隣の席の地味子が世界的アイドルで、僕にベタ惚れだった件

ウイング神風

隣の席の地味子が世界的アイドルで、僕にベタ惚れだった件

 六月は紫陽花の季節。

 ホームに立っている僕は、片手無線イヤホンを耳に入れてから満員電車の中に入っていく。

 イヤホンを耳に入れるとスマホを操作する。流す曲はもちろん、現在流行しているアイドルのレイちゃんの曲『紫陽花MYFlower』を流した。

 Aメロが流れると僕の心拍数は向上し、心が踊り出すような心地のいいメロディーだ。

 僕、中村光蔵はこのレイちゃんを推している。

 レイちゃんの曲を聴いていると、自分の人生に色鮮やかになっていく。

 満員電車の中でこの曲を聴いていると、この心地の悪い満員電車の中でも心は花が咲くようになる。鬱憤が消え去るのだ。

 僕はそんな心地いい曲を耳にしながら、心を揺らしていると、あるものに目に着く。

 一人の初老な男性が手を女子高生のスカートの中に入れようとしている。いうまでもなく痴漢行為だ。

 周囲を観察する。みんなその現場を知らないのか、見て見ぬふりをしているのか、誰もその初老のサラリーマンの行動を止めるやつはいない。

 なので、僕は前に出ることにした。


「ごめんなさい!」


 謝罪しつつ、満員電車の中を動く。僕が取った行動は、初老と女子高生の間に無理やり入ることにした。

 これで痴漢することはできない。とは言っても相手の痴漢行為を捕まることはできない。


「ちっ」


 舌打ちをする初老。僕の行動に苛立ちを隠せなかったのか、悪態行動をしてからその場を離れる。

 ……全く、こっちの方が舌打ちしたいよ。

 まさか、満員電車で悪態な行動をするなんて、信じられない。綺麗な音楽の目障りだ。と、俺は彼を睨みつける。

 そんな睨みが利いたのか、初老のサラリーマンはピクと体を跳ねてから、扉の方へ向かって歩く。

 やがて、電車は停車すると、扉を開いた。

 初老のサラリーマンは駅を降りて行く。背中が消えるまで見ていると、僕は一安心する。

 これで、彼の悪態行為を一時的に阻止することができた。


「あ、ありがとう」


 その女子高生は僕に礼をいう。

 彼女は丸い大きな眼鏡をかけ、長い三つ編みをした、どこにでもいる地味な少女が印象だった。

 目は大きな眼鏡に隠れ、ちょっと鼻筋が高い女の印象しかない。

 そんなお礼を言われた僕は、イヤホンを片方取ると、彼女を見る。

 地味な少女の正体は鈴木麗蘭だ。クラスメイトで、隣席の女の子だ。


「ん? ああ。ごめん、音楽聴いていた。ん? 君は……隣席の鈴木さん?」


 僕は記憶の中にある、隣席のクラスメイトの名前を口にした。

 すると、鈴木さんはびっくりするように答える。


「あ、覚えていたんだ。中村くん」

「うん。覚えているよ。いつもの朝、花の水をやっているのを覚えているからね」

「し、知っているんだ」

「もちろんだよ」

「だ、誰にも言わないでね。なんだか、恥ずかしいから」

「ははは。わかったよ。誰にも言わないよ」


 そんなことを話していると、と電車は学校の最寄駅に到着した。

 僕たちは電車から降りると、ICカードを改札口にかざし、出口の方へ向かっていく。

 本日は爽快で曇りひとつもない空の下。素晴らしい一日になる予感の朝であり、俺は思わず背伸びをする。

 隣に歩いている鈴木さんはくすくすと笑ってから、こう言う。


「中村くんって、音楽好きだね」

「うん。音楽好きというより、アイドルが好きって言った方が正しいかな?」

「アイドル?」

「鈴木さん、アイドルは知らないのか?」

「え、うん。詳しくないかな〜?」

「そうか。じゃあ、鈴木さんもレイちゃんの音を聴いてみなよ。絶対に気に入りよ」


 僕は片耳のイヤホンを彼女に差し出す。

 鈴木さんは苦笑いを浮かべながらイヤホンを取ると、自分の耳に入れた。

 それを見た僕は再生ボタンを押すと、Bメロの歌を流れ出した。いい曲がグッと心を掴む、今でも踊り出そうとしそうになる。

 上機嫌になっている僕を横の目に鈴木さんは子供のようにふふふ、と笑う。


「中村くんって子供みたいだね」

「そうかな?」

「うん。人生楽しんでいるみたいな」

「そうかな? 人生楽しむのが大事だと思うよ」

「え……」


