第2話 Chapter2 「勝利食」 【MM378】

Chapter2 「勝利食」 【MM378】


 ナナミ大尉はキャンプの士官宿舎の自室で次の任務について考えていた。

「ナナミ大尉、地球の話を聞かせて下さい。食事の話を聞きたいです。白米や味噌汁より美味しい物があるなんて興味深いです」

『従兵』のジョンニ等兵がナナミ大尉に話しかけた。ジョンニ等兵は元第3政府のニ等兵でナナミ大尉の身の回り世話や雑用を行っている。年齢は110歳と若い。MM378では中尉以上の士官に従兵が付くことが一般的である。ジョンニ等兵はナナミ大尉の戦闘力と指揮能力に心酔している。『ナナミ大尉は普段は標準的な口調だが、戦場やリラックス時、もしくは感情が高まる場面だと地球いた頃に使っていた『口調』のMM語を話す』。今は標準的な口調だ。

「地球の食事は美味しいか?」

「はい、味噌汁の味は最初苦手でしたが、慣れると美味しく感じます。白米は最初から美味しかったです。それに地球のメッシュ(水)は今まで味わったことがない美味しさです。兵士達も『勝利食』を待っています。そもそも皆、地球の食事を食べるまで美味しいという概念が無かったのです、私もそうでした」

『勝利食』とは第1政府との戦闘で大きな戦果をあげた日に特別にキャンプで出される食事である。エナーシュの他に白米と味噌汁とペットボトルのミネラルウォーターの水が出される。水は1個体200ccで、1本600mlのペットボトルで3人分になる。銘柄はもちろん『アサハおいすい水:天然水』で2000本ほど持ち込んだ。そろそろストックが切れそうである。味噌汁は塩味を知らないMM星人の兵士達に最初は敬遠されたが、今ではすっかり味に慣れ、御馳走となっている。フリーズドライの味噌汁はナナミ大尉が地球から10000個ほど持ち込んだ。しかしまだ半分以上残っている。白米の炊飯と味噌汁は貴重な水を使うのでめったに作れない。そのため勝利食は特別なものになっている。


 「私も地球にいた頃、最初は塩味が苦手だったが、塩味に慣れると地球の料理が大好きになった。ジョン二等兵は味噌汁の種類は何が好きだ?」

「はい、自分は豆腐と長ネギの味噌汁と、『なめこ』が大好きです。白米と実によく合います。豆腐も長ネギも『なめこ』も、MM378には存在しません。興味深いです」

「味噌汁は地球では料理の添え物でしかない。メインのおかずはもっと美味いぞ」

「はい、その話を聞きたいのです。食べることがウルーンに響くとは考えてもみませんでした」

MM星人はエナーシュという砂のような物質を食事として食べているが、栄養補給が目的で味わうという概念はなかった。

「よし、ラーメンの話をしてやろう」

七海はジョン二等兵にラーメンの話をした。エナーシュしか知らないMM星人にラーメンの味を伝えるの難しかった。

「大尉、興味深いです。麺というものとスープを同時に味わうのですね。味噌汁より美味しいなんて想像できません。地球の文化は凄いです」

「麺の食感は素晴らしいぞ。例えるなら、紐状の白米を味噌汁に入れた感じだ。口に入れる時はツルツルしていて、噛むとシコシコしていて口の中が喜ぶんだ。スープが絡んで絶妙な味になるんだ。スープはいろんな種類があって、とにかく美味しいんだ。缶詰の肉より美味いチャーシューという肉も載っている。ラーメンは味噌汁の何倍も美味いなあ。鰻重やすき焼きはさらに美味い」

「美味しそうです! 大尉、自分も地球に行ってみたいです。地球の食事を味わってみたいです」

「機会があれば連れて行ってあげよう。地球はいい所だ」

「大尉、音楽も素晴らしいです。どこの音楽ボックスも行列です」

音楽ボックスはキャンプ内や近郊の町に最近出来た施設である。一人30分程ヘッドホンで音楽を聴くことができる施設で、大きな施設では50台程の音楽プレーヤーが設置されている。キャンプにもスピーカーが設置され、昼間は音楽が流れている。

「ジョン二等兵はどんな音楽が好きなんだ?」

「はい、自分はロックが好きです。ビリーアイドルなどを聴いてると、ウルーンが激しく反応して力が漲ってくるんです。不思議です。ジーク少尉はエリッククラプトンがお気に入りのようです。ジャック少尉はビートルズばっかり聴いてます」

