第3話 ぶらちょ
あいつの鳴き声を聞きながら、ごはんを食べてテレビを観て2ちゃんねるを見て、そして寝床に入った。
最悪だった。食べてるときも寝ているときも心が休まらない。
何度も家から追い出した。でも、おれがトイレなどに行っている隙に、いつのまにか家の中に戻っているのだ。
なんなんだよ、こいつは!?
気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い
「ぶぶぶぶぶ、ぶぶぶぶぶ、ぶべべべべべべべべべぶぶ、ぶ、ぶべべべべべべ、ぶぶぶぶぶぶ、ぶぶぶぶぶ」
「うるせえ!」
寝られない。うるさくて、寝られない。
「ぶぶぶぶぶぶ、ぶぶぶぶぶ、ぶべべべべべべぶぶ、べべべべべべべべべ、ぶぶべべべぶぶ、べべべべべべ」
うるせえうるせえうるせえうるせえうるせえうるせえうるせえうるせえうるせえうるせえうるせえうるせえ
「うるせえぇぇぇぇぇーーーーーーー!!」
起き上がり、ぶべちょぶらちょの元まで向かう。このウザイヤツを乱暴に掴むと、窓を開けて外に投げ捨てた。
今まではドアの外に出していたが、これなら戻って来ないんじゃないか、そう考えての行動だ。
外にいる人間の迷惑なんてもうどうでもよかった。そんなの、かまっている余裕などない。
今はとにかく、この不快な生物を家から追い出したかった。
「これで、寝られる……よな?」
ベッドに戻って、横たわった。
――――――――――
――――――
―――
「ぶぶぶぶぶ、ぶべべべ、ぶべべべべべべ、ぶぶ、ぶ、ぶぶぶぶぶ、べべべべべべべべべべべべべべべ、ぶぶ、ぶ、ぶべべべぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶ」
あいつの鳴き声で、目が覚めた。
まぶたを擦りながら起き上がると、あいつが定位置にいた。
ふ―-
「ふざ、けんなよ……」
「ぶべべべべべべぶぶ、ぶべべべべべべべべべべべべべべべぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶべべべべべべべべべべべべべべべ」
「なんでいるんだよオマエガァッ!」
「ぶべべべべべべべべべべべべべべべべべべべべべべべべべべべべべべべべべべべべべべべべべべべべべべべべべべべべべべ!」
なんなんだよ、
なんなんだよ……
*
「どうした? 目にクマができてんぞ?」
大学の食堂で、親友――
「ああ、寝不足なんだ……」
結局、昨夜はほとんど寝られなかった。あのぶべちょぶらちょとかいう意味わからんヤツのせいで……。
今朝は、あいつを家に残したまま外に出た。今ごろ、ひとりで鳴いているんだろうか……。
「ふーん、どうせ、夜遅くまでアニメ観たり2ちゃんしたりエロ動画観たりしたんだろ?」
「ちげぇよ、バカ」
たしかにそういう日もあるが、昨日はそうではない。
陽一はカツカレーをスプーンで掬って口に運びながら、
「じゃあ、なんなんだよ」
「……突拍子のない話なんだが、いいか?」
「なんだよ、気になるな。話してみろよ」
「すげえ変な話なんだが、笑わないか?」
「笑わない、笑わない」
「ほんとだな、じゃあ、話すぞ……」
――――――――――
――――――
―――
「はあ、なんだそれ?」
話を最後まで聞いた陽一の第一声がそれだった。
「ぶらちょぶべぶちょ? なんだよ、その名前、ハハハハハハハ! バカみてー。ハハハハハハハハハハハハハハ!」
「てんめぇ、笑わねぇっつっただろ」
「ハハハハハハハ! わりぃわりぃ、そのつもりだったんだけどさ、おまえがあまりにも変なこというからさ。ハハハハハハハハハハハハハハ!」
「信じてくれよ」
「信じられるかよ、ハハハハハ」
「てんめ、笑いすぎだろ。いや、マジなんだよ、マジ」
「ほんとかよ。そんなに言うなら、見せてみろよ、そのぶりぶりべぶちょとやらを」
「ぶべちょぶぶらちょだ。いいぜ、今日、おれの家に来いよ。見せてやる」
「いいぜ、見せてみろよ」
*
大学の講義が二人とも全て終わった後、おれの家に向かう。時刻はだいたい五時くらい。空が赤みがかってきた。
陽一をつれて、アパートの階段を上る。二階の突き当たり手前がおれの部屋だ。
「ほんとにいんのか?」
「いるさ」
からかうように言う陽一に、苛立ちをこめて答える。少し緊張しながらドアを開けて部屋に入る――
「ぶぶぶぶぶぶ、ぶべべべべ、ぶべべべべべ、ぶぶぶべべべ、ぶべべぶぶぶぶぶぶ、ぶぶぶベベベベぶぶぶぶぶぶベベベベ」
――あの声が、またもや聞こえてきた。
いた。アイツはまだここにいた。
「ほら、なんか変な鳴き声が聞こえてくるだろ?」
「いや、なにも聞こえんけど」
本心からそう思っているように言う。
え……?
「え、嘘だろ」
「嘘じゃねえよ。おまえこそ、嘘ついてんじゃねえの?」
「そんなはずは……」
陽一を連れて玄関から出てリビングに行き、部屋の明かりをつける。すると、あいつの姿がはっきり見えるようになる。
あいつはやはりいつもの位置――テレビの横にいた。おれはぶべちょぶぶらちょを指差す。
「ほら、あそこにいるだろ、緑色の変なのが!?」
「いや、なにもいねえけど」
「え、マジで?」
「マジだけど」
「そんなはずはない、ほら、あそこにいるだろ!」
テレビの横を指さし続けるおれを、陽一は憐れんだ目で見てきた。
「那谷屋……おまえ、病院行ったほうがいいぞ」
「行く必要ないわ!」
そんな……こいつには見えていない?
鳴き声も聞こえていないようだ。
どういうことだ……? ぶべちょぶぶらちょはおれの妄想の存在? 鳴き声も幻聴?
そんなはずは…………
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