第3話 Chapter3 「共有」 【地球】

本作品『続 私とアイドルエイリアン『MM378戦記:革命士官ナナミ大尉』は、前作品『私とアイドルエイリアン』の続編です。本作品だけでもお楽しみいただけますが、前作品を読んで頂けると、より楽しんでいただける事とと思います。本編は週に2、3話(Chapter)を投稿していく予定です。ご愛読の程、宜しくお願いいたします。感想等書いて頂けると嬉しいです。



Chapter3 「共有」 【地球】


 七海がMM378に旅立って半年が過ぎた。周りには七海の母親が病気で倒れ、介護が必要になったため七海は実家の静岡県に帰って介護していると伝えている。七海の実家を静岡県にしたのは遠すぎず近すぎずというだけの理由だった。写真集についてはさらに増版となり累計発行部数は10万部を超えた。正体不明なミステリアスなモデルとして口コミで噂が広まり、写真集以外に一切露出がない為ますますミステリアスな存在となりネットで噂が拡散している。写真集第2弾については七海が不在な為、話は宙に浮いたままだ。橋爪さんと、溝口さんはたいへん悔しがっている。母親の介護だけでなく、七海自身も心労で体調を崩し、入院していることになっているので諦めムードである。


 私は七海と別れたショックで暫く仕事も手につかない状態だったが、なんとか生活できている。七海との出会いと別れは人生において大きな衝撃だった。宇宙人との遭遇という現実離れした出来事。あまりにも幸せすぎた七海との生活。そして突然の別れ。放心し、涙も出ない程の悲しみだった。美しくて可愛く、無邪気で純粋だった七海。今でも七海の笑顔が頭から離れない。私は七海を失ったことをまだ受け入れられないでいる。


 会社の給湯室で自分のマグカップを洗っていた。葛飾北斎の『赤富士』の版画の絵柄の中をゼロ戦が飛んでいる絵のお気に入りのマグカップだ(ネット通販で本当に売っている)。

「水元さん、七海ちゃんがお母さんの介護で静岡の実家で頑張ってるのに、何やってるですか! キャバクラに行きまくってるって、もっぱらの噂です! 溝口さんも呆れてます」

佐山さやかが話しかけてきた。

「ああ、七海か、あいつも大変みたいだな、しばらくは向こうにいるみたいだ」

「水元さん、七海ちゃんに会いたいです。もし困っているのなら力になりたいです。もう半年以上も会ってません。七海ちゃんの実家って静岡県のどこですか? 週末とか手伝いに行きたいです。静岡県ならそんなに遠くないですよね?」

「榛原郡の川根本町だよ。南アルプスの南端で町中の高低差が2,400mもある所で寸又峡温泉の近くだ。川根茶で有名な所だ。」

私は咄嗟に考えた。寸又峡温泉は前の会社で社員旅行の幹事をして行ったことがある。旅行のプランを立て、宿や切符の手配もしたので町名や町の特徴を覚えていたのだ。他に静岡県で行った事があるのは子供の頃、家族旅行で行った伊豆の下田と、大学のゼミの合宿で行った修善寺だけだった。

「寸又峡は知ってます。行ったことは無いですけど、温泉と吊り橋で有名ですよね。景色の綺麗な所だったと思います」

「ああ、何も無い鄙びた感じの温泉街だけどいい所だ。立て看板やネオン禁止で落ち着いた雰囲気を保ってるんだ。渓谷の景色が綺麗でゆっくり出来るんだ。でもかなり内陸だから途中からバスで行くんだ。結構時間がかかるぞ」

私は社員旅行を思い出していた。

「東京から新幹線で静岡駅に行って、東海道線に乗り換えて金谷駅まで行って、大井川鉄道で千頭駅まで行って、そこからバスで40分。乗り換えを入れると5時間位かかるんですね」

佐山さやかはスマーフォンで寸又峡までのルートを検索していた。

「ああ、山の中だよ。大井川の上流域だ。日帰りで行けるところじゃないよ。それに今、七海は体調を壊して入院しているみたいだ」

「はい、だからお見舞いもしたいですし、私に出来ることがあったら少しでも手伝いたいんです。一ヵ月七海ちゃんと過ごして凄く楽しかったです。本当の妹みたいに思ってます」

「それは良かったな。『レズビアン』は純真なんだな」

七海と佐山さやかは一カ月間私の部屋で同居した。私はその間、安いウィークリーマンションに住み、そこから会社に通った。佐山さやかと七海の同居は七海がMM378に帰る直前の事だった。(前作の『外伝「さやかの秘密」』を参照して下さい)