音楽もナナミ大尉がMM378に持ち込んだものだった。峰岸に頼んで多くのCDやメモリーに記録された音楽を地球から持ってきたのだ。プレーヤーも何台か持ち込んだが、直ちにコピー生産されて出回った。ハード機器はMM星人の科学力で簡単に複製される。

「食事と音楽は地球の素晴らしい文化だよ。そのうちジョンニ等兵にも感情が芽生えるかもしれないな」

「感情でありますか? よくわかりませんが、食事中や、音楽を聴いているとウルーンがいい感じに反応します。大尉の言う喜びが少し分かるようになってきました。次の勝利食が待ち遠しいのです。早く白米と味噌汁を味わいたいのです。それに次の勝利食は『鮭の缶詰』が出るそうです。あれは本当に美味しいです。缶詰は兵士達の士気をもの凄く高めます」

「そうか、食事が待ち遠しいのは『楽しみ』という期待の感情だ。食べた時のウルーンの反応は『喜び』だ。『嬉しい』ともいう。仲間と食事をしてウルーンが反応するのは『楽しい』という感情だ」

「感情は不思議ですね。ところで大尉は何のために戦っているのですか?」

「この星を変えたいんだ。それに地球を守りたいんだよ、第1政府は地球にいるMM星人を殲滅するために地球への侵攻を計画しているらしい」

「地球を守る理由はなんですか? 遠く離れた惑星ですよね」

「地球には大切な人がいるんだ。友達もいる」

「友達ですか?」

MM星人に友達という概念は無い。他の個体との交流は役割によってのみ生じる。

「友達は役割の仲間とは違う繋がりだ。集まって話したり、食事したり、お互いの悩みを相談したりするんだ。集まると楽しいんだよ。大切な人の事を考えるとウルーンが物凄く反応するんだ。悲しみであったり、嬉しさであったり、複雑な反応なんだ」

ナナミ大尉は地球での出来事を思い出していた。右も左も何も分からない惑星に着いた時はどうしていいか分からなかった。ナベさんに出会い、タケルに出会い、本当に楽しい時間を過ごした。楽しいという感情も地球で芽生えたのだ。タケルはどうしているだろうか。タケルは優しかった。ナナミ大尉はタケルの事を考えると胸がどうしようもなくキューンと痛くなった。なぜそうなるのかは分からないが、好きな感覚だった。


 「ナナミ大尉、近々地球からMZ会の宇宙船が到着します。武器や弾薬、米やフリーズドライの味噌汁、ペットボトルの水が届きます。宇宙船は8隻、5000トンの物資と3000名の兵士です。これで兵士達の士気があがります。カップ麺や各種レトルト食品も豊富にあるようです」

サスケ曹長が報告した。サスケ曹長はMZ会の潜入員で地球生まれのMM星人である。

「そうか、ついに到着するか、レトルト食品は楽しみだ。カレーやハンバーグが食べられるのか」

「はい、私も楽しみです。潜入している間はエナーシュしか食べられませんでした。拷問です」

「サスケ曹長はここが長いのか? どこの出身だ?」

「はい、潜入して3年です。出身はアメリカのロサンゼルスです。そろそろ地球に戻りたいです。ステーキを腹いっぱい食べたいです」

MZ会の宇宙船はナナミ大尉が地球を出発したすぐ後に出発したのだが、旧型で性能が劣るため半年遅れて今到着するのだ。速度は遅いが大型宇宙船の為、貨物の積載量多い。MM星人が5万個体地球に移住した時に使用されたものだった。

「ステーキか。和食もいいぞ」

「ナナミ大尉は地球人の格好をしてますね。それも女性の姿だ。やはり地球が恋しいのですか?」

「そうだな。地球の事を忘れたくないんだ。私の心の故郷は地球なんだ。キャンプを出て戦う時は地球に居た頃の口調になってしまう」

ナナミ大尉は地球にいた頃と同じ姿をしていた。このキャンプでは地球人の格好をしたものが大勢いる。ナナミ大尉が持ち込んだ雑誌や映画の影響で地球人に変身するすることが流行っていた。もちろん戦闘時はMM星人の姿に戻らなければならないが、ナナミ大尉は戦闘中の変身も特別に許されていた。マイケルジャクソン、トムクルーズ、加山雄三、オードリーヘップバーン、マリリンモンロー、クリントイーストウッド、木村拓哉、石原裕次郎、高倉健、吉永小百合、広瀬すずの姿をしたMM星人がキャンンプ内を闊歩している。ナナミ大尉が持ち込んだ雑誌や映画が日本のものが多いため変身したMM星人も日本人が多いのだ。

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