第12話 三廻部ぶべちょぶぶらちょ

◆三廻部視点◆


 美斉津のことは美人だから、前から気にはなっていた。でも、既に細呂木谷と付き合っているし、浮気するつもりなんて全くなかった。

 だけど、美斉津のやつが、まさかあんなことをしてくるなんて思わなかったんだ。


 美斉津と初めて会ったのは、遊園地にダブルデートをしにいったときだ。そのときから、時折ねばつくような視線を彼女から感じていた。

 自分で言うのもなんだが、おれはモテる。だから、自分に惚れてる女の目というものが経験上わかる。美斉津はおれに惚れている目をしていた。

 だけど、おれからアプローチをかけることはなかった。しかし、向こうからかけてきたんだ。しかも体を使って――

 遊園地のダブルデートから二週間が経った日、大学内にある本屋で、たまたま美斉津と会った。


「あ、三廻部君」

「美斉津さんか」

「なんか買うの?」

「ああ、レポートの参考文献に、なんか買おうと思って」

「へー。ね、LINEのID交換しない?」

「いいよ」


 このとき、深く考えずに交換してしまった。これからまたダブルデートなどで関わる機会があるかもしれないし、連絡がすぐにできるようにしたほうがいいと判断したためだ。今思うと、軽はずみに交換してしまったと思う。

 その翌日のことだ。大学の講義が全て終わって、帰ろうとしたときのことだ。

 美斉津からLINEがきた。内容は、『今、時間ある?』

 『あるよ』と返すと、『今すぐ6506室に来て』と送られてきた。

 なんだろう、と思いながら、その講義室に行った。

 入ると、その時間は講義が入っていないのか、美斉津以外はそこにだれもいなかった。


「なんの用だ?」

「うふふ」


 美斉津は妖艶に微笑む。なんだか嫌な予感がした。


「ねぇ、私たち付き合わない?」

「……だめだ。おれにはすでに彼女がいる」

「いいじゃない、ねぇ」


 彼女は上着を脱ぎだした。彼女の白い肌と、ブラジャーをつけていてもわかる形が良くて豊満な胸が露になる。彼女はおれとの距離を詰めてくる。

 嫌な予感が的中だ。


「な、なんのまねだ」

「今からさ、いいことしない?」

「いいことってなんだ?」

「わかってるくせに……」


 彼女が抱きついてきた。いい匂いがして、劣情が湧きあがってくる。おれの背中をいやらしい手つきで撫でてきて、ますます昂ってくる。

「や、やめろ。おれには、細呂木谷が……」

「いいじゃない、べつに」


 首を長い舌で、ヌベロォ、と舐められる。


「う、あ、お、おまえ、細呂木谷の親友のはずだろ……なのに」

「関係ないわ、そんなの。ねぇ、私としましょ?」

「だ、だめだ、だめだ……」

「とかいって、体は正直よ?」


 彼女がおれの下半身に手を伸ばす。

 おれは、とうとう理性が崩壊してしまった。


          *


 あれから、美斉津とふしだらな関係を続けてしまっていた。体が抗えなかった。おれはまだ細呂木谷のことが好きだった。だけど、美斉津と関係をたつことができなかった。

 おれが悪いのだろうか?

 いや、あいつが、美斉津が悪いんだ。あいつがあんなことしてくるから……。おれは、悪くない。悪くない。しかたがないじゃないか、俺だって男なんだから……。


 あいつと浮気してから一週間ぐらいしたころ、ぶべちょぶぶらちょが現れた。

 突然だった。家に帰ってくると、「ぶべべべ」と変な鳴き声で鳴くキモイ生物がいるのだ。不気味なやつで、殴っても蹴っても効かないし、家から追い出してもいつのまにか戻ってくる。不思議なのは、名前を訊くと、それだけ人間らしい声で「ぶべちょぶぶらちょ」と答えることだ。


 それから、ぶべちょぶぶらちょの鳴き声がうるさくて眠れない日々が続いた。

 ヤツが来てから一週間以上が経ったある日。その日はおれの家に美斉津が来ていたのだが、彼女が変な事を突然言い出した。


「ぶべ」

「……どうした?」

「え? あ、な、なんでもない」


 顔を真っ青にしてうろたえる彼女を見て、また嫌な予感がした。

 数日後、嫌な予感は的中した。

 彼女からLINEがきたのだが、衝撃的な内容だった。

『ぶぶべべべべべ、ぶべべべべべ、ぶぶぶぶぶぶぶべべべべべべ』とぶべちょぶぶらちょみたいなメッセージをずっと送って来たのだ。

 まさか、彼女の家にもぶべちょぶぶらちょが!?

 そう思い、美斉津の家に向かう。合鍵で解錠して彼女の家に入る。

 だが、そこには、ぶべちょぶぶらちょはいなかった。


「ぶべべべべべ、ぶぶぶべべべべべぶぶぶぶべべべべべべ」

「な……」


 いたのは、ぶべちょぶぶらちょのように鳴く美斉津理香だけだった。


「ぶぶべべべべべ、べべべべべべべべぶ、ぶぶぶべべべべべ」

「ひっ」


 おれは気持が悪くなって、その家から逃げるように出ていった。


          *


 数日後、おれは悩んでいた。

 彼女はどうなるんだろう。どうすれば彼女は元に戻るんだろう。いや、元に戻るのか、あれは?

 今は講義中なのだが、教授の話に集中できない。

 ――ぶべべべぶぶぶぶぶべべべぶぶぶぶべべべぶぶぶぶぶベベベベぶぶぶぶぶベベベベベベベベベベぶぶぶぶぶぶベベベベぶベベベベベベぶベベベベベベぶベベベベベベぶベベベベぶベベベベベベベベベベベベベベぶベベベベベベベベぶぶベベベベベベぶベベベベベベぶベベベベぶぶぶベベベベベベぶベベベベベベぶベベベベぶベベぶベベベベベベ――

 最近、家にいなくても、アイツの鳴き声が頭の中でするようになってきた。

 正直、他人の心配をしている余裕がない。


 ふと、気付く。

 もしかして、おれもそのうち理香みたいになるのか?

 い、いやだ、

 あ、あんなふうになりたくない。

 いやだいやだいやだいやだいやだいやだイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダ

 イヤダ、イヤダ、イヤダぶべ……。

 え、ぶべ?

 そ、そんな、い、いまおれ……

 い、イヤダ。ぶべちょぶぶらちょみたいになりたくないっ!

 なりたくない……ぶべ。

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