第2話

 曇ってはいたが、展望台から見える景色は素晴らしかった。眼下に広がる街のシンボルである城も、この展望台より下にある。今僕は歴史を見下ろしている。

 

 展望台にいる人間は僕だけだった。観光の季節ではないし、ここまで来るのも結構大変なのでそんなもんであろう。緑色の風見鶏のようなものが風に吹かれてカラカラと寂しく動いている。


 ベンチに腰かけて、何もせずボーッとしてみる。あとどのくらいここにいようかな。帰りたくないな。海が見えるじゃないか。帰りの新幹線は18時だから、あと5時間くらいは自由に動ける。ああ、あと5時間で帰るのか。

 

 だめだ、どうしても現実を考えてしまう。帰った後のこと、明日のこと。そういうのを忘れるためにここにいるのに。


 バサ。


 ――この音は。


 手すりの上にカラスがいた。僕の頭におどろおどろしい階段の景色が浮かんできた。そうだ、あそこに行けばいいんじゃないか。自転車はどうするんだって話だけど、そういうこと考えるからダメなんじゃないか。


「もう遅い。」


 カラスが僕を否定した。


「全部気づいてはいたよ。」


「気が付くだけだったら誰でもできる。他の人間もそうだった。でも、みんなそれっきりだ。」


「そうか。」


「世界を変えたいんじゃないのか。」


「そこまでは。」


「現実から逃げたいんだろう?」


「それはそう。」


「現実から逃げるっていうのはそういうことだ。」


「そうか。」 

 

 なら、僕は明日も変わらずスーツを着て、地面を見ながら出社するんだな。


「はあ…最後のチャンスだ。」


「最後?」


「俺はお前の妄想か?それとも現実か?答えろ。」


「お前は…」


 バサバサバサ。


 鳥の羽ばたく音が展望台に響き渡った。

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