 鈴木さんは鳩が豆鉄砲を喰らった顔になる。目をパチパチとして、どこか困惑したような顔がする。

 だから、僕は過去に読んだ哲学書のことを話す。


「人生は不条理になっている。僕たちは訳のわからない人生というゲームに参加されている。マニュアルもないし、誰も教えてくれない難しいゲーム。そんな攻略法もわからないゲームにどう生きるかが僕たちの課題だ。だから、僕はこの人生を最大限に楽しむことにするよ」

「人生は最大限に楽しむ……」


 反芻するように鈴木さんは小さくぼやく。

 僕も人生の勝ち組みな人間ではないからなんとも言えないけど、人生を最大限に楽しんでいる。それがアイドルの推し活だ。

 アイドルのレイちゃんを推すことが僕の人生の楽しみ方だ。


「あ、そろそろ行かないと、遅れる!」

「やばい! 行こうか! 鈴木さん!」

「あ、待って」


 僕たちはダッシュで通学路を走り抜ける。

 校門を通り、下校口に着くといそいでローファーに履き替えてから自分のクラスに向かった。僕たちは朝のHR開始の10分前に到着したのだ。

 自分たちの席に座ると、僕たちはお互い笑い合ったのだ。


********************************



 レイちゃんは世界的アイドルである。

 彼女はピンクなフリフリな衣装を纏ってステージの上に踊る。大きな黒い双眸に、三日月のような綺麗な瞼。顔の輪郭は綺麗な形をしている。

 綺麗なフリフリ衣装で踊り、魅惑な歌声を歌い。人々を虜にする。

 それが少女の覇道、レイちゃんである。

 最初にその姿を見た僕は、彼女の虜になった。

 始めた彼女のデビューの日は今でも忘れることはない。

 ステージで踊り出し、歌を歌う姿はセイレーンを連想させる。それを聴いたものは命を落としてしまう。

 僕は魅了にかかり、目を釘付けになる。

 気づけば、僕はチケットを購入し、ライブに赴いた。

 色んなグッズを買いためて、ペンライトで最前線でオタ芸を披露する。

 彼女の曲を頭に叩き込む。試験勉強を二の他にし、僕は彼女を最優先に生きることに決めた。

 僕の暗い人生に燈をくれたのはレイちゃんだった。

 だから、僕はレイちゃんのために人生を捧げようと思ったのだ。


**********************************


 翌日。僕はいつものように登校する。下駄箱で靴を履き替えようとすると、僕はとあるものに手に当たる。


「ん?」


 そのものを取り出すと、僕はある封筒があった。開封すると、一枚の小さな手紙が登場する。

 そして、丁寧に読み上げる。


『放課後、屋上で待っています』


 ……来たこれ!

 僕にモテ気が来た。

 これは絶対に恋文だ! 異論は認めない。なぜならば、これは下駄箱に入っていたのだ。


「いや、落ち着け。中村光蔵。お前はだアイドルオタクだ。モテ期なんてくるわけがない」


 そうだ。僕はキモオタだ。アイドルオタクだ。こんなラブレターが来るはずがない。だから、これはきっと虐めに使われる定形文だ。

 キモオタにモテ期は存在しない。あるのは幻想だ。青春というアオハルは嘘っぱちだ。

 経験談から言うと、これは碌でも無い呼び出し。

 僕は写真を撮られて、クラスに揶揄される運命が待っている。


「でも、行かないと、きっともっとやられる! ここは覚悟を決めないといけない」


 でも、行かないわけにも行かない。

 これが虐めであっても、行かないわけには行かない。でなければ、虐めはエスカレートしていく。

 全身震わせながら僕は放課後が来ないように祈った。

 誰にも見られないように手紙をポケットの中に入れると、僕はローファーに履き替えてから廊下に出た。

 ドクドクと、胸が鳴り響きながら僕はとてつもない緊張感に襲われながらクラスに入る。


*********************************


 時間の進みはは残酷だ。祈ってもない放課後にやって来てしまった。

 クラスはウキワイワイと別れの挨拶を交わしながらクラスから出ていく。みんなどうも活き活きとしていた。

 そんな活き活きとしたクラスメイトのは逆に僕の心は暗い、天気で表すと雨模様である。

 周囲のみんなが消えなくなるまで俺は黙って座っていた。

 なぜそんなことをしているかというと、覚悟する時間が欲しいからだ。せめて、5分後くい時間をくれ!

