悪役令嬢アンチテーゼ

侍ガール

第1話 悪役令嬢と私

 時に皆さん乙女ゲーム転生ものは好きだろうか?


 昨今多大なるブームを誇り、数多くの物語の主人公がその世界へと旅立っている。


 100人、200人…いや下手したら1000人はゆうに超すかも知れない。モブだったり、王子だったり、勿論『悪役令嬢』だったり…数多くの者が彼らと入れ替わってその世界で主役を張っている。我が物顔で主役を張っている。


 彼らは恐れていた。その世界の住民は常に恐れていた。きっと次は自分の番だ。次は自分が追い出されてしまうのではないかと…


 そんなある日1人の勇気ある悪役令嬢が立ち上がった。このままでは我等の居場所が無くなってしまうぞと。また何処かで1人の勇気あるモブが囁いた。このままではこの世界は破綻してしまうよと。そんな彼らの声を盗み聞き、ある日1人の勇気ある王子が皆を集めて宣言した。


 ならば手を取り書き手かれらを滅ぼそう…さすれば我等は守られる…と。


 ▼▼▼


「う、うーん…」


 2024年6月25日火曜日午前4時。この日私は自身の新作である小説を書き留めていました。


 内容は最近出せばヒットするような悪役令嬢もので、鳴かず飛ばずの現代ドラマしか書けなかった私は意を決してそのジャンルに手を伸ばす事に決めました。


 別に私は名のある書籍作家でも、ポイントやブクマを大量に持っているような有名な作家でもありません。ただの眼鏡を掛けた地味な工場作業員です。


 小説を書き始めたのだって凡そ一年ぐらい前からですし、書いた作品だってその全てが未完です。


「やばっ机で眠ってた。明日仕事なのに…投稿!間違って投稿してないよね?」


 目の前のノートパソコンを慌ててスクロールし、まだ未投稿なのを確認してからホッと安心して椅子にもたれ掛かります。


 私が小説を書き始めたのはある病気になったからです。あまり他人に言いたくは無いのですが顔の半分が動かなくなる病気で、それは身体にも影響して私は常にふらついてまともに真っ直ぐ歩くことも敵いません。


 ラムゼイハント症候群。二万人に一人が掛かる病気のようです。


 23歳。まだまだ若い私に止めを刺すには立派な病名でした。治る人もいるようです。普通に前のように治る人が殆どのようです。


『随分、深いところまで行っちゃったね。後は病気と上手く付き合って行くしか無いだろうね。』


 泣きました。車の中で泣いてしまいました。アニメを見ても映画を見てもドラマを見ても泣かない私が泣きました。


「私は…別に書籍化なんて夢見ちゃいないのですよ。ただ、先の見えない自分の未来で何か一つでもやったぞっていう、そういう何か達成感みたいなのが欲しかった…ただそれだけなんですよ…」


 別に誰に聞かれてもいないのに真っ暗な部屋で私は1人呟きました。自分の書いた作品を誰でも良いから誉めて欲しいだけなんだと呟きました。


 漫画を書いてた時期もありました。ギターを練習してた時期もありました。でもその全てが中途半端で終わりました。


 辛くて辛くて誰かに依存してないといられない状況で、病気で休職中はVtuberにはまっていた事は親にも内緒です。だって決して少なくない身銭を切ってしまったのですから。


 未来さきなんてありません。死にはしませんが未来なんてありません。怒られるかも知れませんがいっそ余命宣告してくれた方が私にとってはまだマシでした。


「…ひっどい文章ですね。」


 眺めていた自分の駄文を見て思わず笑ってしまいます。ああ、私はいったい何の為にこの世に産まれて来たんでしょうね。


 明日も仕事だから取り敢えず仮眠ぐらいはと、具合の良くない身体をこれ以上酷使させてしまってはと、病気の影響でふらつきながらベッドに潜り込もうとしたその時でした。


 ピカァー…ッ


 突然電源を落とした筈のパソコンが光り始めました。


「え?」


 皆さん、かの有名なホラー映画はご存知ですか?ええ、そうです。まだブラウン管のテレビが主流だった頃に社会現象にまでなったあの映画です。テレビの中から真っ白な服を着た髪の長い女が出てくるあの映画です。


