第8話 先輩
突然の二人の殺し合いを回避でき、村の人たちにも事情を説明してことなきを得た、その夜。
ただただ俺について行くと言って聞かない少女のペットを強制的に眠らせて、俺は借りさせてもらった宿へ向かった。
特に長老が心底驚いた表情でいたが、実のところこの村では、あのペットが喋り始めた時から神格として敬っていたのだとか。
聖魔獣だとは知らなかったらしいが、そもそも会話することができる魔獣などどこを探してもいないし、いるはずもない。
ともなれば、人語を介すあの魔獣は神なのではと思ったらしい。
宿へ戻ると、窓の外をただ立って眺める後輩が目に入った。
今は彼女に拘束の魔法もなにもかけていない。
大人しくここで俺のことを待っていると、そう言った彼女を信じて全ての魔法を解いていた。
「飯は食べなくていいのか?」
「大丈夫です。……さきほど、宿の人がわざわざ部屋まで食事を届けてきてくれましたので」
「そっか」
それからしばらくの間、沈黙の空間が続いた。
「先輩は、後ろで仕えられるほうが好みですか?貴族の執事のように、メイドのように、奴隷のような、なんでも命令に従ってくれるモノの方がいいですか?」
いつもとは低いトーンで、そう言い始めた。
「私は……先輩の言う通りに動くだけなんて、たぶんできないです。先輩がやめろと言っても、私は先輩のためなら喜んで死ぬし、先輩にとって弊害になり得るクズは排除したいと思っています。先輩はとっても優しいですから、そんなこと絶対認めないと思いますけどね」
ふふっと笑い、さらに続けた。
「大好きな先輩の姿を後ろからでしか見られないなんて、そんなのつまらないじゃないですか。私は先輩を誰よりも近くで、真横で見ていたいんです。あの勇者ではなく、私でありたいんです」
真正面から、俺の目を見て言った。
月明かりに照らされた後輩の頬は、珍しくも初々しかったあの頃のように、薄赤く火照っているように見える。
「あはは………なんか、まるでプロポーズをしているみたいですね」
照れ隠しと言わんばかりに苦笑いをして頬を指先で軽く掻いた。
「お前のイカれた行動に手を焼く日々なんだろうが、それは別に嫌なことじゃない。だけど、これから俺の隣にいるってんなら、少しは自重してもらいたいところだな、マーシャ」
久しぶりに後輩の名前を口にして、なんだか俺も恥ずかしく感じてきた。
「………久しぶりに呼んでくれましたね、私の名前。先輩のお母様と同じだからと、あれほど呼ぶことを嫌っていたのに」
「もう長らく会ってないからなぁ……顔も見てないし、そろそろ区切りつけねぇとお前に悪いと思ってな」
嫌いな母親と名前が同じだからと、後輩の名前を呼ぶことをいつまでも嫌っていては、何もしていない後輩がかわいそうだ。
それに、母親から逃げてるみたいで格好が悪い。
「そういうわけで……まあこれからよろしく頼むよ、マーシャ」
「はいっ、お任せください先輩っ!」
お任せくださいという言葉に、彼女が自重するという意味はおそらく含まれていないだろう。
翌日の朝、一発目に長老から驚きの叫びが飛び出た。
「えぇっ!?も、もうここを去ってしまわれるのですか?昨日の今日来たばかりではないですか」
「あまり悠長にもしていられねぇんだ」
昨夜、突然マーシャから報告を受けた。
王国内にいるマーシャの下僕から、王国兵士たちに動きがあると連絡が来たそうだ。
下僕……というところには触れずにマーシャからの報告を聞いたところ、俺を追ってくるというのだ。
勇者パーティ除名に加え、王国を追放されるまでに至ったというのに、俺を消そうと考えている。
とはいえ、あの国王の考えることはおおよそが想像つく。
追放された俺が王国に牙をむき、危害を与える可能性があると考えているのだろう。
元勇者パーティという実力者を放っておけば、後々王国にどんな厄災を巻き起こすか、とかな。
「そういうわけだ。俺の都合でこの村を危険に晒すわけにはいかないからな。魔力の痕跡は綺麗さっぱり消していくし、今すぐここを出れば問題ないってわけだ」
念の為、ここまでに歩いた道のりに残る痕跡も消しておいた方がいいだろう。
「そう言わずに、アルク様の危機とあらば村人総出で返り討ちにしてやりますぞ」
「そんな事させられねえよ。返り討ちにしたら、次は精鋭がこの村を消滅させるべく動くだろうさ。俺じゃなく、村人の安全を考慮するのが長老の役目だろ?頼んだぜ、爺さん」
「……分かりました。どうかお元気で」
「もしも王国兵が攻めてきたら──」
「──こんな老いぼれではありますが、まだまだ腕が落ちたとは思っておりませんのでご安心を」
余裕に満ちた表情で俺を見返してきた。
まあ心配はいらないか。
「じゃあな」
王国兵が国を出たという報告をマーシャから聞き、少し遅れて俺たちは村を出た。
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