異能島の悲喜劇~不死身の少年は少女たちのバッドエンドを変えられるか

濵 嘉秋

聖夜の天使

第1話 侵入者を討て!/護れ!

叶野かのうッ!今年のクリスマス、一緒に過ごさないか⁈」


 こんな意味合いの誘いを嫌になるほど受けてきたこの一週間。

 その全てを断って学生寮の自室でベッドに倒れ込んだ叶野制果かのうせいかは振動するスマホを取り出して薄目で画面を確認する。


「侵入者の確保ぉ?」

 

 自身の所属する組織・治安維持局セーブからのメッセージ。内容は簡潔に言うと『島への侵入者を確保せよ』というもの。

 いつもなら二つ返事で「了解」と返すところだが…今日は12月24日、クリスマスイヴだ。特に予定もないがそんな日にまで仕事をするほど、制果は仕事人間ではない。

 適当に恋人と過ごすとかの言い訳も考えたが、その程度では今後の評価に関わる。ここは女の子特有の月一のアレを利用しようとスマホを操作し始めたところで、あることに気づく。

 考えてみれば、この島にやってきてからというもの…この時期の学区外には出たことがない。

 制果の通うカトニック学院は、コレを含む複数の教育機関でというものを形成している。平たく言えば一つの街だ。

 紅夢島第七地区の一部を占有する学区は出入りこそ自由ではあるが、制約が付く。例えば門限は18時厳守だとか一定の時期は学区外への移動は禁止だとか、学区外に出る際は制服着用だとか…これらの制約を破れば重いペナルティが課せられる。とはいえ多感な学生たち、制服を窮屈に思う者も多く、大体は何処かで着替えていたりするのだが…多分バレている。そのうえで黙認されているのだろう。

 見えない場所でやれということだ。

 とにかく、 このクリスマスの時期は学区外への進出は禁止されている。島に来てすぐにこの学区に入った制果にとって、紅夢島でも有名な聖地だとかはテレビの中の世界だった。

 ただ、この制約にも一つだけ例外がある。

 他ならぬ治安維持局セーブの任務だ。任務なら門限を破っても制服を着用しなくても、何より外出禁止時期に外に出ても許される。


「そうと決まればっ!」


 制服に着替えてマフラーを首に巻くと部屋のドアを開ける。

 そのまま一階に降りて管理人に事の次第を説明するとあっさり許可が下り、堂々と正面玄関から外に出ることができた。


 集合場所は第七地区の若狭大学附属病院前の公園。

 到着するとすでに人数は揃っており、見慣れた治安維持局セーブの特殊車両も一台駐車されている。


(侵入者ですよね。それに特殊車両を…?)


 疑問を抱いた。

 異能力者研究・あらゆる分野の最先端技術などの機密を抱えているこの島への侵入は確かに重罪だ。だがこの車両を出すほどの事態とも思えない。

 主に実力行使をやむを得ない事態がメインの活躍場なこの車両には豊富な装備が積み込まれており、制果自身もコレを見たのは治安維持局セーブに入隊した直後に起きた大規模テロの際だけだ。その時の先輩方の反応から安易に出動させる代物でないことも確かだ。


「7-13支部所属の叶野制果です。支援要請を受けてきたのですが…不法入島者の捕縛任務って、ここで合ってます?」


 車両の中で通信機材を弄っていた隊員の男性に声をかけると、彼は制果を一瞥するとまた作業に戻る。そして口だけが制果の問に応える。


「ここで合ってるよ。で、キミの後ろにいるのが今回のバディだ」


「え?……うみゃあ⁉」


 言われて背後を向くと、そこに男性が立っていた。

 気配を消してそこに立っていたから制果がキャラじゃない悲鳴を上げてしまった。

 黒髪をセンターパートにしたナイスガイで、治安維持局セーブの飾りっ気のない制服すら見事に着こなしている。

 女子がキャーキャー言う分かりやすいタイプだ。

 

