第5話 村人

「せんぱーい、この先に方向に村らしきものがありますけど」


「おー……そうだなー」


「奇襲にあったら私、先輩のこと守れないですよー」


「おー……俺がお前の分まで守ってやるよ」


「きゃーっ、先輩だーいすき」


 俺の後方、少し離れた位置から一定の距離を保ちながら俺の後を追ってくる後輩の声はやや遠い。


「そんな魔法使い続けてたら疲れちゃうんじゃないですかー?あっ、そしたら私が夜にマッサージをして癒してあげますよ」


「俺こう見えてけっこう魔力量は多い方なんだよな」


「知ってまーす」


 今現在、彼女の両手を拘束し、そして俺と常に一定の距離を保ちながら歩くよう操っている。


 彼女のいう通り、こうしてずっと二つの魔法を連続して発動し続けている。


 面倒ではあるが、魔力が枯渇するおそれはこれといって無い。これしきでの魔力消費など微々たるものだ。


 それに、彼女は完全に我が身を俺の魔法に預けている。全く抵抗していないから尚更こちらも楽というものだ。


 そこらへんを気遣えるのならもっと前提として大人しくしていてほしい。


「ねー、いい加減解いてくださいよ、これ」


 自傷行為を止めずにいたため、やむを得ずこうする結果となった。


 こいつが傷をつけるたびに俺が魔法で治し、また傷つけて俺が治す、ナイフを刺そうとしている箇所にあらかじめ魔法陣を展開する……───


 そんな無限ループをさも嬉しそうに続ける彼女に付き合っていられるほど、治癒魔法が得意ではない。


 そういう仕事はいつも僧侶のミーファがやってくれる。僧侶はそこらへんの特殊な魔法が得意分野だからな。


 彼女の自傷行為がナイフで腕をちょっと切る程度のことならば俺もいちいち魔法で治そうとはしない。


 こんなイかれた後輩がで済ませてくれるはずもなく、毎度致命傷なのだ。


 内臓、首、頭、挙げ句の果てに顔面を正面から突き刺している。


 前者一つに関してはすぐさま治癒魔法をかければ問題はない。


 その他、後者全ては治癒魔法でどうにかならない場合がほとんどだ。


 なにしろ即死されるからだ。死なれては治癒魔法など何の役にも立たない。


 そうなってくると、即死してから瞬時に蘇生魔法を施さなければ後輩はぽっくりと亡き人となってしまう。


 本人は本当に死んでもいいと思っているらしいのだが、それ以上に俺のことを信頼してくれていると言うので、であれば俺の前で死なせるわけにもいかない。


 意識を前方へ戻すと、前から数人がこちらに走ってくる気配を感じた。


 魔力の大きさはそれほどではない。


 全員が手に武器を持っているようだ。


 俺は後ろへ振り返り、後輩を見る。


 仮に戦闘になってしまった場合に、手を縛られた状態でも彼女なら負けることはないだろうが、完全に動きを拘束されていてはどうしようもない。


 だがどうだろう、今の拘束を全て解いた場合に彼女が彼らを皆殺しにする未来が安易に見えてしまう。


「……?どうしたんですか、せんぱーいっ」


「俺たちを襲おうとする奴らでも殺さないと約束できるか?」


「えぇーっ?どうでしょうね、だって先輩を狙う人たちなんですよねっ?そんなの、ヤっちゃうに決まってるじゃないですかー」


 考える素振りを見せながらも、何の躊躇いもなく笑みを浮かべてそう言った。


 聞いたこと自体が間違いだった。


「というか、お前に障壁を張っておけばいいだけの話だな」


 彼女を囲むようにして物理障壁を展開しておく。魔法障壁ではないため、もしも彼らが魔法を使えば貫通して彼女に直撃してしまう。


 まあアイツなら並の魔法で死にはしないだろう。


 そうして、目の前に武器を持ったどこかの村人と対峙した。


 数は四人、全員が男だ。


「ここより先に足を踏み入れさせるわけにはいかない。引き返してくれ」


「そうは言ってもなぁ……」


 ここから引き返したら行き着く先は王国だ。謀反者が引き返して来たら当然追いやられる。俺に居場所はないということか?


「──オイ……お前、誰に向かって口きいてんの……?」


 途轍もない力で、拘束する魔法に抗い始める後輩。


 途端に魔力出力をあげて彼女の動きをさらに強く制限する。


 魔力消費などお構いなしに、抵抗する彼女を縛り上げた。


 猛獣の手綱を責任を持って握ることが俺の使命なのだ。仮に離してみろ、一瞬にして目の前が血の池と化してしまう。


「あ、あの女は……貴様の連れか──……!?」


「「「ヒィィィッ!」」」


 後輩の方を見て途端に怯える男四人。


 各々が手に持っている武器を構えて我が身を守る勢いでいるなか、俺はとある提案をした。


「お前たちの長と話がしたいんだけど、村まで案内してもらえるか。言うことは聞くし、後輩──あの女のことは俺が責任を持って見張ると誓う」


「え…………?」


 何を言っているのかと、そういった顔で俺を見てくる。


「ばっ……、な、何を言っているんだ……?あの女と共に村まで連れて行けと……、そんなこと、絶対に認めるわけがないだろう。村の者からいったいどれほどの犠牲が出るか……」


『よい。そのお方をお通ししなさい』


 一人の男の懐から突然、老爺の声が響いた。


「魔力水晶か」


 古くから伝達のために使われる、いにしえの魔法道具だ。


 こんな物を使っている村など、俺の知るうちではたった一ヶ所だけだ。


「長老っ!でっ、ですが……!」


『お前さんらではそのお方に万に一つも敵いはしない』

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