第2話 キーワードは『天使』
「は…?」
何が起きた?
「大丈夫か叶野さん」
「木藤さんッ何を⁉」
ショットガンを構えた木藤に掴みかかる勢いの制果に、彼は手持ちの武器を庇いながら「落ち着けって!」と窘める。
あの男子学生を撃った。そんな場面じゃなかったのに。
そこまで考えて彼の安否に意識が向かい、二人が落ちた窓に駆け寄る。縁に手をかけて下を覗き込むが、そこに人影はなかった。
「あの重症を抱えて逃げたのか?足の速い女だな」
「ッどうして撃ったんですか⁉目的は捕縛のはずでしょう⁉」
「出来れば、の話だ。それに二対一で叶野さんが危なかったし」
悪びれもせず当然の行動かのように話す木藤に、制果は恐怖を抱く。
治安の悪い紅夢島で長年、
それでも自分で引き金を引いておいてこの態度はなんだ?
「まだ近くにいるはずだ。重症の男一人を引きずって逃げているなら足は遅くなる。まぁその辺に捨ててるかもしれないが」
足早に部屋を出ていった木藤を追って、制果も外に出る。その間に他の隊員たちが施設内に誰もいないことを確認しており、調査のための人員を二人置いて他の全員が雑木林の捜索を開始した。
(ものの数秒。その間にあの女の子が彼を連れて消えた?そんなはずは)
いくら探しても二人は出てこない。
むしろ彼らがここを脱出したという痕跡のほうがみつかってしまった。総出で探して、林の中には撃たれて重傷のはずの男子学生すら見つからないのはどういうことだ。
「あの金髪、運搬に便利な異能でも持ってたんじゃないのか?」
隊員の誰かがぼやいた言葉で、その場に納得の空気が流れた。
侵入に置いて問題なのは物資の運搬だ。目的が情報だとしてもその情報を取るにはどうしても物理的な何かが必要になる。
そんな時に運搬に有利な異能力者がいたなら重宝されるだろう。木藤が言った「金髪の女が重要な役回り」という言葉にも納得できる。
だがそうだとして、息も絶え絶えのはずの人物を連れて逃げるメリットはなんだ?親しい間柄だったから?男子学生がこの島の住民だというならその線は限りなく薄い。
なら金髪少女が例え初対面に等しい人でも見過ごせない性格の持ち主だった?
(考えても仕方ありません。とにかく探し出さなくては!)
叶野制果はまだ知らない。
男子学生を金髪少女が運んだんじゃない。
男子学生が自分の足で金髪少女と共に逃げ出したのだと。
今夜の紅夢島は聖夜ムード。
大通りに出ればどこの店もクリスマスにちなんだイベントを開催してるし量産型になったサンタコスの女の子が店の前で看板を掲げている。
そんな中で血痕の付着した学生服を着ている猫真は目立つ。ハロウィンならまだ誤魔化せたかもしれないが、もうその時期は過ぎ去った。
元々が黒い学ランだから血の赤が目立つわけではないが、染み込んだ箇所はやはり色が濃く、すれ違った人の何人かはそこに視線が行っていた。
そこで着替えるために近くのアパレルショップに入ると、やはりセール中。クリスマスと年末年始を混同しているのだろう。『日頃の感謝大放出セール‼』なんて銘打って店内ほとんどの服が値引きされている。
「このセットアップ…絶対に季節に合ってない」
「ある意味では合ってるだろ。宴会か恋人との聖夜くらいでしか出番ないだろうけど」
目立つ場所に設置されているマネキンが着せられているのはもう水着と言っていいサンタ風衣装。生地から見ても下着の類ではないコレで完結しているセットアップなのだが、『売れてます‼』なんて売り文句が付いている。
「この島ではこういうのが流行りなの?じゃあ私も」
「違うから!それにお前にはまだ早いって!自分の体型を客観視しろよ」
「失礼な⁉これでも14なの!胸の膨らみだってあるんだからね!」
周りの視線が痛い。
エルの容姿はかなり整っている。そんなのが際どいサンタ衣装の前で男と騒いでいたらそりゃあ目立つ。
「とにかく、さっさと服を買って……買って」
その後はどうする?
