第4話 空をなくした女 La virino perdintan ĉielon



 大火たいかがせまってくる。


 おさないわたしは母に強いちからで手をひかれ、屋敷やしきうら水路すいろにうかべたふねにのせられた。


 舟はいそいできしをはなれる。


 わたしはなんどもわがをふりかえった。急にれだされたので、たからばこをってこれなかった!


 母家おもや屋根裏部屋やねうらべやに、わたしの宝物たからものを入れたかんがかくしてあり、そのなかには、わたしが青空あおぞらにたのんでゆずりうけた、そらも入っているのだ。

 あのうつくしい青さ、宝石ほうせきを思わせるきとおったかがやき。

 ことばを話さなくても、尊敬そんけいできる友人ゆうじんだった――。


 だがおとなたちの必死ひっし様子ようすに、わたしはすっかりづいてしまい、どうか舟をもどして、とは言えなかった。


 舟は水路から広いかわに出、さらにうみにむかって避難ひなんしていく。


 もうわが家のあたりはだ。

 わたしは空の子を見すてた……。




 これはむかし見たゆめだ。じっさいには、そんな大火はおきなかった。


 だがたとえ夢のなかであろうと、わたしは青空をうらぎってはいけなかったのだ。


 わたしの人生において、空は青く広々ひろびろとした姿すがたを、まったくあらわしてくれなくなった。


 わたしはもう青空としたしくふれあうことはできない。


 ――どうあやまれば、ゆるしてくれるのだろう。


 それがわからないまま、今夜こんやもわたしはまちすみくら酒場さかばで、空をなくしたおんなの歌をうたっている。



Fino



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