第2話 ホン La libro



 ほしが糸のようなふん・・けた姿で身をくねらせ、碧雲へきうんの浮かぶ夜空よぞらおよぎまわる。


 わたしは拳銃けんじゅう1丁いっちょう持ち、これからほんを取りかえしに行く。


 群衆ぐんしゅうちている広場ひろば。そこでは1冊の本が、2頭の水牛すいぎゅうむすびつけられたつなにより、かれようとしている。


 その本のなかには、わたしの双子ふたごあねふうじられている。にえとして無様ぶざまに裂かれ、神々かみがみをいっときよろこばせるのだ。


 本がころされたあと、神は群衆にむかって、よくひび尊大そんだい口調くちょうで言うだろう。

 ――お前たちはわが勇敢ゆうかんにして清浄せいじょうなる者たち、特別とくべつな子たち。はげむがいい、たたかうがいい、おおいにさかえるがいい。


 群衆たちは、神の言葉をき、さけびたようにうだろう、あれこそが自分たちのもとの姿だと勘違かんちがいして。その時にはすでに、神々は群衆のことも本のことも、すっかりわすれてしまっているだろうに――。


 わたしの持つ拳銃に弾丸だんがんは入っておらず、どうたたかえばよいのかもわからない。

 広場のいたるところで松明たいまつかれているせいで、広場を囲む家々も揺らめき、あだっぽくおどっているようだ。

 こわばるからだをなんとか動かして広場に入る。全身ぜんしんあせで冷たい。

 群衆は、わたしの正体しょうたいにすぐに気づいたようだ。だが邪魔じゃまはせず、嘲笑ちょうしょうかべた顔をむけて、見まもっている。


 わたしは、この連中れんちゅうの、無遠慮ぶえんりょな視線が大きらいで、なるべくけようと、自宅じたくにこもり暮らしてきた。

 わたしのかわりに、家の外でのさまざまな用事ようじを引きうけてくれたのが、いまは群衆によって本のなかに封じられている、姉だった。


 悪意あくいおそれる気持ちは、星に上空じょうくうから頭にふんをらされ、群衆がわっと大笑いした時に消え去った。


 神のようにいさましくきよらかだと自称じしょうする者ばかりが住む国、そのみやこ、その中央広場で今裂かれようとしている本。

 神の分け身などではない、ひとりの人間にんげんとしてわたしが書いた本。

 それゆえに、本は広場で処刑しょけいされることになったのだ。

 姉が本に封じられたのは、わたしとまちがえられたのか、それとも、自分はひとりの人間だとくり返し言うわたしへのいやがらせか。

 どちらも、分け身を気取きどる連中がやりそうなことだった。


 巨木のこぶのようなしりむちでたたかれ、水牛がうなった。ゴウッと息を吐き、あゆみだす。たわんだ綱がちゅうに浮き、水平にられていく。


 わたしはけた。ふんからにじみでた汚水おすいと、なみだ顔中かおじゅうらしながら。

 もっとはやく走れない、人の体をなげきながら。

 もっと強い力で大勢おおぜいの群衆をどけられないことを、のろいながら。


 手が、手が、もう少しでとどく。




 Fino


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