「それは会社では言わない下さい。それに差別です。水元さん、馬鹿にしてますよね?」

「悪かった、気を付けるよ。『LGBT』ってやつだろ、差別はしてないよ」

私は同性愛に対して差別意識は持っていなかった。興味もなかった。橋爪さんの別荘で佐山さやかの言っていた通り、個性なのだと思っている。

「それより水元さん、七海ちゃんは人間じゃないですよね?」

佐山さやかはドキッとする事を言った。

「何言ってるんだ、七海は人間だ、戸籍も住民票もあるぞ!」

私は焦った。戸籍も住民票もMZ会からもらったものだった。

「一ヵ月間一緒に暮らしたんです。気が付かない方がおかしいです! 一ヵ月間トイレに行かない人間なんていないです。あんなにいつも水を飲んでるのに。いくらタダになるイベントとはいえ、大盛ラーメンを5杯も食べる女性なんかいません。ジロー系でニンニクと野菜と油マシマシですよ! ステーキのお店のイベントでもステーキ10枚、5キロも食べてました。ライス付きです。それに、飲み屋で怖い人達に絡まれてた時、私が酔った勢いで相手を怒らせてしまって、そしたら七海ちゃん全員倒しちゃったんですよ! 6人ですよ! みんな気絶してました。あれは超能力です! 本当の事を教えて下さい。心の準備と覚悟は出来てます!」

佐山さやかは七海が人間ではないことに気がついたようだ。かなり確信を持っている。ヤバイ!

「なんかの間違えじゃないのか? 七海はあんまりトイレに行かない体質なんだ。お腹の弱い俺からしたら羨ましいよ。それに子供の頃から物凄い大食いだ。小学校の低学年でどんぶり飯2杯食べてたんだ。調子がいいと3杯食べてたな。それでも太らないから不思議なんだよ。喧嘩は滅茶苦茶強いんだ、地域で一番のスケ番だったんだよ、川根一のワルって言われてたんだ。気合だけで相手を倒すくらい喧嘩を極めてるんだ。人間離れしてるけど人間なんだ」

かなり無理のある説明だった。

「七海ちゃんの話してたMM378の話、あれはネタじゃなくて本当だったじゃないですか? 七海ちゃんは嘘をつくような娘じゃないですし、なんか不自然だったんですよ。話の内容も妙にリアルな感じがしました」

「七海は宇宙が好きなんだ。空想してるうちに変な世界観を作り出して現実とごっちゃになったんだよ」

どんどん苦しい言い訳になった。

「トイレに行かない体質で、ありえないくらい大食いで、怖い人達を6人も倒しちゃうくらい喧嘩が強い元スケ番で、宇宙好きの妄想家ってことですか? 無理があります。だいたい『スケ番』っていつの時代ですか!」

佐山さやかは言う事はもっともだ。

「水元さん、私は七海ちゃんが人間じゃなくてもかまわないです。七海ちゃんは可愛くて純粋で、本当に心が綺麗です。人間の持つ嫌なところがまったく無いです。天使や妖精みたいです。全然怖くありません。本当の事が知りたいんです」

佐山さやかの言う通りだった。七海は人間じゃない。だからこそ綺麗で純粋な心を持っているのかもしれない。

「佐山さん、ここじゃまずい、場所を変えよう」 

佐山さやかには本当の事を話そう。


 私は佐山さやかの手を引っ張って応接室に入った。私は応接室の椅子に佐山さやか座らせて、その隣に座った。真実を伝えたくて焦っていた。

「佐山さん、本当の事を話すから、絶対に他言しないでくれ。信じられないと思うけどこれから話す話は本当だ」

私は腹を括った。中途半端に胡麻化すとかえって疑を招く。

「はい、どんな話でも驚きません。教えて下さい。七海ちゃんの力になりたいです」

佐山さやかなら信用できる。信用するしかない。もし秘密を漏らすような事があれば、得意ではないが脅してでもどうにかするしかない。それに誰かに話したところであまりにも現実離れした話なので信じてもらえないであろう。


『私は七海との出会いから今日までの事を全て話した。七海が軍人だったこと、地球に来た経緯、MZ会の事、そして七海がMM378に帰った理由など全てを話したのだ』


「信じられないだろうけど、本当の話だ」

「信じます。七海ちゃんは時々辛そうな顔をしていました。テレビでウクライナ情勢の特集番組を見ていた時、突然涙を流し始めたんです。戦争はイヤだって言って泣いてました」