ならばせめて、エルの目的である魔導書とやらを見つけ出して島から出すのが最適だろうか。
(でも俺、逃げちゃってるしなぁ…もしかしたらもう指名手配とかされてるかも)
島への侵入なんて重罪をやらかした人物と行動を共にしているのだ。猫真だって同罪扱いされていてもかしくはない。
「いっそのことエルと一緒に島から出るか?」なんて考えながら服を手に取ってみる。横でその値段を見たエルが「うへぇ」と声を上げる。
「全品30%オフだけど…それでも三万円じゃん⁉てっきりメジャーどころに来たのかと思った」
「何言ってんだ。外でいうユニクロとかGUだぞ、ここは」
この服も店全体の価格で言うと安価なほうだ。
幼い頃からこの島にいた猫真にはピンと来なかったが、紅夢島の物価は外の10倍らしい。
中学から島にやってきた友人がコンビニ商品を前に頭を抱えていたのをよく覚えている。
「ていうか、不法入島してくるくらいならそれくらいの下調べはしておけよ」
「う…だって、一人で行動することになるなんて思わなかったんだもん」
エルの言葉に、先ほど犠牲になった彼女の仲間のことを考える。
あの場には
だがエルが持っていたメモにはあの学習塾跡地の住所が書かれており、猫真もそこが集合場所だと思っていた。
だが、そもそもなぜ別れた?エルの話では侵入したときには全員一緒だったらしい。そこから彼女一人だけが逸れたということなのだが…
「ねぇダーリン?私ィ、今日はビキニサンタで盛り上がりたいなぁ?」
「いやハニー。コレ、俺のバイト代が吹き飛ぶんだけど?」
「えぇー?見たくないの?コレを私が着たところ…なんなら目の前で着替えてあげようっか」
「店員さーん!」
きっとあぁいうカップルがその場の勢いで購入していった結果、『売れてます‼』なんて看板が付いてしまったんだろう。
文化祭マジックとか修学旅行マジックと同じだ。一週間後には押し入れのレギュラーに登り詰めているに決まってる。まぁあぁいう衣装なんて元より今日と明日くらいしか出番もないのだが。
「さて…エル、お前も着替えるんだ」
「え?なんで、私は別に汚れてないよ?あぁいや、袖が少しだけ血に濡れてるけど」
猫真の腹部に触れたとき、両手に血が付着した。
一応、洗い流しはしたが布の繊維を縫って奥まで入り込んだ血はそのままだ。だが猫真がエルに着替えを提案したのはそこが理由ではない。
「お前って遠目から見ても目立つよな」
「まぁ、そういう服だからね」
金髪は染めたような作り物ではなく、天然でそれがちゃんと分かるほどに見事なものだ。そして服装もどこかの民族衣装のようで周囲から浮く。
「俺たち、逃亡中なのよ。それもこの島で一番の警察組織から」
「そうだね」
「ならせめてその服だけでも変えろ!奴らの間では学生服の男と白い民族衣装の金髪女が逃亡中って扱いのはずだ……だから白とは正反対の色だ」
「ふむ?」
「白い衣装の怪盗だって人混みの中で黒い恰好をしてればバレないんだ。ならコッチもそれを見習おうぜ」
「怪盗⁉この島にはそんなのもいるの⁈」
騒ぎ出したエルを無視して婦人服のコーナーに連れていく。
考えてみれば、この空間に足を踏み入れるのは久しぶりだ。幼い頃に母親と一緒に来たのが最後だろう。特に壁で仕切られているわけでもないのに置かれている代物やそこにいる人の性別でここまで足が遠のくというのは不思議なものだ。
しかしこうして見てみると紳士コーナーよりも値が張っている気がする。やっぱり生地とか違うんだろうか。
「あんまり高いのはダメだぞ?これでも金欠なんだから」
「……こんなに高いのを買えるのに?」
「物価が高いんだよ。当然、バイト代も比例する」
何の用意もなくこの島に単身乗り込んだのでは物価に圧し潰される。
外にいる両親からの仕送りだけで生活している学生がいたとして、彼らは節制を強いられているか親が金持ちかのどちらかである。
ということで現在、猫真の所持金は19万円。この店でいうと二人分のセットアップがギリギリ買えないくらいだ。
「コレ?…いやこっちも……」
見ているとエルの選ぶ服はオーバーサイズな
今着ている服も大き目なのを見ると好みなのだろう。
「タクミ、どっちがいいと思う?」
「コッチ」
合って数時間でも相手へのイメージというのは形成されるらしく、猫真が選択したのは花柄の黒いコート。花柄と言っても黒い毛糸で刺繍されたキャピキャピしていないものだ。お値段7万6千円。