 動悸が強く打ち、僕はぎこちない顔になる。

 ……行きたくないよ。屋上に行きたくないよ。助けて! ナニエモン!

 でも、行かないと僕はひどい虐めに遭う可能性を考慮すると、今辛い思いをした方がいいと思う。辛いことは先にあった方がいいとのこと。

 なので、僕は荷物をまとめて、クラスに出る。

 忍足しで屋上に向かっていく。誰にも見られないように注意しながら屋上にゆっくりと行く。

 周囲からすればこいつ何やっているの? と冷たい目で見られているのは気のせいだと信じて。

 やっと、僕は屋上の扉の前にやってきた。 

 左右を見回す。誰もいない。

 もしかして、扉の向こうにスクールカーストの上級者がカメラを構えて待ち構えているのだろう。

 震えた手でドアノブを握る。鍵はかかっていない。

 立ち入り禁止である領域なのに、警備がザルなのはお約束。

 僕は、重扉を押して、開く。

 屋上に出ると僕はとある少女と出会う。


「待っていたよ。中村くん」


 優しい声で僕の苗字を呼ぶ彼女に僕は目を疑う。

 少女は黒い長い髪に、大きな黒い双眸に、三日月のような綺麗な瞼。顔の輪郭は綺麗な形をしている。

 その相貌は忘れたことがない。毎日、パソコンの背景画面に設定している人物。スマホの待ち受け画面にもその少女にしていた。

 俺は、恐る恐ると少女の名前を呼ぶ。


「レイちゃん?」


 すると、レイちゃんと呼ばれた少女はにっこりと僕の方へ魅惑な微笑みを浮かべる。


「はい。世界的アイドルをやっています。レイです! 中村くん」


 嘘だ。あのレイちゃんだと。それに、彼女は今僕の苗字を呼んだ?

 落ち着け、中村光蔵。

 これはきっと、ドッキリの番組だ。僕は知っている。きっと、背後から「ドッキリ大成功」と言う文字が書かれている看板を持ち出す人が来るに違いない。

 僕はずりずりと汗だくになっていく。


「今日は、あなたにお礼を言いたくてここに呼び出しました」

「お、お礼?」


 ……なんのことだ?

 僕が彼女に応援していることで、報われたのか?

 そう考えていると、レイちゃんは丸い大きなメガネを目にかける。


「あ……」


 その容姿は忘れることはない。

 彼女はレイちゃんではなく、僕の隣席にいる地味な女の子の鈴木麗蘭だ。

 昨日、僕は彼女を痴漢から助けた一人の女の子だ。

 まさか、隣席に座っている地味な子が世界的アイドルのレイちゃんだったなんて! 思いもよらなかった!

 僕は口を大きく開き、驚いていると、レイちゃんはくすくすと可愛らしく笑う。


「あなたが痴漢から助けてくれたのがこの私、レイちゃんです」

「…………」

「びっくりした? 中村くん」

「う、うん。すごくびっくりした」

「えへへ。ドッキリ大成功だね」


 テッテレーと僕の脳内にBGMが流れる。

 僕はドッキリをされたのか、と狼狽し出す。

 鈴木さんは眼鏡をとり、レイちゃんに変わると僕に顔を近よせる。


「ねえ、中村くん」

「はひ」

「私、あなたのことがすごく気になるの。お付き合い前提で交際を進めていいかな?」

「はひ! よろほんで!」


 何やっているんだよ、この馬鹿。

 噛んだ口調で何喋っているんだよ。馬鹿な僕!

 レイちゃんと付き合う? 夢だよね? こんなの? 

