第4話 後輩
王国領土を出てから少し歩いたところで、俺は歩みを止めた。
勇者パーティ内での索敵はレシルの得意分野であったが、魔法に頼らずに周囲から気配を察知する勘は昔から備わっている。
王国を出る前から後ろをつけてきている人物がいることも分かっていた。
というか、隠れてつけてきているくせに存在感を微塵も隠す気がないのか、魔力で気配をダダ漏れにしている。
感じる魔力に見覚えがあったからいいものの、そうでなければ俺を狙う敵と断定するところだった。
立ち止まった状態で後ろを振り向くことなく、俺は初級攻撃魔法を少々強めの威力で後方にいる人物に向けて放った。
直後に起きた爆発で、物陰に隠れているであろうその人物に当たったかと思われたが、相手にとってはこれは予期していた事なのだろう。
「──あっははッ、惜しかったですねっ?」
フワァっと背後から包み込むようにして腕を回され抱きつかれた。
背中から感じる柔らかい感触が強烈に伝わってくる。
それと同時に首に突きつけられていたナイフの冷たい感触も伝わる。
「私にだけ手加減を一切しないそういうところ、大好きですよ……せーんぱい♡」
とろけるような甘い声が耳とゼロ距離のところから鼓膜を刺激してくる。
俺は動揺することなく自らに魔法陣を展開した。
「あはッ、また逃げた。先輩の照れ屋さん」
離れた場所へ転移した俺を見て先輩と、そう言ったのは紛れもない俺の後輩だ。
「手加減はしているぜ。いくらイカれているとはいえ後輩を殺す気はないからな、たとえお前が望んでいようとも」
「そんなぁ……私は嬉しいんですけどね。それとも、私が女だからですか?」
手に持っているナイフで突然自らの左胸──心臓部を突き刺した。
「ぐッ……ふっ………」
当然、口から血を吐き、刺した箇所からも血がボトボトと流れ落ちていく。
俺は彼女の全身に魔法陣を展開させ、流れ落ちる全ての血を止め、自傷した箇所を治癒した。
そして俺がこうする事を当然のように分かっていた彼女は嬉々とした表情で自らの身体を抱きしめた。
「あぁ……先輩の魔力が私の身体に染み込んでいくのを感じます。先輩の一部が私のものに………とっても気持ちいいです」
「……そうかよ」
昔から変わっていない彼女に対して俺も驚く事はない。
「それで、堂々と俺の後をつけてきて何の用だ?」
「用なんてありません。ただ先輩が王国を出ようとしていたので着いてきただけです。クソ国王諸共皆殺しにしようかとも考えたんですけど、そんなことをしても先輩は喜ばないかなって思ったのでやめました」
「後輩お前……成長したな」
暗殺者である彼女があの場を見ていたことなどもはや周知のこと。
しかし、彼女が俺のことを考えて行動したことに俺は感動した。
「な、なんですか……そんなの当たり前じゃないですか。私には先輩がこの世の全てなんですから」
近寄り、彼女の頭を撫でてあげると途端に小動物らしい可愛さを見せた。
いつもこうなら良いんだけどな……
「一万歩譲ってあの勇者パーティのやつらのことは許せていましたが、先輩が勇者パーティを除名されたのなら、私が先輩と一緒にいても何も問題はないですよねっ?」
「え?」
「いいですよねっ?ねっ?」
「あ、あぁ……まあいいけど」
「やったぁー♡」
俺が同意しようとしなかろうと彼女には関係ないのだろう。
彼女が持っていたナイフ、あれには薄い魔力で常時コーティングされている。速度と切れ味を上げるためだ。
それは俺が前に彼女に教えたこと。
さきほど首にナイフを突きつけられた時に今も欠かさず俺の教えに従っていることが分かった。
そして王宮の正門前の道端で刺されて倒れていた狂気の女。
女の刺し傷から微細な魔力を感じたため、痕跡を辿ってみれば見事に後輩のものと合致した。
あれは近衛兵が殺ったのではなく、彼女が殺ったもので間違い無いだろう。
いやまあ、彼女が人を殺すことは常々あることだし、今更という感じはある。
全く面識もなければ、俺が勇者パーティを除名される経緯に至らせた張本人というわけでもある。
今回ばかりは彼女を責める気にはなれない。
こんな殺人気質だが、一応は俺の唯一のかわいい後輩なのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます