第13話 根芝

 あれから、美斉津と三廻部の姿を見ない。

噂によると、二人は親によって精神病院に入れられたらしい。正直、入れられて直るようには思えなかった。

 今日のゼミは、二つ空席があった。美斉津と細呂木谷のだ。

 細呂木谷は、三廻部と美斉津が精神病院に入ったことが相当ショックらしく、家で塞ぎこんでいるらしい。


「なーんか、ここのゼミもむさくるしくなったよなぁ」


 講義が終わって先生が部屋を出てった直後、陽一がうんざりした顔で言う。


「なんでだ?」


 陽一に訊くと、


「ただでさえ二人しか女がいなかったのに二人とも来なくなったからだ」


 それを聞いて、みんなが苦笑する。


「だいじょうぶかなー、二人とも」


 心配そうにため息を吐く南波留。

 大丈夫じゃないだろうな……。細呂木谷はともかく、美斉津がここに戻ってくる日はあるのだろうか……。


「美斉津は精神病院に入院しているんだっけ、ぶべ、精神病院ってどんなところなんだろうな、べべぶ」


 根芝が携帯ゲーム機をしながら発言する。

 ぶべ? べべぶ?

 まさか、あいつも……。


「ぶべ、べべぶ、てなんだよ? きもちわりぃな」

 

 陽一が眉をひそめて根芝を見る。


「え? おれ、そんなこと言ってた?」

「ああ」


 陽一が頷くと、根芝は顔から脂汗をドバドバと出した。陽一がそれを見て、


「どうした、そんな汗かいて?」

「い、いや、暑くてさ」

「痩せろ、太ってるから熱いんだよ」

「ははは」


 陽一が怪訝な顔をする。

 普段の根芝なら、ここで文句のひとつでも言うはずだ。なのにそうしなかった。明らかにおかしい。


「じゃ、じゃあ、そろそろ帰るわ


 そそくさと部屋から出る根芝。おれも講義室から出た。そして、あいつを追いかけ、呼び止める。


「根芝っ!」

「な、なんだよ?」

「ぶべちょぶぶらちょ」

「そ、それはっ……」

「聞き覚えあるだろ、この名前に」

「あ、ああ……」

「おまえの家にもいるんじゃないのか?」

「あ、ああ、いるよ……もしかして、おまえの家にもいるのか?」

「ああ。おまえ、さっきの様子を見ると、そうとうやばいんじゃないか?」

「そ、そうかもしれない……最近、家にいなくても、アイツの鳴き声が、ぶべ、聞こえてくるんだ。それを聞いてると、ぶ、ぶべ、頭がおかしくなりそうで、べべぶ、だんだん、おれも、ぶべ」

「お、おい、大丈夫か」

「ぶ、ぶべべ、頭が、おかしく、ぶべべ、なりそう、ぶぶぶぶ、で……ぶ、ぶぶぶぶぶぶ」

「お、おい、根芝っ!?」

「ぶぶぶぶ、べべべべべべべ、ぶぶぶぶ、ぶべべべべぶぶぶぶぶ、ぶぶぶぶぶぶ、ぶべべべべべ、ぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶ、ぶべべべべべべ」

「ね、し……ば……」

「ぶぶぶぶぶベベベベベベぶベベベベベベぶベベベベベベベベベベ、ぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶベベベベぶベベぶベベベベぶぶベ、ベベベベベベベベベベベベベぶぶベベベベベベベベベベぶぶベベベベベベぶベベベベぶベベ、ぶベベベベベベぶベベベベベベベベぶぶベベベベベベベベベベ」

「う、うわぁぁぁぁぁ」


 根芝もぶべちょぶぶらちょになってしまった。

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