 こんなキモオタ隠キャがアイドルに好まれるなんて、恐れ多いよ。

 確かアイドルと付き合える確率は隕石が頭に降ってくる確率より低いと統計が出ているはず。なら、これはきっと甘い夢なのだ。

 そうだ。これは夢に違いない!

 俺はほっぺを強く引っ張る。

 ……痛い。現実だ。

 俺の奇行を見たレイちゃんはくすくすと可愛らしい笑いをこぼす。


「ふふふ。中村くんって面白いね」

「そ、そうだね!」

「じゃあさ。今週の土曜日。休みなの。付き合ってよね」

「つ、付き合う?」

「うん。そう。私、秋葉原って言うところに遊びに行きたいの。中村くんは詳しいかな?」

「た、多少は」

「じゃあ、土曜日の朝10時、秋葉原駅前に集合ね!」


 レイちゃんはそれだけいうと、手をフリフリと振ってからこの屋上から出ていった。

 パタン、と扉が閉まると取り残された僕は混乱する。

 一人だけ残された僕は、さっきの出来ことを頭の中で再生する。

 ……今、僕はレイちゃんにデートを申し込まれた。

 嘘だよね? え? 本当だよね?


「あああああああああああああああああ」


 僕は床に悶える芋虫に成り変わった。

 あの世界的アイドルのレイちゃんにデートを申し込まれた。

 これは絶対に夢だ! 夢に違いない!

 キモオタにモテ期が来るなんて、青春が青くてキラキラしているなんて、僕かけがえのない素晴らしい人生を体験することになった。


********************************


 とうとうやって来た土曜日の朝。

 緊張過ぎて、昨夜は睡眠をとることはできず、目はパチパチだった。

 今日のデート、僕はやっていけるのか?

 秋葉原のJR電気街出口に僕は一人で立っている。

 服装はばっちりか? 白いシャツに黒い長いデニムパンツ。髪はワックスで固めて、前髪を立たせる。

 これなら特に恥ずかしい格好ではないだろうと、僕は自分につぶやく。


「お待たせ! 中村くん!」


 そんな自分の身嗜みを整えていると改札口から元気な声があった。

 振り向くと、サングラスをかけたレイちゃんがこちらに駆け寄って来た。

 レイちゃんの格好はオシャレだ。

 ホワイトなブラウスに淡いピンク色のカーディガン。短い青色のスカートに長いピンク色の靴下。

 あまりにも渋谷系女子と思わせる格好に僕の心臓は鷲掴みされる。

 ……レイちゃんの普段着。可愛いすぎる!


「あ、お、おはようございます」


 僕は緊張のあまりに頭を九十度下げる。

 それを見たレイちゃんはくすくすと笑いながら、僕を笑ってから挨拶を交わす。


「うん。おはよう。中村くん。やっぱり、中村くんは面白いね!」


 僕は顔を上げると、レイちゃんは笑みをこぼしていた。

 ステージよりも彼女は輝いて見えて、尊い。両手を合わせて拝めたい。

 サングラスでその正体を隠しているけど、僕はサングラス越しに彼女の魅力を感じた。

 これが世界的アイドルの魅力なのだろうか。


「じゃあ、行こうか!」

「ふえ? いくってどこにいくのでしょうか? レイ様」

「敬語じゃなくていいよ! 私のことはレイちゃんでいいよ」

「れ、レイちゃん」

「はい、よくできました」


 僕はぎこちなく彼女の名前を呼ぶと、レイちゃんはにっこりと花丸を僕にあげる。

 レイちゃんからジャスミンの匂いが鼻をくすぐる。

 ……やばい。クラクラする。

 いや、クラクラしてどうするんだよ! しっかりしろ、中村光蔵!

 俺は顔を叩いていると、レイちゃんはあ、と何か思い出したかのように放つ。


「そうだ。私、行きたいところがあるんだ」

「……行きたいところ?」

「うん! メイド喫茶! 一緒に行ってくれるよね?」

「はい、喜んで!」

「じゃあ、行こうか!」


 レイちゃんはそういうと右手を僕の方に差し出す。

 僕はその意味を知らずに困惑していると、レイちゃんは僕の手を掴む。


「手繋いで歩こう!」

「ふえ!」


 僕がアイドルと手を繋いで歩いている!

 握手会の抽選すら当たったことがない僕が、世界的アイドルと手を繋いで歩いている!