「そんなに驚かなくてもいいじゃないか。で、俺は木藤英二きどうえいじだ。今回はバディになるな」


「ど、どうも…叶野制果です」


「あぁ。期待してるよ、7-13支部のエースさん?」


 車内で機材弄りをしている男性隊員はもうこちらへは意識を向けていないらしく、黙々とカラフルに発光するハイテクな機会たちと睨めっこしている。

 他の隊員も準備運動だったり仲間と情報交換なり各々で動いているようだ。数えてみると自分を入れて12人。侵入者の規模によるが数は多いように思える。


「木藤さん。任務の詳細は?」


「あぁ。コレ…侵入者は確認できているだけで20名。武器の所持なんかは不明だが、わざわざ入ってきたんだ。何かはあるんだろう」


「20人…ここにいる人数で足りるんですか?」


「俺たちが向かう廃ビルだが、ここには3人が入っていったという報告だ。連中、どうやら別行動してるらしい。まぁ12対3だ…用心に越したことはないが、大丈夫だろう」


 それはそれで用心のしすぎな気もする。

 紅夢島の異能力者は外の異能力者よりも質がいい。加えて最新技術をふんだんに使った武装も揃っていて単純な戦力では軍事国家以上だ。

 侵入に当たって必要最低限な装備しか持っていないであろう相手側に対して過剰に思える。

 制果が事態を軽く受け止め過ぎている。その可能性もあるしぜひそうであってほしい。

 最悪なのは、最初から侵入者を始末する算段があるということだ。





 その廃ビルは第七地区の外れにあった。元は学習塾だったらしく、内装はその当時のままのようだ。


「最優先は金髪の女。見た目は叶野さんと同じ位だが彼らの中でも重要な役回りだって話だ」


「私と同じって、高校生と中学生の境目ってことですよ?そんな子がどうして」


「さぁ?だが世の中、深くて暗い場所じゃあ年齢なんて関係ないのかもな」


 廊下を歩きながら細心の注意を払う。

 相手は3人、こちらの接近に気づいているはずだ。奇襲に備えてはいるが、人の気配がない。

 一階の探索を終えて二階に上がると、廊下の突き当りの扉だけが開いているのが目に入る。

 この手の施設にしては珍しいが、不良集団やホームレスがいた痕跡はなかった。すべての扉は施錠されていて鍵の類はとうの昔に紛失している。

 そんな中でたった一つ開いている部屋など、怪しいにも程がある。


「俺が行く。キミは後に続いてくれ」


 物陰から室内の様子を窺うと、自習室の椅子に腰かけている男性が確認できた。

 コチラを向く様子はなく、茫然と窓からの景色を眺めている。

 木藤が先行して部屋に突入すると男に向けて拳銃を構えた。


治安維持局セーブだ!両手を頭の後ろに」


「僕はね。この島の機密に興味はないんだ」


「は?」


 警告の途中で語り始めた男性に、木藤の声がワントーン落ちる。男性はそんなことお構いなしで話を続ける。


「元々はこっちの領域にあったものがここにあるらしくてさ。それを回収したらすぐ出ていくし、ここの人に危害を加える気はない。だから見逃してって思ったんだけど……まぁそっちも仕事だもんな」


「ッ木藤さ‼」


 何か来る。そんな確信と同時に制果は叫んだ。が、その瞬間に衝撃がきた。

 周囲に人の気配はなかった。そういう異能か?そんな考えが遅れてやってくるが、もう全てが遅い。

 床に押し付けられた制果は呼吸を制限されながらも背中に乗るソレを確認しようと首を動かす。


「ッ⁉」


 何も見えない。

 それらしいものが何も見えない。あるのはただの廃ビルの風景で、今も自分を押さえつける正体は目に見えない。

 このままでは窒息する。だが制果も治安維持局セーブだ。このまま終わるほど弱くはない。


「ぐあぁ!」


 己の体に流れるMP遺伝子を用いて異能回路を構築する。

 やがて回路は分岐して、二つのイメージを作り出す。姿を現したのは桃色髪の少女…すなわち叶野制果そのひとだった。

 制果は発生したイメージの自分を見て息を呑む。


(可能性が少ない…しかも状態も悪い!)


 イメージの状態は現状の制果と大差なかった。これから分かるのは、独力でこの事態を脱するのはほぼ不可能ということ。

 制果の異能は2秒先の自分自身を実体化させる『ポテンシャル・アクト』。そんな異能によって作り出された自分が打破できていない以上、今の自分に出来ることはない。

 そして、戦場で2秒は長い。2秒で背中に乗る何かが自分を圧し潰すことだって十分に考えられる。


「ッ、なんだ⁉」


 頭上から木藤の声が聞こえた。

 自分の心配かと思ったが、すぐに違うと分かった。煙が立ち込めている。火事の煙ではない、煙を発生させることがメインの…煙玉によるものだろうか。


「クソっ、何をした⁉」


「いや、僕じゃないだろ。なにがし」

 

