第5話 セイタンサイ La naskiĝfesto



 窓から外をのぞめば、生誕祭せいたんさいの夜である。

 まち全体が、あたためられたさけのようにかれている。


 むかいあった、赤い瓦屋根かわらやね集合住宅しゅうごうじゅうたくどうしの間をはじめ、いたるところにつな電線でんせんられ、それにけられた七色なないろ電球でんきゅうが、かわりばんこに明滅めいめつしながらやすっぽい光をはなっている。

 その下には、過去かこ人気俳優にんきはいゆう姿絵すがたえや開けられないつくりの宝箱たからばこなどのがらくたを売る露店ろてん、いんちきなうらないを提供ていきょうする天幕てんまくぼうから異国いこくの赤い小魚こざかなの入った水桶みずおけげて歩く行商人ぎょうしょうにんなどが見える。

 誇張こちょうした表情ひょうじょう仮面かめんを付けた楽隊がくたいが、何組なんくみり歩く。魔術師まじゅつしのる者たちが、にじをつくるこな建物たてもの上階じょうかいからとおりの上空じょうくういている。


 だれの生誕をいわまつりか、かれてこたえられる人は多くあるまい。

 じつは、はる五千年ごせんねんむかしに生きて遠方えんぽうまでの征伐せいばつをおこなった、わたしの父親ちちおやたたえての祝事いわいごとなのである。



 将軍しょうぐんであった父は、侵略しんりゃくのための大軍たいぐんひきいてけ知らずであった。

 遠征軍えんせいぐんはやがて、当時とうじみやこから名馬めいばを走らせても三千日さんぜんにちもかかるほど遠方の地で、あたまに木の枝のようなつのを持つおにたちの小国しょうこくめた。

 あなどって粗雑そざつ攻撃こうげきをしかけては被害ひがいをあたえられ、いくさきていた軍団のなかでは、父をめる声がえてきた。

 あせった父は、記録きろくには明確めいかくのこっていないが、たいへん残酷ざんこく手段しゅだんをつかうことで、なんとか勝利しょうりたらしい。

 うごけぬようにされ、くるしみながらにゆく大勢おおぜいの鬼たちを見て、父はまた侮ってしまったらしい。

 ものどもよ、死のあじはうまいか? とわらいつつ彼らに不用意ふよういに近づき、一瞬いっしゅんのろいをかけられた。

 その呪いとは、もの当然とうぜん受けられる恩恵おんけいを、ぎとるものだった。

 すなわち、父はその時から、まったくいることができず、なにをしても死ねなくなったのである。一生いっしょうを終わらせることができるのは、鬼の一族いちぞくだけらしい。

 お前の方が化け物になったのだと鬼たちからあざけられ、父はおそれをいだいた。遠い地に大軍をりにして、ひとりうまって都までげ帰ったそうだ。



 将軍の地位ちい退しりぞいた父は、かくしのんで生きるようになった。ある時期じき街中まちなかに、ある時期は山中さんちゅうに。

 鬼をおそれているのか、他人たにんに化け物とゆびさされることを恐れているのか、おそらく父にもわからなかっただろう。身分みぶんをさまざまにえ、生活せいかつのための職をしばしば変え、人生のながさに苦しみつづけ、そのてに、路地裏ろじうら工房こうぼうで、鳩時計はとどけい修理中しゅうりちゅうころされた。体は時計の部品ぶひんのように細切こまぎれにされた。

 鬼ののこりが、復讐ふくしゅう最後さいご仕上しあげをおこなったのにちがいない。


 孤独こどくえられず、父は幾度いくど伴侶はんりょをもった。

 子どももおそらく何人なんにんももうけただろうが、わたしの母から生まれたのは、このわたしだけである。そして推測すいそくするに、父にかけられた呪いをけもって生まれたのも、わたしだけだろう。


 ああ、わたしはもう生き飽きた。

 ずいぶん前から鬼を心待こころまちにしているくらいだが、鬼のうわささえ聞かない。

 死化粧しにげしょうとして今宵こよいもとっておきの口紅くちべにを付けて待っているのに、わたしのそばにあるのはいつもどおりのおも退屈たいくつ時間じかんである。

 死をもたらしてくれるはずの鬼が、彼らの合理的ごうりてきでない角のせいなどで、もうすべてこの世から淘汰とうたされてしまっているとすると、わたしはどうやって安寧あんねい境地きょうちやすらげばよいのか。


 おさない声が聞こえて、通りを見おろす。

 小さな子どもたちが、夜遅よるおそ時刻じこくなのに、街灯がいとうのそばにれて笑いあっている。そしてなにかめずらしい物を見つけたのか、とつぜん駆けだして、下の石畳いしだたみの道をった。


 ――わたしも、呪いが受けがれることを恐れずに、子どもをつくってみようか。

 そんな気持きもちが、あらたにき出てきた。


 たぶん、子どもはわたしをこまらせるだろう。

 あぶないことをしたり、きゅうねたり笑ったりして、わたしを途方とほうにくれさせるだろう。

 だがそんな時には、魔術師の粉など使わずとも、わたしの人生ににじがかかっていることだろう……。


 わたしはずっと、自分を世界せかいにできたいびつなつのそのものであるように考えてきた。

 もうそんなふうに思うことはやめ、自ら角をち切る態度たいどで生きてみよう。

 そうこころを決め、微笑ほほえんだ。


 その時不意ふいに、首筋くびすじつめたいものがあてられた。虹の光を一瞬うつしたそれは、刃物はものである。


 鬼が来たらしい。




 Fino



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