 これは夢……じゃなくて現実だ。

 手の感触が暖かくて、小さくて、心地よいものだ。

 僕はレイちゃんのアイドルと手を繋いだまま秋葉原というオタクの街を歩くことになった。


*********************************


 そして、やって来たのは秋葉原の大手メイド喫茶。

 店内に入ると、可愛いメイドさんの店員が数人で出迎えてくる。


「お帰りなさいませ。ご主人様、お嬢様」


 一斉にかけ声を上げると、僕はドキッと心臓が一拍だけ強く打つ。

 初めて来たけど、こんなに可愛いメイドさんたちが勢揃いするなんて、思わなかった。


「じゃあ、こちらの席をどうぞ!」

「ありがとうございます!」


 レイちゃんは席に案内するメイドにお礼を言うと、席に座る。

 僕も彼女の向かい席、対面に座った。

 そして、メイドはメニューを僕たちに差し出す。


「お嬢様、本日はスペシャルイベントがございます」

「スペシャルイベントですか?」

「はい、メイドの無料体験ができるのです!」

「うわあ、楽しそう! 中村くん! 私、メイドになってみるよ!」


 キラキラと目を輝かせながらメイドたちを眺めるレイちゃん。

 初めてのメイド喫茶にメイド体験することができる店はかなり珍しいのだ。


「では、こちらへどうぞ! メイド服をご用意していますので」

「はい! じゃあ、行ってくるね! 中村くん!」

「い、行ってらっしゃい」


 レイちゃんは手をひらひらと振ってから、スタッフルームに向かって行った。

 僕というと、一人でメニューを眺めて小腹を満たす献立はないか探している。

 しばらくすると、レイちゃんはメイド服姿で登場する。


「ドヤ! 私、レイちゃんのメイド服姿です!」

「ううううううう!」


 あまりにも可愛さに僕は膝を床につく。狼狽し、レイちゃんのメイド姿を拝める。

 まさか、世界的アイドルがメイド姿で僕の目の前に登場するなんて、思いも知らなかった。

 慌てて、僕は席に座ると、レイちゃんは「ははは、中村くんは面白いね」と言い出してくれる。

 深呼吸している僕の横に席を案内してくれたメイドがレイちゃんに話しかける。


「お嬢様、ご主人様をご奉仕してあげませんか?」

「え? ご奉仕?」

「はい! 本日のスペシャルメニュ! 萌え萌えオムライスです。それを食べさせるのはいかかでしょうか?」

「何それ! 面白そう! やります! 私、やります!」


 レイちゃんはやる気満々で手をあげて返答する。

 すると、メイドはその返事を待ってましたと言うように、オムライスを運んできたのだ。

 準備が良すぎるだろ、ここのメイドさんたちは。

 レイちゃんはオムライスを受け取ると、机に置く。そして、ケチャップを取り出す。次にはこのオムライスにかけるのだろう。

 と、僕はそんなことを思っていると、レイちゃんは僕の方に尋ねる。


「ご主人様は何か所望はありますか?」

「な、なんでもいいです」

「ふふふ。じゃあ、可愛い猫ちゃんにしましょう」

 

 そう言うと、レイちゃんはケチャップをオムライスに唱える。

 赤色が卵の上に塗られ、赤い猫が完成する。出来栄えはかなりいい方だ。さすがはアイドル、芸術点がかなり高い。

 絵が完成すると、メイドたちは拍手し、すごい、と褒め称える。

 完成して、自分で食べると思いきや、レイちゃんはスプーンでオムライスを一切れ掬い出すと、僕の方へ向かって差し出す。


「じゃあ、ご主人様。召し上がれ」

「え? 僕?」

「そうだよ! ご主人様を奉仕するのが、今日のレイちゃんです!」


 満面な笑みなレイちゃんはすごく眩しい。

 しかも、オムライスを僕の方に差し出すなんて、あばばば、これはすごくご褒美だ。

 前世の僕はどんなに徳を積んで、このようなことになったのだろうか?

 いや、前世は存在しない。あるのは現在だけだ。

 それよりも、今羽目の前の光景に僕の頭は真っ白になっていく。

 あの伝説のレイちゃんのメイド姿。しかも、僕にご奉仕するようにオムライを掬ったスプーンを差し出す。

 これはいいんだよね?


