憎悪の二つの感情が入り混じった彼の顔を見て、レシルは矛を向けることができなかった。
これでもかと力が込められた彼の拳からは、その爪によって傷つき血が滴り落ちていた。
レシルは驚きを隠せないでいた。
勇者パーティを組んだ時に初めてヘルトと出会ってから、彼がこれほど感情的になる姿を見たことがなかった。
レシルの中の彼の印象は、大人しくてあまり自らの感情を表に出さない温厚な青年といったもの。
それは勇者パーティで冒険していく中でも変わらず抱いていた印象であり、つき先ほどまでもそう思っていた。
しかしどうだろう、今目の前にいる彼からは、殺意がしみじみと湧き出ているのを肌で感じる。
その矛先は当然国王なのだろう。
しかしここに来るまでに彼はそのすべての感情を抑えてやってきた。
思ったことはなんでも外に出てしまうレシルにとって、全てを内に抑えて憎悪の対象から背を向けることがどれほど辛く難しいことか、知る由もなければ想像することもできない。
あぁ……完璧を体現するこの勇者も、人の心を持ったただの青年なのだ。
「……ごめん、ヘルト。私あなたのことを何も分かってなかった」
「違う、違うんだ……。僕は……ッ、アルクは僕を許してくれたんだ。だから、止めなくていい……って」
それは、魔法による通信でもなければ伝言でもない。
たったその時に、アルクが親友に向けた、信頼の合図。
「だから、僕はこんな所で躓いていてはダメなんだ。勇者としての役目を最後まで果たすことが、僕のこれまでの全てに対する償いになる」
「ヘルト……?な、何を……言ってるの……?」
レシルが疑問を抱こうと、彼の堅い意思はもう過去へは向いていない。
親友から託された想いが彼に届くことはなく、仲間の意志を無視して先へ行こうとする。
──爽やかで優しく、何者にも負けない強い意志を持った人間は、勇者として相応しい──
それは人々が理想と幻想をかき混ぜたものであって、決して存在しないもの。
そのような姿形をした人物がいるのだとしたら、その人物は決して勇者にはなり得ない。
人間としてすべての感情を持って生まれたこの世界の出来損ないこそが、勇者としての使命を背負うに相応しい。
勇者ヘルトを筆頭に、一人が欠けた勇者パーティは密かに王国を後にした。
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