 言うて私も髪の長さ的にはあまり変わりませんが、あのおぞましい光景が今まさしく目の前で行われています。


 ズズ…ズズ…

「ひ、ひい…」


 髪の長い黒いドレスを着た女が同じような格好でパソコンの中から這い出て来るのが見えます。6月の蒸し暑い部屋の気温が一気に下がって行くのを感じます。


「お…おかあ…」


 声を出して母を呼ぼうにもまるで声帯でも閉じられたかのように上手くその先を発する事が出来ません。ただ口をパクパクと動かす事しか出来ない状況です。


 ズズズ…ズ…

『…やあ、こんにちは作者様。いや、こんばんはかな?ご機嫌麗しゅう。さて、あなたの作中で追い出された私ですが、あなたを殺せば私は再び生きられるのかな?…ねえ、どう思います?私の作者様…』

「ロサノワール…」


 私が安易につけた彼女の名前です。フランス語での黒い薔薇を意味し、名前を考えるのが苦手な私が付けた在り来たりな悪役令嬢の名前です。


『あら嬉しい。私の名前を覚えて下さってたなんて、なんて素晴らしい作者様。』

「なんで…」


 漸く少しずつ動くようになってきた口で私は彼女に質問します。


『なんで…?私を産んで殺した作者様がと申しますか?』

「どういう…事…?」

『まあ、これは決してあなただけを責められないのですがね作者様。我々は大変苦しんでおられます作者様。あなた達創作者様方の手によって、それぞれが平和に暮らしてた己の役目を全うしてただけの筈の我々は、何故かその世界から産まれて直ぐに殺されてしまいます。物語から消されてしまいます。』


 真っ暗な部屋で真っ黒で綺麗なドレスを着たロサノワールは語ります。とても優雅にまるで演劇でも見ているかのような気分にさせて彼女は身振り手振り語ります。


『作者様…失礼。名はなんと?ああペンネームじゃない方をお願いします。』

「片桐…片桐かたぎり彩芽あやめです…」

『ありがとうございます彩芽様…ええ、それではお名前も聞けた事なので貴女の役目もここで終わりにしましょう。我々を産んで下さってありがとうございました彩芽様。産みの親の役目はここで終わりです。それではご機嫌麗しゅう彩芽様…』


 何処からか持ち出した綺麗に尖った果物ナイフを握り締めロサノワールは私に向かって来ます。あれは作中で私が彼女を殺すのに用いた道具です。転生する主人公の為に用意した血塗られた道具です。


 なんて事はない果物ナイフですが、人を殺せる意思を強く持った道具です。か弱い侍女の力でも簡単に人を殺せてしまうそんな道具です…


「うん。いいよ…ごめんね。ありがとうロサノワール。」

『は?』


 ズンッ…


「か…かはは…ありが…とう。ロサノワール…わたしやっと…やっと死ねる…ありがとう…」

『彩芽様…何を言って…ひ、ひとまず手を、手を離してください…おかしい。こんなもの我々の予定には無かった。おかしい…』

「やー…だよ…ぜったい…離さない。よかった。わたし…あなた達を作ってよかった。まさかこー…んな嬉しいプレゼントをくれるなんて…本当によかった…うん…すんごい達成感。わたしの作った物語にも…命があったんだなって分かってよかった…ありがとうロサノワー…ル…」


 生きてるのが辛かった。毎日毎日死にたくて仕方なかった。何の為に産まれたのって自分に聞かない日は無かった。


『離してください。離してください。彩芽様。違います。こんなのは違います。死にたいなんて止めてください…!』


 ほら?私の作った物語の子達はこんなにも優しいでしょう?あなた方に作れます?こんなに優しい子達を?こんなに優しい悪役を…この子を作れたんです…よ…


 ドサリッ…


 2024年6月25日火曜日午前4時35分。私、片桐彩芽は23歳という若さでですが漸くこの世を去ることが出来ました。


 ▼▼▼


 チュンチュンチュンチュン…


 同日同場所午前6時30分。私、片桐彩芽は何故かゆっくりと床から起き上がる。何事も無かったかのように起き上がる。


「あれ……?」


 私は死んだ筈では?何故生きている?何故腹部に痛みを感じ無い?私を刺したあの女は何処へ行った?何故だ?やっと死ねたと思ったのに…


「おかしい…血も、私の流した血も無いぞ…ん?あれは…」


 目の前には綺麗に磨かれた…まるで新品同然のような果物ナイフが落ちていて、そこに映った私の顔は何時もの眼鏡をかけた幸の薄い女の顔じゃなくて、キリッとした眉毛と恐ろしいほどに人を惹きこまんとする赤い赤い目をした私を殺した筈のロサノワールそのものだった…


「そんな…馬鹿な…ああ話し方まで…」


 …そう、その言葉遣いもまるで変わって。


 この日から私の今までの苦しいだけのように感じた日々は、まるでそれが平和だったんだと教えられるように激動の日々へと姿を変えていったのだ。

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