「はい。あーん」

「あ、あーん」


 ぱく、もぐもぐ、ゴクリ。

 緊張すぎて、味は全く感じない。ただ咀嚼と飲み込むだけの作業でしかなかった。

 もっと、美味しいはずなのに、あまりにも緊張すぎて味が感じないなんて実際にあるんだな、とラノベのラブコメ物語を思い出しす。


「美味しい?」

「お、美味しいです!」


 ……咄嗟に嘘を吐いてしまった。

 天使のように微笑めまれると、僕は黒を白と言わなければいけなくなる。

 これが、愛は盲目になることなのだろうか?


「ふふふ。じゃあ、全部食べようね。はい。あーん」

「あ、あーん」


 こうして、メイド喫茶位にて、僕はただただご奉仕される形になった。

 レイちゃんをメイド喫茶を楽しむ企画だったのに、どうして、僕が奉仕される形になっているのだ?

 僕はそんな疑問を抱きながら、最後までご奉仕されたのだ。


**********************************


「次はこのビルに行きたいです」

「あ、秋葉原カルチャーセンター?」

「そうです! アイドルグッズが販売されているところです!」


 レイちゃんは楽しそうにハニカムと、秋葉原にあるどでかいビルの中に入っていく。もちろん、手を繋いで入って行く。

 僕たちはエスカレータを上り、3階に着くと、アイドルグッズ店がいっぱい広がっていた。


「わあ! こんなにいっぱいグッズがあるなんて、私知らなかった」


 レイちゃんはとあるアイドルオタクグッズ屋に入る。

 そこには写真、うちわ、ペンライト、応援グッズが色々と販売されている。目玉は言うまでもなく、レイちゃんのグッズだった。

 レイちゃんは感激するようにいろんな商品を眺める。


「懐かしい! デビュー時のアルバムも置いている! あ、これはあの時の撮影会の写真。すごい、こんなものもあるんだ!」


 はしゃぐようにレイちゃんはさまざまな商品を見回す。

 幸い、客はいなく、店員しかいないので、誰も彼女があの伝説的アイドルのレイちゃんだと気づかなかった。

 レイちゃんの写真集を見ると、僕はとある写真に目がつく。レイちゃんの水着姿だ。

 僕が持っていない写真でレアな写真だった。

 数量限定で抽選の販売写真であった。僕はその写真を見ると、値段に驚く。なんと、その写真の値段は数百万円にも登っている。

 さすが伝説的で世界のアイドルレイちゃんだ。

 そんな僕が物欲しそうに水着写真集を見ていると、レイちゃんは隣から顔を覗かせる。


「何見ているの?」

「わ!?」


 驚いた僕は半歩、引き下がる。

 レイちゃんはその馬鹿高い水着写真を眺める。


「へえ。この写真。百万もするんだ! 私、こんなに売れているんだ」


 それから、レイちゃんは僕の方に顔を向ける。


「で、中村くんはこの写真が欲しいの?」


 僕は即答に顔を頷いた。

 レイちゃんの水着写真はあまりにも貴重のものだ。夏限定の商品であり、そんな容易く手に入れられるものではない。

 何億人からの抽選され、数枚しか世に出回らないフィルムカメラでの撮影は素晴らしく、フィルムに撮影されているため、ノスタルジックを感じるから価値が爆上がりなのだ。

 嘘でも欲しくないなんて言えないのだ。コレクターとしてこの商品はなんとしても集めたい。でも、高すぎる。高校生のお小遣いでは決して届かない金額だ。

 そんな物欲しそうにしているのが、レイちゃんにバレたのか、彼女は口元を僕の耳の方に近よせると、こう囁く。


「今度、マネージャーに頼んで、撮ってあげるよ」

「ふえ?」


 僕はレイちゃんの方に顔を向けると、彼女はイタズラするかのように微笑む。その笑みはステージの笑みよりもっと輝いていた。

 心を鷲掴みになってしまうような綺麗な笑みをこぼすレイちゃんに、僕は球が上がらなかったのだ。


********************************


「今日は楽しかった〜」


