第7話 ぶぶぶぶぶぶぶぶぶ

 翌日――

 今日は美斉津と喫茶店で会う約束をしている。

 大学が終わった後、この前の喫茶店にまた行く。

 店内に入ると、美斉津がすでに端っこのほうの席にいた。少しやつれた顔をしている。

 おれが向かいの席に座ると、彼女は不機嫌な顔で、


「遅い」

「悪い悪い、でも、一分前だぞ」

「はあ? 男なら待ち合わせの三十分前には来なさいよ」

「なんだそれ、女尊男卑的な考えだな」

「それぐらいでちょうどいいのよ、まったく三廻部なら――」

「三廻部? 三廻部って三廻部俊哉としやのことか? あいつがどうした?」

「……い、いえ、なんでもないわ」


 ごまかすようにコーヒーを飲む美斉津。

 なんかひっかかるな……。


「ところで、おまえ、なんか顔がやつれてるけど、大丈夫か?」

「そう? ……そうかもね。最近ぶべちょぶぶらちょのせいであまり寝られてないし……」

「わかるぜ。おれもそうだから」

「あんたのことはどうでもいいのよ……ふぅ、それで、なにか発見はあったの?」

「ああ、発見っていうほどでもないかもしれないが…………」


 いろいろ試したことを話した。


「…………ふーん、叩くのも切るのも火で炙るのも効かない……」

「ああ、切ってもすぐ再生するんだ。たぶん、あいつは無敵だ」

「無敵って……冗談じゃないわよ」

「ああ、おれもそう思うが、事実だ」

「……やっかいすぎるわ。なら、どうすればいいのよ……」

「なあ、あいつは本当に生物なんだろうか?」

「なんですって?」

「なんか、霊的な存在なんじゃないだろうか。おれたち以外には見えないし」

「……ふーん。なるほど、考えたことなかったけど、言われてみればそんな気もするわね」


 顎に手を添えて思案顔になる美斉津。やがておれの目を見て、


「今日はここまでね。引き続きぶべちょぶぶらちょにいろいろ試してみて」

「……おまえもなんかしろよ」

「いやよ。あんなキモイの見たくも触りたくも近づきたくもない」

「おいおい、おれにやらせといてそれはねぇだろ」

「いいじゃない。あんたは同じ気持ち悪いものどうしだから」

「ひどすぎだろ、おい」

「あ、私、彼氏待たせてるから。それじゃ」


 抗議の声を上げようとするが、美斉津は無視してその場を去っていった。

 くそ、相変らずムカツク女だな。彼氏を待たせてる? おれにだけいろいろさせといて、自分は彼氏とイチャイチャするつもりか? ふざけやがって。

 はぁ、おれも店を出るか。

 外に出て、大学の正門のとこまで行くと――


「ん、あれは、美斉津と三廻部?」


 正門をくぐって二十メートルくらい先にいったところに、美斉津と三廻部がいた。その二人は腕を組んで歩いている。仲が良さそうだ。ていうか、どうみてもカップルだ。

 おいおい、三廻部は細呂木谷の彼氏のはずだろ?


 ……浮気か?


 あ、キスした。完全にあいつらできてやがる。

 数秒だったが、あの二人は唐突に立ち止まり、周りの歩行者にに見せつけるように口づけをした。

 美斉津のやつ、三廻部が細呂木谷の彼氏と知ってるはずだよな。よく細呂木谷と仲良さそうに話しているし……。

 今日はバイトがある。三廻部も来るはずだ。問い質してやる……。美斉津のやつにも今度訊かないとな……。


          *


 バイトが終わると、帰る前に隣の三廻部に訊いた。


「三廻部、おまえに訊きたいことがある」

「なんだ?」

「今日、おまえと美斉津がキスしているところを見たんだが……おまえ、細呂木谷とまだ付き合ってるはずだよな?」

「………………」

「おい、なんとか言えよ」

「おまえには関係ねぇだろ」


 三廻部は荷物を持って立ち上がり、足早に歩き出す。


「あ、おい! 待てよ」


 おれの制止を無視して、あいつは部屋を出て行く。

 ……あの様子、完璧に浮気だな。

 明日、美斉津のやつにも問い質そう。

 そう決意して、荷物をまとめておれもバイト先を出た。

 帰り道の途中、また住宅街で根芝に出会う。野球帽をかぶっているが、後姿であいつだとわかる。


「根芝、また会ったな」

「な!? なんだよ、おまえかよ」

「そんなびっくりすることないだろ」

「うるさいな。おれは急いでるんだ。じゃあな」


 そう言ってあいつは小走りで進み、曲がり角を曲がって消えた。

 変なやつだな……。

 三十メートルくらい先には、後ろを振り返りながら走っている女の子がいた。

 あいつ、やっぱり変なことしてるんじゃないか……?

 疑念を抱きながら帰り道を歩く。途中でまた『もっとほっと』に寄って弁当を買って帰った。

 家に着くと、また弁当を食べながら2ちゃんで有名人を叩く。

 今日もバイトでアポが取れなかった。課長や先輩に怒られた。美斉津のやつがムカツク。

 それらのストレスを有名人の悪口をネットに書き込むことで発散する。


「ぶべべべべべべべべべべべ! ぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶべべべべべ! べべべべべべべべべべべべべべべ! ぶぶぶベベベベベベぶぶベベぶぶベベベベベベベベ!」


 ぶべちょぶぶらちょは相変らず鳴き続けている。いつにも増して嬉しそうに……。

 この鳴き声を聴いていると、頭が狂いそうだ。

 いいかげん、どうにかしたいな……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る