 視界が悪く状況の把握もままならない空間内で、ドンッ!という大きな音が響いた。

 煙が晴れていく中、制果の目に映ったのは後ろ向きに倒れた男性の姿だった。


「何が、起きた?」


 木藤の声に、誰も答えない。

 ただ一つだけ…ここに死体が出来上がったのは確かだ。

 頭部は潰されていて元の人相すら分からないほどにグシャグシャだが、服装からして先ほどまで制果たちの前にいた男性であることに間違いない。

 一瞬だけ木藤を疑ったが、彼の装備を使ったとしてこうはならない。


「目標の一人が死亡!外部からの攻撃と見られるッ周囲に異変は⁉」


 木藤が通信機で外に待機する車両に叫ぶ。

 今度は全体通信で「全員車両に戻るように」という指令が飛んでくる。


「行こう。これも残り二人の犯行かもしれない」


 制果は、木藤の言葉に頷くことしか出来なかった。





「クソッ!何がどうなってんだよ…」


 学習塾跡の廃ビル。

 その一室で猫真創ねこまたくみは口を塞いでいた。自分のではなく、腕の中でようやく落ち着いた金髪少女の口を。

 理由は壁一枚隔てた隣の部屋で発生した事態。金髪少女の仲間らしい男が突入してきた二人に殺された。

 いや、正確には男のほうに殺された。

 話を聞く限り、片方はこの紅夢島に侵入した犯罪者でもう片方はその犯罪者を取り締まる警察組織・治安維持局セーブだ。

 字面だけ見ればどちらが正義なのかは明白。だがそう単純ではないのが現状だ。

 攻撃こそしたが、侵入者の男には治安維持局セーブを殺す気はなかったはずだ。気絶させてその隙に逃走する腹積もりだったのだろう。

 実際に攻撃を受けていた女子学生のほうはまだしも、男性隊員のほうはその意図に気づけたはず。

 にもかかわらず、だ。


(アイツ、煙幕を撒いて何かしやがった!故意にこの惨状を作り上げたんだ!)


 普段なら、猫真もこんな急いだ結論は出さない。

 「やらなきゃこっちが殺される」とか、その後の白々しい対応も「責任問題にするのが嫌だった」とか、何か理由を取り付けたかもしれない。

 だがもうそんな呑気に考える気はない。


(それにあの中分け野郎…さっき俺たちを攻撃した奴じゃないか⁉)


 猫真は別に不法入島者ではない。正式にこの島に登録されている住民だ。

 そんな一般人が金髪少女と出会ったのは数時間前、マンションのエントランスでぶっ倒れているところを保護したのがきっかけだった。

 近くのファミレスで復活した金髪少女改めエルは自分が島に侵入したこと。その目的が島の何処かにある魔導書なるものを回収することだと語った。

 彼女に協力するフリをしながら治安維持局セーブに押し付けようとしたところに現れたのがあのセンターパートの男性隊員だった。


「アンタ、本当に治安維持局セーブか?」


 向こうから声をかけてきて、コチラが多くを語らないうちに事の次第を把握している出来過ぎ感と、やけに必死な様子でエルを引き取ろうとする違和感。

 それが気になってつい口を出てしまったその言葉を受けた男性隊員は、作り上げた笑みを消して真顔になったかと思えば後頭部に強い衝撃を受けた。

 仕留めたと勘違いしたのだろう。それでも動いた猫真を前に呆気にとられ、結果的に逃走は成功したのだ。


「ねぇタクミ、何が」


「そっちには行くな。まだ連中がうろついてるかもしれない」


 隣の部屋に行こうとするエルを制止して廊下へと続く扉を少し開ける。外の様子を

確認するとどうやら治安維持局セーブは去ったらしい。

 廊下に出て階段を使って三階に上がる。

 エルの持っていたメモを頼りにここまで来たものの、却って危険が増した気がする。

 なんせ治安維持局セーブを騙っている偽物だと思っていたセンターパートが本物で、つまりそれは治安維持局セーブという組織そのものが信用できなくなったということだ。

 侵入者とはいえ簡単に人を殺してしまうような人物がいる組織に助けを求めても、安全は保障されない。むしろそういう危ない奴が確実にいるという危険が露見しているのだから質が悪い。