 レイちゃんは楽しそうな表情を浮かべながら、とあるビルの屋上にやってきた。

 ここは数年前のとあるアニメの聖地だった場所で、有名スポットでもある。が、しかし、今は立ち入り禁止空域になっている。

 僕はそんな立ち入り禁止空域に侵入したことに罪悪感を感じつつ、レイちゃんの後をおう。

 彼女はフェンスの方にやってきて、オレンジ色の夕焼けを見つめる。

 秋葉原の夕焼けの街はあまりにも美しかった。

 僕はそのレイちゃんと夕焼けに見惚れて、彼女に近寄る。


「今日は楽しかったね! 中村くんと一緒で本当に楽しいよ!」

「そ、それはよかったね」

 レイちゃんは背中をフェンスに向けると、僕の方を見つめる。

 オレンジ色の夕焼けが彼女の顔に当たるとどこか紅葉している顔をかき消すように見えた。

 そんな少女を見惚れているとレイちゃんは口を開く。


「たまに私、自分を見失うこともあるんだ。ステージに踊っていると、歌っていると、自分はなんのためにこうやっているのか、わからなくなった」

「え?」


 僕は素っ頓狂になる。

 レイちゃんは優しい微笑みを浮かべて、僕の方を眺める。


「私、レイちゃんはあなたのことが好きです」

「どうして……?」

「きっかけは痴漢から救ってくれたこと。でも、あなたの生き方に感激した」

「僕の生き方?」

「うん。人生は不条理だって。だから、人生を楽しむの大切だって教えてくれたこと」


 その笑顔の裏に夕焼けが照らす。

 あまりにも綺麗すぎて、どちらが美しいか、比べにならないほど、彼女は笑っていた。


「私には自由はなかった。ただ、踊って歌っているだけの操り人形だった。私は毎日つまらない人生を送っている。でもね、中村くんの哲学? 不条理を聞いて、私は納得したの。人生は最大に楽しむこと。そう、私は自由になっていいんだって。だから、これからは私は私が好きなことをやる。それが、恋愛すること。救ったあなたに恩返しをするために、私はあなたと付き合います」


 それはレイちゃんではなく、一人の少女の細やかな願いだった。

 考えてみれば、レイちゃんも一人の女の子だ。彼女にも夢があり、希望があり、やりたいこともあるはずだ。

 俺たちは単に彼女を偶像として扱っていること。彼女に理想を押し付けていることだ。


「この私には自由が欲しい。だから、助けて、中村くん」


 少女、レイちゃんは俺に一歩近寄ってくる。紅葉したレイちゃんの顔が鮮明に見えるようになる。

 レイちゃんはやはり美しい。世界的アイドルなのは、伊達ではない。


「ねえ。中村くん」

「な、何?」

「私はこれから先は魔法が解けて、一般少女に戻ります」


 レイちゃんはそういうと、目を閉じて僕の方に近寄ってくる。ピンク色の柔らかい唇が僕の唇に触れようとする。

 後数センチで触れようとするところで、僕の脳裏にあることに気づき、それを拒絶する。


「……キス、したら私はレイちゃんから麗蘭になります」

「……」


 言葉の意味はわかった。

 僕が彼女のキスをすると、レイちゃんはきっと、アイドルを引退し、僕の彼女になるのだろう。

 そんな未来があってもいいと思った。

 唇が僕の唇に塞ごうとした時、理性が働き、僕は顔を背く。


「だ、ダメだ。キスはダメだ」

「どうして? 私のこと嫌いなの?」


 レイちゃんは悲しそうな表情を浮かべて、僕の方を見つめる。

 その表情はあまりにも悲しそうで、世界が崩壊するんじゃないかと思うような眼差しを送ってると僕に訴えかける。


「私は、世界的アイドルだよ? あなたが好きなアイドル。レイちゃんだよ。あなたに惚れた女の子だよ?」

「だ、だからこそだ。せ、世界的アイドルだからこそ。レイちゃんだからこそできない」


 僕の言葉にレイちゃんは目を大きく開く。

 アイドル。それは偶像であり、崇拝されるもの。恋愛感情を抱いてはいけない。彼女の微笑みは嘘であり、人を魅了するセイレーンのようであり、誰も彼女に触れることは許されない。

