第3話 過去

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 ───


「おいヘルトー!向こうから魔物が数体来てるぞ」


「ちょっと待ってくれ、アルク。今それどころじゃないんだよ」


 こちらには目もくれずに、目の前のことを解決しようと全力を注いでいる。


「そんなペットがどうしたってんだよ?このままじゃソイツだけじゃなくてみんな魔物に食われて終わりだ」


 歩いていたところにたまたま通りかかった女の子が俺たちに助けを求めに走ってきた。


 四人で急いで向かってみれば、女の子の使い魔が奥深くの井戸の下に落ちていたのだ。


 人以外の救出を頼まれたのはこれまでで初めてのことだった。


 井戸が深すぎて俺の魔法でどうにかできるものでもなかったのだが、突然ヘルトが装備を外し始めて井戸の中を降りていった。


 心配そうに様子を見守る女の子の心を安心させたかったのか、ペットの魔獣をただ助けたかったのか。


 俺の親友はそのどちらも選択してこの中に入っていったのだろう。


 こちらに迫ってくる魔物の反応は決して少なくはない。


 一つ一つに強大な反応は感じられない。


 堅実にいくならば、俺とレシルで連携をとりつつミーファから後方支援をもらうのが良いだろうか。


「──僕の親友はそんなにやわではないだろう?頼りにしているからね、アルク」


 井戸の中から大声でそう叫ぶヘルトの声が聞こえた。


 まったく、中々どうして無理難題を押し付けてくる親友のようらしい。


「それでっ?私とミーファの手は必要なのっ?」


「……いや、全くもって必要ないさ」


 右手に身の丈サイズの魔法杖を召喚し、一人でに魔物の迫る方向へと歩いていく。


 途中でペットの主人の女の子が心配そうに俺に声をかけようとするも、レシルが優しくそれを阻止した。


 仲間が付近にいない状況ではむしろ俺にとっては好都合というものだ。


 なにしろ他に気を使う必要なく思うがままに魔法を放つことができるからだ。


 思う存分、暴れさせてもらうとしよう。




「……あんた、その服どうするのよ」


「いやぁー……楽しくなっちゃって、つい……」


 魔物を片付けて帰ってきて早々、レシルからお叱りを受けてしまった。


 服の一部が若干焦げて黒くなっている。


 まあ、またどこかで服を買えばいいでしょ──


「──とか思っているのなら大間違いよ。これまでにいったい何着新しいものを買えば気が済むのよ」


「えっ、いやでも、それじゃあ──」


「私が可愛く縫ってあげる……」


 突然ミーファがレシルの隙間から顔をヒョイっと見せてそう言った。


「あら、いいの?こいつなんか焦げてもずっと着させていればいいのに」


「ん……私がアルクの服、縫って直したい」


「そう、ならお願いね」


 俺の行きつく暇もなく、ミーファが俺の服を縫ってくれることに決まった。


 そして俺が帰ってくるのと同時間にヘルトが井戸から出てくるのが見えていた。


 ヘルトが手に抱えているのは小型の魔獣、いや……


「なあ、あれって聖魔獣の類じゃねぇか?なんだっけ名前」


「えっ、そうなの?全然分からないわ」


 聖魔獣種は古い文献にさえ細かく記していることはなく、前にたった一冊の本から聖魔獣について知った程度なのだが。


 まだ幼い姿のようだが、本当にあれが聖魔獣だとしたいったいどれほど大きく成長するんだか。


 その事について女の子に話しかけようとしたが、どうやらそれどころの様子でもない。


 自らのペットには目もくれずにヘルトに猛接近している。


 ヘルトに話しかけている女の子の顔はどう見てもメス顔そのものだ。


 毎度毎度、異性を惹きつけるチャーミングの類の魔法でも発動してるんじゃねぇかと疑ってしまう。


 ただヘルトが本気で困惑した表情でこちらに視線を送るのを見ると、そんな事はないということだろう。


「ね、ねぇ……アルク。そこ……」


「ん?」


 レシルもまた、困惑といった表情で俺の足元に視線を落としている。


「キュィッ」


 同じく視線を落としてみれば、可愛らしい鳴き声を漏らしながら俺の顔を見ている小さい生き物がいた。


 否、それはヘルトが抱き抱えていたであろう、女の子のペットだった。


 いつの間にここにきていた。


「どうしたんだ?ん〜?」


 抱きかかえてあげると嬉しそうな表情をして見せた。


 井戸に落っこちていたためか、全身の毛が黒茶色く汚れている。


 小さく魔法陣を描き、こびり付いた汚れをきれいに取ってやれば、その下には真っ白な毛が見えた。


「綺麗な毛並みだな、お前」


 フッサフサの毛に包まれたその姿はやはり神秘的な存在感を放っているように感じる。


 というか、抱き上げた瞬間からゾクゾクと魔力をこのペットから感じていた。


「ちょっとアルク、こんな可愛い子に向かってお前だなんて、可哀想じゃない」


 俺の腕の中で暴れることもなく大人しく抱かれているペットを撫でながらレシルが言った。


「この子が女の子だったらどうするのよ」


「どうするって……別にお前でもいいだろ。名前知らないんだから」


 ペットの主人である女の子はヘルト以外を視界に入れていない。名前を聞くどころでもない。


「キュィーッ」


 俺の胸あたりに顔を擦るようにして真っ白な毛並みがフサフサと流動する。


「あら、なんかアルクに懐いてるみたいね」


「綺麗にしてもらったのがそんなに嬉しかったのか?」


「キュイッ、キュィッー」


 俺とレシルがペットに夢中でいると、ミーファが軽く服を引っ張ってきた。


「ヘルトが、そろそろ限界みたい」


 猛アタックされてグッタリとしたヘルトを見て、急いで駆け寄った。

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