「だよねぇ」
エルも同じ意見だったらしく、候補に出していたもう一つの服を戻してコートを胸に引き寄せた。
「二着で15万…紅夢島恐るべし」
洋装を変えた猫真とエルは聖夜の街を歩いていた。
人の波が途切れることはないだろう繁華街を進み、目指すはネットカフェだ。島への出入り手段は主に二つ、空路か海路かだ。
人の出入りとなると主流は空港だが、この島への入場にはパスポートが必要であり、ゲートを掻い潜って飛行機の貨物室に忍ぶのは不可能に近い。
それに比べ、船なら隙は大きい。
だがその前に魔導書だ。このままエルの目的を無視して島を出るのが一番楽それをで早いのだが、どう考えてもどどれを了承する感じじゃない。
ならやはり、魔導書を回収してから船に向かうのが最適。となるとまず魔導書が何処にあるのかという話になる。
「ゲームみたいにダンジョンの宝箱や神殿の祭壇に置かれてるわけじゃない。大抵は図書館に寄贈されてるかどこかの家にそれと知らず眠ってるかだよ」
「それならどうしてこの島にあるなんて分かったんだ?」
「魔術は異能回路がなくても使えるんだけど…魔術行使にあたって龍脈に干渉するの」
「龍脈……何だっけそれ」
「簡単に言うと地面を流れるエネルギーみたいなもの。魔術はそれを利用して超常現象を引き起こすの」
エルの言葉に「あぁ」と納得する。龍脈なんて学校の授業じゃ習わない。聞き覚えがあるのは漫画なんかのフィクション作品で触れたことがあったからだろう。
「だから大規模な魔術が使われたら組織に感知される」
「この島でその大規模な魔術が?」
「そう。魔導書は使用を制限して管理されるべき禁書が幾つもある…あんな規模の魔術は間違いなく禁書レベルだよ」
「ふぅん…」
大規模な魔術がこの島で使われた。とは言うが、一体何がしたかったのか、というか何をしたのか。
島の住民である猫真には何の異変も感じられなかった。
「エル…道を変えるぞ」
「え?」
「
特に彼らと対面した猫真とエルに関してはより詳細に。全員がセンターパートの男のような人種だとは思わないがそもそもエルは侵入者で猫真はその協力者…純粋に犯罪者扱いだ。センターパートは堂々と猫真たちを追い詰めることができる。
「建物の中に入ったら袋のネズミってやつなんじゃない?」
「ここは出入口が8か所ある。その内の一つは第七地区の出入り口が目と鼻の先だ。そこから……」
「?どうしたのタクミ」
「魔導書の在処…見当は?」
「えっと……島の中心から少し左にズレた辺りだったかな」
「中心から左……第三地区か?」
スマホで紅夢島の地図を表示してエルに見せると、彼女が指したのは第三地区。この地区はレジャー施設が密集している。地区全体が大きな遊園地のような有様でこのクリスマス時期には普段より人が多いはずだ。
それを聞いたエルが途端に青い顔をする。その人差し指が地図の隣…第三地区のクリスマスイベントを指した。
「この、全員の視線が一か所に集まるって…なに?」
「第三地区には大きな塔があるんだ。第三地区のどこにいても頂上が見えるくらい大きな塔が……その頂上に明かりが灯るんだよ。午後9時きっかりに」
「……今回の魔導書、珍しく目星が付いてたの。『リズミッドの生涯』って禁書なんだけど。そこに記された魔術の中にね、『乱世の希望』っていうのがある」
「乱世の、希望?」
「その希望を目の当たりにした者は他の何よりもその希望を信じるようになるの。でもその魔術は対象が300人以上じゃないと起動しない」
「そ、その希望ってなんなんだよ」
「確定はしてないけど…何よりも眩い光だって話だよ」
「光って…まさか」
猫真は第三地区の塔頂上のライトアップについて詳しいわけではない。だがその灯りが『世界一明るい』と評されているのは知っている。
「魔術の中には、既存のものをその概念に見立てて発動するものもある。『乱世の希望』がそのタイプだったら、第三地区の全員が正気を失うことになっちゃう!」
「今日の第三地区なら人口は余裕で300を超える…それにあのライトアップを認識しないってのは不可能だぞ⁉」
現在時刻は午後8時20分過ぎ…ここから第三地区までは早くて30分。そもそも9時に間に合ったところで600メートルの頂上にあるライトをどう対処する?