「一階は完全に施錠。二階もあの部屋だけだった。ならこの最上階三階しかないんだけど……」


 治安維持局セーブは必ず戻ってくる。恐らく人数を増やして。

 あの部屋に残っていたんじゃ確実に見つかってしまっただろう。とはいえ、三階にも捜査の手は伸びるだろうし、どこかで入れ違いでも起きないと追い詰められてしまう。


「この高さなら飛び降りても平気だけど…」


 飛び降りたところで外にも治安維持局セーブがいるし、チラリと見えたゴツイ車両からは嫌な予感しかしない。

 ならばと反対側の窓を見ると向こうは雑木林。これまた森林公園を作ろうとして失敗した名残らしいが身を隠すにはもってこいだ。


「近くにいる」


 後ろにいたエルの言葉を受けて二階へと続く階段のほうへ意識を向けると、複数人の足音が近づいてきていた。

 侵入者の遺体を確認しにきたのだろう、時期に三階までやってくるはずだ。

 廊下の窓に手をかけるが、やはり施錠されていてビクともしない。それにこういう窓に使われるガラスというのは意外と割れてくれないし、割れたとしてもその音ですぐに気づかれてしまう。


「どこかの部屋が開いててくれれば……そういえば、なんで二階のあの部屋は開いてたんだ?」


 軽く調べてみたが、こじ開けたわけではなかった。しっかりと鍵穴に鍵を挿し込んで開錠したような。

 偶然にもあの部屋だけが鍵を閉められていなかったというのは出来過ぎだろうか。


「ねぇタクミー!」


「馬鹿ッ、声がでかい」


「ここ開いてるー」


 しかも都合のいい事に雑木林側の部屋だ。

 中に入ると窓を背に椅子と机が設置され、それに対面する形で椅子が4つ横並びになっている。

 高校入試の面接を思い出すが、きっとその面接練習のための部屋だったのだろう。

 室内の窓は手動で開くタイプで成人男性でも通り抜けられるくらいの大きさがある。

 早速、窓を開けて飛び降りようとした瞬間…視界の端にソイツを捉えた。


治安維持局セーブです。そこから動かないでください!」


「ッ…」


 部屋の入口を塞ぐように立っていたのは桃色髪の少女。

 先ほどの現場にいた少女その人だ。

 センターパートの男が敵なのは確定だが、この少女はどちらなのか。そんなことを審議している時間はない。

 見たところ武器の類は所持していないが、それだけで安心するのは早計だ。学生ながら治安維持局セーブに身を置いているということはそれだけ強い側面があるということだ。

 現場に出てきているということはその強みが現場で発揮されるということ。

 普通に暮らしてきた猫真が舐めてかかっては返り討ちにされて終了だ。


「学生…?まさかこの島の住民ですか?」


「あぁ。俺は紅夢島の学生だ。それよりも!どうしてあの人を殺したんだ⁉」


「はぁ?」


 猫真の言葉に訳が分からないと言った表情を見せる桃色髪の少女。そこに演技はないように見える。


「何を言っているんですか。彼を攻撃したのは貴方たちでしょう?」


 どうやら侵入者の殺害はコチラの仕業になっているらしい。


「そんなわけないだろ⁉」


「とにかく、大人しく投降してください。もし他に犯人がいるなら貴方たちも危ないんですから」


 桃色髪の少女がそう言った直後、猫真の腹にドスンッ!と衝撃があった。

 そのまま勢いに押されて後ろに倒れる中でやっと銃声が聞こえ、自分が撃たれたのだと理解する。


「タクミ!」


 撃たれた反動というのは意外と大きいらしく、猫真の視界は学習塾の天井から暗い星空へと変化していく。

 全身が強く打ち付けられ、呼吸が止まるがそれも一瞬。


「タクミ!ねえってば⁉」


 落下した猫真を追って落ちてきたのか、もしくは巻き添えで落ちたのか。とにかくエルに揺すられる体を動かして立ち上がる。


「一緒に落ちたのは幸運だった。とにかく逃げるぞ!」


「それよりタクミ、撃たれて……あれ?」


 異変に気付いたエルが猫真の腹部に触れる。

 空いた風穴を中心に血が滲んでいるが、それだけだ。肝心の傷跡が見当たらない。状況を見ても撃たれたのは確実なのに、撃たれたように見せる細工をする時間もなかったのに、猫真は無傷だった。


「もしかしてそういう異能?」


「コレは異能じゃないよ。お前の言う魔術と同じ、にある何かだ」

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