だから世界は変わらない

簿価1円

第1話

 月曜日まであと半日、その事実が僕をひどく焦らせる。レンタルした自転車のペダルを漕ぐ足に力が入る。アスファルトの道路が整備されていようが山は山。傾斜は電動アシストが付いていても23歳成人男性がきつくなるレベルだ。ふくらはぎにじわじわと痛みが広がり、息が切れる。でも絶対に止まらない。いち早く展望台に辿り着き絶景を拝むのだ。現実から離れることのできる時間を、少しでも伸ばすのだ。

 

 道路が細くなり、カーブが増えてきたところで後ろから車の音がした。道路の端に寄りながらそのまま自転車をこぎ続けようとしたが、疲労でふらふらしてしまう。

 

 やば、これじゃ抜かしてもらえないな。車の圧力を背中で感じながら、連続するカーブを進んでいく。気まずい、どこか避けるところは。足がさらに重たくなっていく。

 

 もう1つ左カーブを曲がったところで、道路の右側に路側帯が膨らんでいる場所を見つける。止まらずに登り切りたかったが、他人に迷惑はかけたくない。僕は広くなった路側帯で自転車を止め、車に抜かされるのを大人しく待った。

 

 黒いその車は思ったより後方にいて、僕がいようがいまいが関係ないとでも言うように、ゆっくりと坂を上ってくる。


 ――あれ、階段だ。


 路側帯の外側は崖になっていて、階段がうねりながら崖の下まで伸びていた。階段の先に行けば行くほど緑色が濃くなっていき、奥のほうは真っ黒だ。


 ――どこに続いているんだ。


 予想外の発見に非日常に飢えた心が踊る。誰がこの道を使うんだろう、どうしてこんなに暗いんだろう。スマホを手に取ろうとして、やめる。調べたらつまらないだろ。好奇心と恐怖心で心拍数が跳ね上がっていく。自転車にロックをかける。

 

 階段を2段ほど降りると、前方の木がガサガサと揺れて、そこからカラスが降りてきた。カラスは10段ほど下で僕をじっと見つめている。

 

 なんだよお前。そう声をかけようとした時だった。


「あ。」


 ゴオっという風を切りながら、背後を車が通過した。CMでよく見かける、水色のミニバン。思ったより遅かったな。行き先は同じかな。あ、そうだ展望台。スマホの地図アプリを開くと、展望台はもう少しだった。ズームしてみると、現在地から右に細い道がグニャグニャと伸びている。へえ、下の駐車場まで繋がっているのか。

 

 時刻は12時8分。コードを入力して自転車のロックを解除する。電源をつけて、僕は再び山道を上り出す。


 ガサガサと、後方で木が揺れる音がした。

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