 そんな崇高なものを独占しようとしているのが間違いだった。アイドルはみんなのものであり、誰にものではない。

 だから、僕はレイちゃんとキスすることはできない。


「君も……私をアイドルとして見るの?」

「ご、ごめん。レイちゃん。そうなんだ。僕は君をアイドルしか見ていない!」


 僕はそれだけを言うと、レイちゃんから背を向けて逃げ出す。

 ヘタレと言われても仕方がない。バカだと言われても仕方がない。

 でも、僕はレイちゃんとキスすることはできないのだ。

 月曜日に、僕は何をされるのか、知ったこっちゃいない。

 でも、僕は彼女とお付き合いすることはできない。世界的アイドルとお付き合いするなんて、微塵子の僕に出来っこないのだ!

 

********************************


 やってきた月曜日。

 僕は、いつも通りに学校に登校する。

 下駄箱の靴を履き替えようとすると、手紙が入っている。

 それを開くと、今度はこのような内容が書かれている。


『昼休みは屋上で待っています。鈴木麗蘭より』


「レイちゃん?」

 

 僕は首を傾げる。

 劇的に僕は彼女を振ったばかりだ。

 そんな彼女がどうして、僕を呼び出そうとしているのか、わからなかった。でも、呼ばれたなら行くしかない。

 僕は手紙を鞄の中に入れてから、廊下に出る。

 クラスに出ると、隣席の鈴木さんは何も知らないような顔をしていた。

 土曜日のことがショックだったのだろうか、僕は何も言わずに、彼女の隣に座る。けれど、何も喋らなかった。何を話せばいいのかわからなかったからだ。

 本当はいっぱい話すことがあるのに・。例えば、手紙の事、土曜日のこと、アイドルのこと、とか。でも、どうして臆病の僕はそんなことを話せないのだろうか。

 やがて、チャイムが鳴り、一限目の授業が始まる。

 担任教師がつまらない顔でクラスにやってくると、僕は背筋を伸ばして授業を受ける。

 昼休みは忘れるように、授業に集中した。


*********************************


 そして、やってきた昼休み。

 鈴木さんは僕が呼び止める前に屋上へ向かって走っていった。

 僕はそんな鈴木さんを追うように、走り、屋上に向かう。

 重い扉が開き、屋上に出る。

 そこには鈴木麗蘭さんが立っていたのだ。


「レイちゃん。どうして? 僕は君を振ったはず」


 鈴木さんは何も言わない、僕の方に近づき、目の前に立つ。


「今の私はアイドルのレイちゃんではありません。私は鈴木麗蘭です。あなたの隣に座っているクラスメイトです」


 鈴木さんは自己紹介するように言葉を繰り広げる。

 確かにそうだ。彼女からレイちゃんの面影は見られない。今の彼女は鈴木麗蘭だ。地味な少女で、文学少女を思い出す。

 鈴木さんは僕の方を見つめると口を開く。


「鈴木麗蘭からの言葉になります。あなたのことが好きです。どうか、付き合ってください」

「……」


 綺麗なお辞儀をして、僕に告白をする。

 正直に言うと、僕の頭は混乱している。レイちゃんが鈴木麗蘭さんなら、土曜日に振った彼女はレイちゃんであり、鈴木麗蘭ではない。

 どちらが本当の姿か嘘の姿かなんて、

 でも、僕の答えは決まっている。

 それは……


「……君がアイドル活動を終わるまで待っているから、その時になったら付き合うよ」

「……ッツ!? ありがとう!」

「うわ!?」


 鈴木さんは僕の胸の中に飛び込んでくる。

 僕は彼女を受け止めて、転びそうになる。

 胸の中にある鈴木さんはあまりにも軽かった。そして、鈴木さんは僕の方を見上げると、口を開く。


「じゃ、じゃあ。私と友達になってくれますか?」

「も、もちろんだよ」

「ありがとう! これからは麗蘭と呼んでね」

「レ、麗蘭」

「はい。よく出来ました。光蔵くん」


 こうして、僕と麗蘭の交際が始まった。

 数十年後。僕たちはいろんな困難を乗り越えて、やがて結婚することになる。

 まさか、隣席の地味な子が伝説的アイドルで、僕の嫁になるなんて、誰が予想をしていたのか。

 うん。人生は何が起こるのか、わからないものだ。

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