「考えてても仕方ねぇ!とにかく第三地区に急ぐぞ!」
ショッピングセンターの出口を抜けて第六地区のゲートを通り抜けると第三地区直通のモノレールに乗り込む。
移動系の異能を持たない猫真にとって、乗り物を使うのが一番速い手なのは間違いないが、その間の手持無沙汰感はどうも歯がゆい。
第三地区に用のある人はすでに向かった後なのだろうか、普段は座席に座るのも難しいはずのモノレール内も閑散としている。空いている席に隣り合って腰掛けるとエルが猫真をみ見上げて話しかけた。
「でも、よく私の話を信じてくれるよね。こんなの妄想だって笑われてもおかしくないのに」
「一年前なら信じなかっただろうな。でもそれとは別だ。今回の
「……一年前、何かあったの?その体質に関係が」
「まぁそうなんだけど……あんまり思い出したくないんだ。でもおかげで魔術なんて話もあり得ない話じゃないって思えるんだ。この世には異能や科学じゃ語れないナニカがあるってのは痛いくらい理解してる」
「そうか…つまりキミも我々と同じ側ということだね?」
「考えようによっては………は?」
あまりにも自然に会話に入ってきたからコチラも自然に答えてしまった。入ってきたのは猫真たちの向かいに座っていた男だ。白いコートに身を包んでいるがそこから見える首や手は色白くほっそりしている。
「リンゴ…」
「エル?」
隣で小さく呟いたエルの声は何とか聞き取れた。状況的に彼の名前を呼んだのだろう、となるとこの男も侵入者の一人ということになる。
「いやぁ…思っていたよりもこの島の警察組織が狂暴だね。
「リンゴ…他の皆は?」
「捕まったよ。いや、殺されたのもいるが」
「そんな……」
「だがね。それは彼らも覚悟の上だ…この島はそれほど危険な場所なんだよ」
「不法入島なんてするからだろ…そんな緊急事態なら島の上層部に話を通せばいいじゃねぇか」
「魔導書は存在自体がシークレット…世界中に散らばってはいるがそれとは知らずに管理している国もある。この島もその一つさ……魔導書の秘密を共有するほど信頼できる場所じゃない」
「ふぅん…ところで、これも魔術ってやつ?」
その言葉と共に猫真は周囲を見渡す。モノレールは走り出してから一度もドアを開けていない。にも関わらず、さっきまで疎らにいた乗客の姿がない。別の車両に移ったのかというとそうでもなく、ガラス越しに見える別車両にも人の姿は見えない。
「気づいたか、俗にいう人払いってやつだよ。本当はキミもその範囲に入れていたのだが……手元が狂ったかな」
「じゃあ、俺をどうするつもり?」
「そうだな…本来なら記憶を消して放り出すところなんだが。エルを
「断ったら?」
「記憶を消してお別れだ」
「……分かった。記憶を消されるのは困る」
「特に不都合はないと思うが?」
分からないという様子のリンゴに、猫真はため息をついてエルを見る。
「俺はもう
「なら決まりだ。よろしく頼むよ猫真創くん」
「あぁよろしく。リンゴさん?」
車内にはいつの間にか人が戻り、モノレールは第三地区の駅に到着した。
ポツポツと降りていく乗客たちと共に、3人もホームに降りる。ホームには車内が嘘のような人の波。そのほとんどがこの地区を出ていく者たちなんだろう。窓から外を見ると、気が遠くなるほどに密集した人々が見て取れた。
「しかし、タイミングが良すぎる」
「はぁ?遅いくらいだろ、もうすぐで21時だぞ」
「ここまで来ればもう阻止は確実なんだよ。……それより問題はエルだ」
エルが問題。
言葉の真意を汲み取れない猫真に、リンゴは顔を近づける。
「正直、エルが魔導書回収に適した人物だと思うか?」
「……さぁ」
思えない。というのが猫真の感想だが、それは口に出さない。しかし島の物価に驚いたり、ここに来るまでに数回あった危機的状況への対応…秘密裏に侵入して目当ての物を回収するなんて大役を任されたのが不思議なくらいだ。
「現に極秘とされてる魔導書の話をキミにしたみたいだし…単純な能力で言うと、エルは足手まといと言っていい。だがそれでも組織の上層部は今回の任務に彼女を参加させろと」
「エルの異能が有用とか?」
「残念だがエルは無能力者だ」
リンゴの言いたいことが見えてこない。有用な異能を持っていないとなると彼女の作戦的価値は身体能力か頭脳になるが…正直、どちらも特別視されるほどとは思えない。
無論、たった数時間の付き合いからくる猫真のエルに対する印象なのだが、リンゴを見るにその印象は間違っていないらしい。
「まぁ上層部の思惑なら把握しているんだが」
「ねぇねぇ!二人でどんな内緒話?」
「なんでもないさ。早く行こう」
後ろからエルが声をかける。
それに反応したリンゴは、最後に猫真の耳元である言葉を呟いた。
「協力してもらうぞ。天使を助ける協力を」
異能島の悲喜劇~不死身の少年は少女たちのバッドエンドを変えられるか 濵 嘉秋 @sawage014869
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