第14話 根芝ぶべちょぶぶらちょ
◆根芝視点◆
少女の怯えた表情が好きだ。
夜、気に入った女の子の二十メートルくらい後ろをわざと歩く。そういう遊びをよくしている。
もちろん家までついていくことはしないし、それをするのはほんの数分だけだ。自分はストーカーなどではないということを示すため、途中で少女の進行方向とは違う道に逸れて、家に帰る。
善い行為では決してないだろう。しかし、やめられない。少女がおれをストーカーではないかと疑い、ときおり怯えた表情で振り返る。そのときの顔がたまらなく好きで、やめることができない。
いいじゃないか、ほんの数分だけだし、直接手を出すことはしない。犯罪もしてない。少し怯えさせるだけだ。
これくらいいいだろ、べつに。
そんなふうに、この遊びを始めてから数週間が経った日に、異変が起きた。
いつものようにこのストーカーまがいの行為をして家に帰ると、変な緑色の丸っこいのがリビングにいるのだ。
「なんだ、おまえ……」
「ぶべちょぶぶらちょ」
そいつは、人間みたいな声でそう答えた。
ん? なんか、聞き覚えがあるな……。どっかで……たしかゼミで那谷屋がそんなような名前を出していたような……。
まさか、これがそうだってのか?
いや、まさか……。
*
今日もあの遊びをした。小さくて可愛い塾帰りの女の子を、今日はターゲットとした。
しかし、途中で那谷屋のやつに出会っちまったせいで、切り上げないといけなくなっちまった。
今日はあまり追いかけられなかったせいで、嗜虐心を満足させられていない。イライラする。
最近、よくあの遊びをしているときに那谷屋のやつに会う。
あいつのせいで、途中で止めないといけないじゃないか。クソッ!
……あいつ、もしかして狙って現れてるんだろうか?
不審に思っていそうな顔をしていたもんな……。クソッ、遊ぶ場所を変えようかな。
「ぶべべべぶぶ、ぶぶぶぶぶぶぶぶべべべべべべべべべべ、ぶぶぶぶぶぶぶぶベベベベぶベベベベベベぶ」
ムカムカしながら家に帰ると、相変わらずぶべちょぶぶらちょがいた。
こいつが来てから、一週間以上経つ。夜も鳴くせいで、うるさくて寝られない。
「ぶべべべべべべ、ぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶ、ぶぶべぶぶぶべべべ、ぶぶぶぶぶぶぶべべぶぶぶぶべべぶぶぶべべぶぶぶべべべべぶぶぶ」
「うるさいっ!」
ぶべちょぶぶらちょを蹴る。
「ぶべべべべべ、ぶぶぶぶべべべべべべべぶべべべぶぶぶべべべべべべべぶべべべぶべぶぶぶべべべぶぶぶぶぶ」
こいつは見下すような目でおれを見て、鳴き続ける。
「なんだ、その目……」
「ぶぶぶべべぶぶぶぶぶべべべべべべべぶぶぶぶぶぶぶぶぶべべべべぶぶぶベベベベベベ」
「なんだその鳴き声……」
「べべべべぶぶぶぶぶぶべぶべべべぶべべべべぶぶぶぶぶぶぶべべべぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶ」
「やめろぉっ!」
「べぶぶぶぶぶぶべぶべべべべべぶぶぶぶぶぶぶべべぶぶぶぶぶぶぶ! ぶぶぶぶぶべべべぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶ!べべべべべべべべべべぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶ! ベベぶぶベベベベぶベベぶベベベベベベベベベベベベ! ぶぶぶぶぶベベベベぶベベベベベベベベベベ!」
やめない、やめてくれない。
頭がおかしくなりそうだ。
こいつの、おれを責めるような目を見て、ふと思う。
もしかして、こいつは……こいつは、おれを、糾弾しているのか?
おれに罰を与えているのか?
*
ぶべべべべべぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶべべぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶべべべべぶぶぶぶぶぶぶぶぶベベベベぶぶベベぶぶベベベベベベぶぶベベベベベベベベベベぶぶぶぶベベベベ――
最近、あいつがいない場所でも、あいつの鳴き声が聞こえてくる。
もう、だめだ。なんか、たまに「ぶべ」とか「べべぶ」とかぶべちょぶぶらちょみたいなことを、無意識で言うようになってしまった。
おれは、ぶべちょぶぶらちょになってしまうんだろうか?
いやだ、いやだ、なりたくない、あんなのになりたくない。
なりたくないなりたくないなりたくない、ぶべ、なりたくない、なりたくない、ぶべ、なりたくないぶべべなりたくないぶぶなりたくない、
なりたく……ない……
ぶべ……べべべ
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