「七海はMM378で辛い経験をしたんだ。七海は多くの命を奪ったことを悔やんでいる。MM378にいる頃は感情も希薄だったから後悔もなかったんだろうな。でも地球に来て感情が芽生えてからは辛かったんじゃないかな」

「でもMM星人って凄いんですね。時速120Kmで走ったり、8メートルもジャンプできるなんて凄すぎます。素手でヒグマに勝てるってもうスーパーマンじゃないですか。『性別が無い』のも驚きです。食べた物を分子レベルに分解して皮膚から放出するなんて、幾らでも食べられるし、トイレに行かない訳ですね。それに七海ちゃんの姿は水元さんが作ったっていうのもびっくりしました。水元さん、見直しましたよ、あんなに美しい顔を作るなんて。水元さんのドストライクの顔と私のドストライクが一緒だったなんて驚きです。おかげで『宇宙人』に恋しちゃったじゃないですか! エイリアンですよ! どうしてくれるんですか!」

「俺は七海の顔だけが好きだったわけじゃないよ」

「はい、わかってます。話を聞いてなんだか悲しくなりました。きっと七海ちゃんは水元さんの事を凄く愛していたんだと思います。男女の恋愛ではなく、もっと大きな種類の愛です。七海ちゃんはたった一人でこの星に来て、ホームレスになって心細かったと思います。水元さんに出会って、感情と人間に近い心を手に入れたんです。故郷と地球を守る為にMM378に帰ったんです。きっと水元さんと離れるのはものすごく辛かったはずです、可哀想です。七海ちゃん戦ってるんですよね? 戦争なんですよね? 私達は平和に暮らしてるというのに・・・・・・七海ちゃんは地球の為に・・・・・・」

「ああ、七海はきっと戦ってるよ。本当は戦うのはイヤなんだろうけど」

「そんなの、納得できません! 七海ちゃんにもしもの事があったら・・・・・・私達は何をやってるんですか? 七海ちゃんの為に何かできる事はないんですか!? 七海ちゃんは私達の為に戦ってるんですよ!! 七海ちゃんは命を懸けて、ううっ、ウワーーーーーン」

佐山さやかは大きな声を上げて泣き出した。私は佐山さやかの肩に腕を回して肩を叩いた。泣き止んでもらおうと思ったのだ。佐山さやかは36歳のはずだが幼い子供のように泣いていた。

「七海ちゃんが、ううっ、危ない目にあってるなんて、ううっ、そんなのイヤです! 七海ちゃんに会いたいです! 会いたいです!!ううっ、ううっ、ううっーーー」

佐山さやかは泣き止みそうもない。応接室のドアが開いた。人事部の横田部長と営業部の岸田部長が入り口に立っていた。私の佐山さやかの肩に掛けた腕がビクンと跳ね上げった。

「えっ、あれっ、あれっ、ごめんごめん、何も見てない、私は何も見てないよ」

横田部長は少し焦っていた。人事部長なので社内恋愛や風紀には敏感なのだ。

「見ちゃったぞ~、でも丁度いいんじゃないか、お互い独身だし、応援するよ! いいねえ、泣くほどの痴話喧嘩、羨ましいよ」

岸田部長は冷やかしモードだ。

「痴話喧嘩なんかじゃありません! 本気で愛しているんです!!」

佐山さやかは立ち上がると岸田部長を突き飛ばしてドアから飛び出していった。残された私は苦笑いするしかなかった。

「ははっ、なんかすみません。お見苦しい所をお見せしました。困っちゃいますよ」

横田部長はドアをそっと閉めた。おそらく複雑な心境だろう。自分の部下が社内恋愛をしているのだ。岸田部長はバブル世代でイケイケの性格だ。口も軽いので、今夜にも私と佐山さやかは営業部の飲み会で酒の肴になるだろう。私と佐山さやかはカップルになるには年齢的に丁度良い。しかし佐山さやかはレズビアンだ。男には興味が無いはずだ。


 私はここのところヤケになっていた。七海を失った悲しみを埋める方法が見つからなかった。キャバクラで酔っぱらってバカみたいに騒ぐことで心をごまかしていた。同伴出勤が七海とのデートの代替だった。ちっとも楽しく無かったが、金が一気に飛んで行った。佐山さやかに本当の事を話して良かった。七海の本当の姿を共有できるのだ。七海を失った悲しみも。なぜかこの日はぐっすり眠ることが出来た。秘密を一人で抱え込むのは精神衛生上良くないようだ。


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