第6話 長老
小さい村でありながらその周辺には人の丈よりも高い壁が造られており、外から中の様子は見えない。
唯一見えるのは、高く設置された監視塔だけ。
村の内部へつながる門をくぐると、その先では数人が俺を待ち構えていたかのように、横に並んで立っていた。
一人二人と見覚えのある顔が並んでおり、中央にいる白髪の男とはしっかりと面識がある。この村の長老だ。
「突然押しかけてきてすまない」
「はっはっは……、まだまだマシな方ですよ。以前に魔物が群れでやってくると叫びながら侵入してきた一行様方に比べれば、まだまだです」
「あぁ……あれも申し訳なかったな。なにしろ時間の猶予がなくて、こちらも慌てていたもので」
最初に迫ってきた数体の魔物の後方に本体の群れがいたことは驚いた。
その数が数だけに、この村の目の前で防衛戦を繰り広げる他なかったのだ。
「ささっ、こんな所で立ち話するのも如何なもので、どうぞ中へお入りください。………他の方々はいらっしゃらないのですか?」
「……俺一人、と俺の後輩だ」
俺が勇者パーティを除名され、王国を追放させられたことを長老に話した。
「………そうですか、そのような事があったとは。今の国王はそれほどの者なのですか。……王国も地に堕ちたということか」
自らのことのように頭をかかえて悩んでいる長老。
俺はこの男の昔の経歴を知っているからいいが、他の人がこの様子を見た時には何を言っているのかと思うだろう。
「我々としても勇者御一行の方々には返しても返しきれない恩がございます。そういう事でしたら、アルク様が望むままこの村に滞在していただいて構いませぬ」
「そう言ってもらえるとこちらとしても助かるよ。村のみんなには悪いが、少しだけ居させてもらうとする」
「とんでもない」
勇者パーティでの冒険で生まれた出会いがこのような状況で活きてくるとは想像もしていなかった。
「そちらの女性は……?」
後輩の方をチラッと見てから俺に聞いてきた。
ここに来るまでに村人に対して威嚇するように牙を見せていた彼女はほとんどの人から恐れられている。
長老の護衛として隣に立っているガタイのいい男も、彼女をチラ見しては上擦った声をあげて即座に目を逸らしているのが見えた。
「俺の連れだ。村人に危害を加えないと約束する」
「分かりました。他の者にもそのように伝えておきます」
一切疑うことなく二つ返事で了承してくれた。
今は物理障壁を解除しており、拘束と操作の二つの魔法──実質操ることにしか魔力を注いでいないから一つの魔法──に力を入れているため、体力も魔力もミリほどしか消費していない。
「あっ、そうそうアルク様」
「……?」
長老が何かを思い出したようにハッとして俺に向き直った。
「勇者御一行様方がこの村を救ってくださるきっかけとなった少女を覚えていらっしゃいますか?」
「ああ、覚えているぞ」
俺たちが村を離れる最後の最後までヘルトと一緒に行くと言って聞かなかったあの娘だろう。
身体の悪い母親を看病しながらも村の仕事頑張っていると聞き、とてもいい娘という印象だ。
「あの少女のところへ行ってみては如何ですか。今頃は、アルク様の魔力を感じ取っているやもしれません。とても会いたがっていますよ」
長老が何をいっているのか分からなかった。
あの少女が俺に会いたがっているだと……?
「少女…………?ねぇ先輩、いったいどういう事なんですか?」
背後から殺気紛いの優しい口調で後輩が聞いてくる。
聞かれていることをそのままそっくり返したい。
だって、最後には往生際の悪い娘だなという印象しか──
所定の建物の前に辿り着いたその時、扉が開かれた。
「あっ……ども」
あの時の少女だ。
ヘルトと顔を合わせていた時とは雲泥の差とも言える無表情顔で俺の顔を見ると、すぐに興味をなくして通り過ぎていった。
手には洗濯物が入ったカゴを持っていた。
「──あっれれ〜っ?せんぱーいっ、これってどういう状況ですかぁっ?」
この場に突っ立ったままの俺に向かって、背後から小馬鹿にするような喋り口調で問いかけてくる後輩。
「さっきの人、先輩なんてどーでもいいみたいですけどっ、もしかしなくても期待してましたよねっ、ねっ?」
「先輩に会いたがっている人なんているはずないんですよっ。そんな哀れな先輩のために、この後輩ちゃんが一肌脱い j ───ッ」
そのムカつく声の主は物理的に遮られ、次の瞬間には背から途轍もない魔力を感じた。
「ごしゅじんーーーッ!」
モフッとした感触とともにズシっとした重さが背中にのし掛かった。
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